2021.09.15 【関東甲信越特集】BoCo(東京都中央区) 「ボーンホン」を世界に
謝 社長
難聴者に新しい道を提示
耳周辺の骨を振動させて音楽を聴く「骨伝導イヤホン」。一見するとイヤホンのようだが、鼓膜を通して音楽を聴いていないため、耳をふさいではいない。つまり、音楽を聴いていても周りの音が聞こえる。
「イヤホンとは呼びたくない」-。そう話すのは、世界初の完全ワイヤレス骨伝導イヤホン「PEACE(ピース)」を開発したBoCo(ボコ)の謝端明社長だ。
「骨を伝って聴いているんだから、『Bone Phone(ボーンホン)』として普及させたい」。それが謝社長の思いだ。
骨伝導イヤホンとして販売しているのは、「イヤホン」とした方がどんな製品か伝わりやすいからという。以前より格段に認知度は上がったが、骨伝導を体験したことがない人はまだ多い。どういったものかイメージが伝わりにくいため、今は「イヤホン」としている。
シンプルで親しみやすく
そもそも「BoCo」という社名も、「Bone Conduction(骨伝導)」から取ったものだ。「これならどこの国でも『ボコ』と読む」(謝社長)。世界各国で覚えやすく、シンプルで親しまれやすいものとした。
謝社長が骨伝導にのめり込むきっかけとなったのは、現在、ボコのCTO(最高技術責任者)を務める中谷任徳氏との出会いだ。骨伝導イヤホンのキーデバイスの基礎技術を中谷氏が発明しており、「世界中のどこにもなく、素晴らしい技術だと思った」(謝社長)ことで、事業化を目指したのが始まりになる。
骨伝導技術自体は決して目新しいものではない。昔から存在したものだ。しかし、音質が悪く「ただ音が出るだけだった」(謝社長)という。中谷氏の技術を使えば、高音質で、しかもイヤホンに内蔵できるほど小型の骨伝導デバイスを開発できると踏んだ。
謝社長の狙い通り、世界最小クラスの直径10ミリメートルの骨伝導デバイスの開発、量産に成功。イヤホンにも内蔵できるレベルに小型化できた。
コアとなる中谷氏の技術は、2019年9月に特許出願すると、わずか2カ月という異例のスピードで認められ、「世界のどこにもないオンリーワン、ナンバーワンの技術だ」(謝社長)と、さらに自信を深めることになる。
「聞こえ」を解決
骨伝導イヤホンは音楽を聴くためだけの製品ではない。「聞こえ」に不安のある難聴者にとっての救世主になり得る可能性を秘めている。
「音楽が聴けたらと思い、右耳が聞こえない子どもに付けたところ、『聴こえる!』と言われました。涙の出る思いです」
ボコの下には日々、ユーザーからのお礼状が届いている。補聴器では「聞こえ」を解決できなかったユーザーからの感謝の言葉の数々だ。
補聴器を使うことに抵抗感を持つ人は少なくない。デザイン的な抵抗感に加え、メンテナンスの手間もかかりがちだからだ。若ければ特にそうだ。
補聴器は、音を増幅することで聞こえやすくし、イヤホンと同じように鼓膜を介して伝えている。音を聞いているのは耳の奥にある蝸牛(かぎゅう)という器官で、骨伝導の場合、骨を振動させてそこまで音を届ける。鼓膜を通していないため、補聴器では聞こえなかった音が聞こえる可能性があるという。
世界保健機関(WHO)は、世界の若者(12~35歳)のおよそ2人に1人が聴覚障害になる恐れがあると19年に発表。スマートフォンを使ってイヤホンなどで音楽を聴くことが増えているためで、骨伝導はこうした世界的な課題に「もう一つの道を開ける」(謝社長)と展望する。
ボコは「聞こえ」を重視した製品も発売し、難聴者に新しい道を提示し始めている。イヤホンのようなそのデザインも特徴だが、そこからさらに一歩進めて、11月ごろをめどに、無線で既存製品とつながる小型な集音機の発売を計画する。
例えば、集音機を胸ポケットに入れ、完全ワイヤレスのピースとつなげれば、イヤホンを付けている見た目で補聴器のような役割に発展させることができる。また、メガネの耳にかける部分に骨伝導デバイスを内蔵し、より違和感をなくす試作品など「聴覚の未来を守る」(謝社長)ものづくりに挑んでいる。
最優秀賞を受賞
ボコは今年、東京都大田区が主催する中小企業を対象とした「新製品・新技術コンクール」の最優秀賞を受賞した。同賞以外にも数々の受賞歴を誇り、骨伝導技術は折り紙付きだ。骨伝導技術を利用したブルートゥーススピーカーも製品化し、用途も広げている。
謝社長は言う。「ボコは、骨伝導技術の専門メーカーであって、イヤホンメーカーではない」。骨伝導デバイスを生かして産業分野、そして世界に打って出る考えで、コア部品の外販を含め、水面下で動きを活発にしている。