2025.03.06 【コネクター技術特集】SPE(シングルペアイーサネット)~ネットワーク共通化とシンプルな通信がIoT時代のカギ~日本航空電子工業

【図1】従来のEthernet

1対のツイストペア線で通信と給電が可能

背景

 インダストリー4.0の提唱から10年以上が経過し、IoT(モノのインターネット)の普及に伴って、機器やシステム間のネットワークはより重要性を増している。さまざまなデバイスがネットワークに接続され、大量のデータがやりとりされる環境において、効率的なネットワークの構築が必要不可欠なものとなる。特に複数のデバイスの相互通信において、ネットワークの共通化はシステムを統一的に管理し連携させるのに重要な基盤となるが、SPE(Single Pair Ethernet)がその役割を担う技術の一つと考えられている。

SPEとは

【図2】SPE(Single Pair Ethernet)

 SPEとは1対のツイストペア線で通信および給電が可能な通信技術で、次世代Ethernetと呼ばれている。元々はケーブルの軽量化が求められる自動車向けに開発されたものだが、省配線でEthernet通信ができる点、省電力である点、ケーブルの取り回しが良い点など多くの利点から、産業機器や一般用途での使用に対しても注目が高まっている。SPEの特長は、4ペアのEthernet用ケーブルから1ペアのSPEケーブルとなっても同様のEthernet通信ができること、10Mbps~10Gbpsの高速通信に幅広く対応していること、10Mbpsの場合1000mの長距離通信が可能なこと、そして通信と電力を1ペア線に重畳して伝送できることなどが挙げられる。ケーブルが4ペアから1ペアになることで銅の使用量は4分の1に削減され、電線の被覆やケーブルシースも合わせれば75%以上の資源削減が見込まれる。また、SPEは低電圧のDC給電(DC60V以下)に対応しており、低電圧で機能する機器の電源ケーブルとしての利用も可能。この低電圧電源を用いる機器が増えることでシステム全体での省電力化も期待できる。これらSPEによって得られる省資源、省エネルギーの効果は、環境への負荷を減らし持続可能な開発目標(SDGs)実現にも貢献できる技術となっている。

◇SPEの通信規格

 SPEはIEEE802.3にて規定された通信規格である。表1にSPEに関する各規格の仕様を記載する。

【表1】SPEの通信規格

 Ethernetの特長として、同じケーブルで通信と一緒に電力を供給できる機能がありPoE(Power over Ethernet)と呼ばれているが、SPEも同様にPoDL(Power over Data Line)と呼ばれる機能を備えている。PoEと同様に1ペアの電線にて通信と電力の重畳が可能となっている。伝送速度によって給電量は変わるが、表2に10BASE-T1Lの給電規格を示す。

【表2】10BASE-T1Lの電力供給規格

 現在スマートフォンやノートパソコンなどのモバイル機器を中心にUSB Type-Cが電源ケーブルとして使用されている。SPEにおいても同様に電源ケーブルとしての使用が可能であるが、SPEの場合は2本の電線のみで構成されるケーブルのシンプルさと、そのままネットワークにつないでEthernet通信ができるという利便さが大きなメリットとなる。旧来より電源線は2本で構成されるのが一般的であったが、この2本の電線をツイストすることで、より高度な通信ケーブルにもなり得る。そのため、SPEは将来の電源ケーブルとしての活用も期待されている。

◇SPEのコネクター標準規格

 自動車市場においてはSPEが車載用ネットワークケーブルとして既に普及しており、Ethernetケーブルから置き換わっている。このSPEを一般市場で使用する場合には、同じ通信規格ではあるものの、車載では不要なI/Oの相互互換性が必要であり、コネクターには標準化が求められる。SPEコネクターの標準規格としてIEC63171が制定されており、さらにコネクター形状の規格としてIEC63171-1~7まで数種類のコネクター規格が存在している。日本航空電子工業(JAE)ではドイツのコンソーシアム「SPE INDUSTRIAL PARTNER NETWORK」に参画しており、この団体が推進するIEC63171-6に規定されたコネクターを開発している。同じIEC63171-6規格に準拠していれば、どのメーカーのコネクターであっても嵌合(かんごう)の互換性と性能が担保され、ネットワークの共通化にもつながっていく。

JAEのSPEコネクターDZ17シリーズ コンパクトで現場での結線も容易

【図3】DZ17シリーズコネクター

DZ17シリーズの特長

 JAEではIEC63171-6に準拠したSPEコネクターを開発している。規格品のため、嵌合互換性は有しているが、以下のJAE独自の特長を備えている。

◇小型コンパクト形状

 1ペアとなり細線化するケーブルに合わせ、より小さくコンパクトなコネクター形状を目指し製品化を行った。同規格の既存製品に対し、嵌合互換性を有しつつレセプタクル全長が1.3mm短く9%の短縮、プラグ全長は9.0mm短く26%の短縮化を実現している。

◇ツールレス圧接結線

 プラグコネクターは製造現場など現地にて簡単に配線できるように圧接結線(IDC)を採用した。2本の電線の被覆をむくことなく、コネクターハウジングにそのまま差し込んでロックするだけでコネクターへの結線が完了する。その後、ケーブルのクランプとシールド接続のため、簡単なペンチ式の工具でのかしめが必要となるが、この構造によりハーネス工数が大幅に削減され、コネクターもコンパクトな形状となっている。

【図6】プラグコネクターの圧接結線方法

SPEのユースケース

 SPEはEthernetと共通のMAC(Media Access Control)アドレスを使用することでシームレスに連携することが可能である。現在インターネットなどで利用しているネットワークの主流はEthernetであり、産業機器の分野においてもインダストリー4.0の提唱によりネットワークの共通化が図られ、Ethernet/IP、EtherCATといった産業用Ethernetの普及が進んでいる。これらEthernet用ケーブルはいわゆるLANケーブルと呼ばれ世界中に普及しているのは周知の通りである。近い将来SPEがEthernetに取って代わると考えられるが、共通のMACアドレスを用いる点で設定や切り替えが容易であり、新たなSPEネットワークへの適応も円滑に行える。既存機器のネットワーク基板を一部改造してPHYをSPE用に置き換えれば、EthernetからSPEへ比較的容易にケーブルを変更することが可能となる。

◇スマートファクトリーでの活用

 産業機器としてロボットを例に挙げると、近年は人と同じ空間で動作できる協働ロボットがその数を増やしているが、スマート化とともに小型化が進んでおり、ロボットアーム内のスペースはより限られてきている。従来のEthernetケーブルは太くスペースをとってしまうのと同時にケーブルの可動性能にも限界があった。これが細いSPEケーブルに置き換わることで、狭くなったアーム内に通しやすくなり、屈曲や捻回への耐性も向上する。生産の自動化とともにロボットに搭載されるカメラの数も増えているが、Ethernetで通信するGigEカメラのコネクターとケーブルをSPEへ変更することで、カメラの小型化とケーブルの細線化も実現が可能となる。また、ロボットを動かすモーションコントロール機器についてもカメラと同様に産業用EthernetからSPEへ切り替えることで機器の小型化と省ケーブル化が実現できる。

◇スマートビルでの活用

 現在のビルは天井裏にLANケーブルが束になって敷設されており、それだけでも相当なスペースを占有し、ケーブル全体の重量も大きなものになっている。今後ビルのスマート化が進めばセンサー機器や監視カメラ、セキュリティー機器など、ネットワークに接続するデバイスがさらに増大していくこととなる。一部の機器は無線化が予想されるが、それらの機器においても給電は必要となるため、SPEケーブルで通信と給電を同時に行えばケーブルの数は減りローコスト化にもつながる。また、SPEを用いた低電圧での給電システムが確立すれば、ビル全体の消費電力を抑えることができる。低電圧であれば電気工事士の資格不要でビルの配線工事もできることから、ビルの建設面でも効率化が図れることとなる。

◇プロセスオートメーションでの活用

 石油プラントなど、防爆エリアにあるフィールドデバイスやセンサーを接続するネットワークには安全性、防爆、長距離通信、高いセキュリティーなどが要求される。Ethernet-APLとして10BASE-T1LのSPE技術を用いれば、安全な低電圧でありながら10Mbpsの伝送と最大1000mの長距離通信が可能となる。また、10BASE-T1Lは10カ所の接続点を設けることができるため、長距離のブリッジにも最適な通信方式となる。

コンソーシアムによるSPE普及推進活動

 海外だけでなく国内においてもSPE普及を目的としたコンソーシアムとしてSPEC(Single Pair Ethernet Consortium)が2022年に設立されている。

 このコンソーシアムではSPE普及を促進する立場のプロモーター企業と、SPEを実際に利用する立場のサポーター企業にてメンバー構成されており、SPEによる通信と給電を利用するための実装ガイドラインの作成や、各メーカーが共同で実施する合同検証、普及のためのイベント活動などを行っている。種類が多く複雑なSPEの通信規格を独自に整理して分かりやすく仕様化するなど、SPEを実際に利用する際の指針が示されている。年々会員数も増やしており、今後の活動が期待されている。

まとめ

 SPEは次世代のEthernetとして注目されている技術である。現在多くの機器がEthernetでネットワークに接続されているが、それら全てがSPEケーブルへの切り替え対象になり得る。Ethernet用のRJ45コネクターやLANケーブルの普及率が非常に高いことから切り替えには時間がかかる見込みであるが、小型化やケーブルの細線化が必須とされる機器や用途からSPEの利用が始まると考えられている。SPEは省資源、省エネルギーにもつながる技術であることから、今後さまざまな用途での使用と普及が期待される。JAEはこのSPE普及期に向け、対応するコネクター開発を積極的に進めていく。
〈筆者=日本航空電子工業(株)〉