2022.07.29 Let’s スタートアップ!特別編 キャリア・マムキャリア・マム代表の堤香苗さんに聞く 「女性起業家を取り巻く現状と未来への提言」
成長が著しいスタートアップ企業を取材し、新しいビジネスの息吹や事業のヒントを探る「Let’s スタートアップ!」。今回は特別編として、女性の起業にフォーカスし、キャリア・マム代表取締役の堤香苗さんを取材した。
2000年に創業したキャリア・マムでは、「女性のキャリアと社会をつなぐ」を企業理念に掲げ、性別や年齢、時間、場所にとらわれず、誰もが自分らしく、多様な働き方ができる社会の実現を目指している。国内外に10万人以上の女性在宅ワーク会員のネットワークを持ち、企業からのマーケティング案件やアウトソーシング案件を受託するほか、近年は官公庁や自治体からも女性のキャリア支援事業を多数受託している。
キャリア・マムの代表取締役として20年以上、女性の「自分らしい働き方」を支えてきた堤さんに、今増えつつある女性の起業について語っていただいた。
「女性のキャリアと社会をつなぐ」ために
政府は2022年を「スタートアップ創出元年」とし、年末までにスタートアップ育成5カ年計画の策定を目指すなど、スタートアップ支援を強化する考えだ。これを加速する原動力の一つとなるのが、女性の起業の増加だと考えられるが、いわゆるジェンダーバイアスが、女性の起業や事業のスケールを妨げる要因となるケースは少なくない。
また出産、育児、介護などで離職を余儀なくされる女性も多く、障壁や制約がある中でも仕事を続けられる仕組みづくりや環境の整備が求められている。
こうした課題に20年以上向き合い、女性が「自分らしく働く」ことをサポートし続けているのが、キャリア・マムだ。
キャリア・マムの特徴は、国内外に10万人以上の女性在宅ワーク会員のネットワークを持つことだ。そのリソースや消費者視点を生かし、グループインタビューや口コミプロモーション、ネットリサーチや覆面調査などを担う「マーケティング事業」を展開するほか、取材やライティング、データ収集・データ入力、ウェブサイトの企画・作成・運営などを請け負う「アウトソーシング事業」も広く展開し、多くの実績を積み重ねている。
こうした在宅ワーカー向け業務では、在宅ワーカーがチームを組んで業務に当たるチーム型請負システムを導入し、例えば育児中の女性でも働きやすい環境を提供するなど、多様な働き方をサポートする仕組みづくりにも注力している。
またキャリア・マムでは、「女性のキャリアと社会をつなぐ」という企業理念にのっとり、結婚や出産、育児、介護など環境の変化で一度退職した女性のためのキャリア支援・再就職支援や、起業したい女性を、先輩起業家や支援者と連携しながらサポートする「Tokyo Woman's Incubation(女性キャリア&起業家支援プロジェクト)※」を展開するなど、官公庁や自治体、企業と連携した「キャリア支援事業」にも力を入れている。
※東京都「平成27年度インキュベーションHUB推進プロジェクト事業」
さらに近年は、保育室のあるコワーキングプレイス事業も開始し、将来的にはフランチャイズ展開を目指すなど、働く女性をサポートするための事業を積極的に推進している。
そもそもの始まりは「育児サークル」
キャリア・マムは、そもそもどういった経緯で設立されたのだろう。「起業のきっかけは自身の結婚・出産の経験にあった」と堤さんは当時を振り返る。
私は大学在学中からフリーでアナウンサーの仕事をしたり、新劇の門をたたいたりしていましたが、年齢とともに、いわゆる商品価値を認めていただけなくなりました。当時はそういう時代だったのです。
そのころ結婚して子どもを産み、都内から郊外の多摩ニュータウンに引っ越してきました。でもママ友たちと話していても、あまり楽しそうではありません。自分で稼いでいないため、皆さん自信をなくしてしまっているのだと私には感じられました。
一方このころ、特に1995年は私にとって、大きな転換の年になりました。私は神戸出身ですが、その年に阪神・淡路大震災が起こったほか、東京でも地下鉄サリン事件が起こりました。さらに私自身も子宮がんを患うなど、当たり前の日常が当たり前でなくなる経験をする中で、これからは自分がやりたいことを、誰にも遠慮せずにやっていこうと決心したのです。
そんなときに、障がいのあるお子さまを育てているお母さまと公園で出会いました。最初は少し距離をとって傍観していたのですが、しばらくして、夜の公園でお子さまと遊んでいるのを見かけました。話を聞くと、お子さまに障がいがあるため、昼間は周りの人に受け入れてもらえず、夜の公園で遊んでいるのだと打ち明けてくれました。
それを聞いて、自分が何もせず傍観していたことを、猛反省しました。動かなければ、何もしない人と変わらない。自分で行動しようという気持ちが沸々と湧き、「PAO」という育児サークルを立ち上げ、障がいのある子もない子も一緒に集まって楽しく過ごすイベントなどをどんどん開催するようになりました。
サークルの評判は徐々に高まり、いつしか参加者は1500人を超えるように。多くのお母さまたちと話す中で、出産・育児で離職を余儀なくされた彼女たちから、「わずかな時間でも働きたい」「自宅でできる仕事が欲しい」という切実な声が聞こえてきました。私自身も同じような境遇でしたので、その気持ちはとてもよく理解できました。
そこで任意団体キャリア・マムを結成し、「1500人のママのネットワークを活用しませんか」と営業活動を開始。お母さん世代による口コミマーケティングなどのコンテンツを企画すると、次々と企業から注文が入るようになりました。そうした依頼を受託するため、有限会社アクセルエンターテイメンツ内のキャリア・マム事業部を経て、2000年に立ち上げたのが株式会社キャリア・マムです。
「皆がスタートラインに立てる」社会を創る
キャリア・マムの設立に当たっては、VC(ベンチャー・キャピタル)など五つの投資会社から出資の申し出があったという。しかし、堤さんはそれを断り、自力で資金調達した。そこにはどのような狙いがあったのだろう。
当時はITバブルもあり、VCからの出資の申し出がいくつもありました。しかし、いろいろ話を聞いていくと、VCは、売り上げはもちろん事業構成などにも口を出し、「もっと稼ぎなさい」と迫ってくるとのことでした。
私がやりたかったことは、皆が働くためにスタートラインに立てる仕組みを作ることです。ただ女性というだけ、障がいがあるというだけで、スタートラインに立つことすら許されなかった人が世の中にはたくさんいます。そんな現状を何としても変えたかったのです。
しかし、VCの出資を受け、「どんどん稼がなければならない」となると、稼げる人を“選別”して仕事をしなければならなくなります。そうなると、皆にスタートラインに立ってもらう機会を提供できなくなり、会社を立ち上げる意味がなくなってしまう。ですから出資は受けず、自分たちで資金を集める道を選んだのです。
失敗を前提に、伴走する仕組みが大事
企業向けにマーケティング事業やアウトソーシング事業を展開する一方で、キャリア・マムは、官公庁や自治体、企業と連携した女性のキャリア支援事業にも注力している。
女性が、自分らしく生きつつ、仕事も家族も大切にする働き方をするとなると、道は起業しかないのではないかと私は考えています。ものすごく素晴らしい就業規則を持つ会社であれば別ですが、現状ではそんな会社に出合うのはとても難しいですから。
しかしその一方で、女性は失敗したがらない傾向が強く、起業の道を選びたがらないとも感じています。起業は、失敗を繰り返しながら経験を積み、成長していくものです。この道のりを伴走してあげられる仕組みを提供すれば、女性の起業を後押しできるのではと考え、「Tokyo Woman's Incubation」をはじめとするいろいろな取り組みを続けています。
例えば、女性の起業のロールモデルを分かりやすく示してあげて、「起業しても怖くないんだよ」と伝えてあげる。あるいは、「起業することで子どもに重い負担がかかってしまうことはないんだよ」と伝えてあげる。
人は知らないものは怖いので、攻撃したり、無関心になったりします。でも一度知れば、怖くなくなるものでしょう。だからまずは起業の面白さを知り、自分なりのスタートラインに立ってもらう。そのためのさまざまなサポートをしています。
今「シニア女性の起業」が面白い
近年、女性の起業を取り巻く環境は大きく変化している。起業支援の現場で、堤さんはどのような変化を感じているのか。
インターネットのサービスが浸透したことで、ECショップやウェブサイトを誰でも簡単に作れるようになりました。そのためでしょうか、自分中心の視点で起業を考える人が増えているように思います。
起業で大切なのは、「このビジネスを通して、何をどのように変化させていくか」という視点。つまり、お客さまのことを考える視点ですが、その点が抜けている女性起業家が増えているようで、少し心配しています。
一方、面白いなと思うのは、シニア女性の起業です。ITのことが少し分かっている方、新しいものを面白がれる方が、今のニーズをうまく捉えられているように感じます。
令和時代というのは、いわゆるバッタものは売れなくて、作っている人がどんな人であれ、サービスや商品が良ければ必ず売れます。あとは、それが売れ続けるための能力と知恵、人脈なのですが、特に人脈となると、その人の人間性や魅力が重要になります。
その点シニア女性は、失敗しても「失敗しちゃったね、あはは」と笑っていられる度量があり、周りの人を引きつけられる人が多い。そういう意味で、シニア女性の起業は興味深いと感じています。
100%ではなく、60〜80%の力で走る
では逆に若い世代、特にスタートアップの設立などを目指す世代にはどのようなことを感じているのだろうか。
早稲田大学出身のベンチャー企業経営者の集まりなどに顔を出すことがあるのですが、そこで出会う女性は本当に優秀です。
こうした女性たちは、「女性だから結婚して子どもを産んで…」といった考え方を超越しているだけでなく、起業を含めたライフプランを練り上げていて、まさに無敵だと思います。
でも知っておいてほしいのが、40代を過ぎ、例えば更年期で体を壊してしまったり、親の介護が入ってきたりして、物理的にいろいろ回らなくなることもあるということ。
そうしたときに、変化を恐れず、今まで培った経験と知恵と人脈で事業を継続してほしい。そのためにも周りに助けてもらう。例えば組織化しておけば、自分が会社にいなくても事業が回ります。
優秀な人は100%の力で走り続けることにこだわりがちです。でも、人生ずっと100%で走れる人はまずいません。60%から80%の力で走り続けようと覚悟することも、私は重要だと思います。
女性起業家を増やすための三つの提言
堤さんは、女性起業家を増やすためにはどのような施策や支援が必要だと考えているのだろう。
若くて、結婚して子どもも産みたいと考えている世代には、例えば、出産・育児に関する給付金が、会社の雇用者だけでなく、自営業者(起業家)ももらえるようにする必要があります。
この国は、自分たちで頑張って成功している人が損をしてしまう政策が多い。こういう人たちが報われるような制度や仕組みづくりにも力を入れるべきだと思います。
あと、シニア世代で起業を目指す女性は、ロールモデルをすごく求めていると感じます。中小企業政策審議会でも言っているのですが、起業は、今までなかった仕事を生み出すことが多いので、作り手は不安が大きいのですね。
だからこそ、全く同じものは無理だとしても、同じようなことをしている先輩が、こんな風にやっているんだということを提示してあげるとよいと思います。
もう一点、子どもの教育で、いまだに「お金をもうけたり、借りたりすることは悪」だとする傾向があるのですが、そこを変えていかないといけない。いわゆるアントレプレナー(起業家)教育が大切になると思います。
偏差値の高い学校に行くための教育ではなく、自分の足で立つ、もしくは転んだときに次の生き方を自分で見つけていける教育をする。自立型の人間をどんどん増やしていくことが、起業家の増加につながるのだと思います。
手に入れてほしい、「明日を信じる力」
今後の展望も聞いた。
一つは、キャリア・マムが展開しているコワーキングスペース事業をフランチャイズ化していくことです。誰もが一歩を踏み出せる拠点を、たくさんの街で提供したいですね。
あと、私は去年から、社会的企業および起業家によるネットワーク組織である、一般社団法人ソーシャルビジネスネットワークの理事になりました。
その活動の中で、金融機関の休眠預金を、ソーシャルビジネスの設立を目指す人に再分配する一般社団法人JANPIA(日本民間公益活動連携機関)という団体を教えてもらいました。キャリア・マムや私個人の知見を、その活動に生かせるのではないかというのです。
こういったソーシャルビジネス分野にも今後は力を入れていきたいですね。
最後に起業を目指す女性へのメッセージを書いてもらった。
私が女性起業家の皆さんに手に入れてほしいのは「明日を信じる力」です。これを持てるかどうかで、この先が大きく変わってくると思います。
ぜひ明日を信じて、起業の道を歩んでいってください。
- 社名
- 株式会社キャリア・マム
- URL
- https://corp.c-mam.co.jp
- 代表者
- 堤 香苗
- 本社所在地
- 東京都多摩市落合 1-46-1 ココリア多摩センター5階
- 設立
- 2000年8月8日
- 資本金
- 3,875万円
- 従業員数
- 40人(2022年4月現在)
- 事業内容
- アウトソーシング事業、キャリア支援事業、コンテンツ事業、コワーキングスペース事業