2020.11.02 【NHK技研90周年に寄せて】19年NHK放送文化賞受賞 伊福部達氏 現東京大学先端科学技術研究センター研究顧問 放送バリアフリー技術とその広がり

 私は、02年に札幌から東京に移って間もなく、NHK技研の客員研究員を6年間、さらに研究アドバイザーとして10年間にわたって「放送バリアフリー技術」の研究のお手伝いをしてきた。その間、技研との共同で、05年から3年間にわたり総務省のプロジェクトの一つである「視覚障害者向けマルチメディアブラウジング」の研究開発に取り組んだ。

 本プロジェクトが取り上げられた背景には「放送と通信の融合化」が急速に広がってきたことが挙げられる。そのため、放送コンテンツがコンピュータで自由に扱えるようになり、ブラウジングを工夫することで、映像も任意の情報に変換できるようになってきた。一方では、バーチャルリアリティ(VR)技術の進歩によりいろいろな五感情報ディスプレイが生まれ、視覚コンテンツをほかの感覚情報に変換できるようになってきた。この変化や進歩により、映像は見えないけれども、あたかも見えているようにする一種のVRによる「可視化技術」が期待されたのである。

 この夢のような技術は道半ばのままだが、そこから今までにない放送技術が生まれることも想像された。例えば、映像で提示されモノの温かさや材質を手で触れることができ、背景の映像を「気配」で感じ取れるようにできれば、その場の情景をリアルに思い浮かべることができるだろう。そのため、視覚障害者はいうまでもなく、視力や認知機能が低下した高齢者も放送を別の角度から楽しめるようになるに違いない。名作と呼ばれる小説からはリアルにその場の情景や登場人物の思いが伝わってくるように、映像や音響がないことで我々の空想力が駆り立てられ、感性も磨かれるという面もある。

 視覚障害者向け可視化技術は、映像や音響に加えて何を提示すればより高い臨場感が得られ、また空想力や感性を磨く手段となり得るかを知る手がかりになるし、それは一般ユーザーのための「超臨場感」技術へ広がるであろう。これからも技研としてぜひとも挑戦し続けてほしい研究課題である。