2025.01.21 【半導体/エレクトロニクス商社特集】エッジAI

エヌビディアのミニPCのようなAIコンピューター「デジッツ」の模型

インテルのエッジAI向けCPUを搭載したPCインテルのエッジAI向けCPUを搭載したPC

STマイクロのエッジAI用MCUの展示STマイクロのエッジAI用MCUの展示

半導体各社が積極展開

低遅延で情報の外部流出なし

 機械学習(ML)技術を用いデータの予測や生成を行える人工知能(AI)はセンサーが捉えた画像や音声の分析から説明文の付与に至るまで多様な用途で導入が進む。

 インターネットを通じ人間のように対話しながら利用者の課題を解決する「チャットGPT」をはじめデータセンター(DC)上で動作するクラウドAIは、高性能GPUや広帯域メモリー(HBM)などの需要を産んだが、恩恵は一部企業に集中する。

 末端の機器で動作するエッジAIは、性能の制限がより厳しいが、外部との通信を待たず処理を行えるため低遅延で、情報を個人所有の機器や自動車、オフィス、工場の外に出さないで済むという利点もある。より多くの半導体メーカーに機会があり、出荷数量の面でも期待できるため、素材メーカーや商社も関心を寄せる。

 まず演算処理などを行うロジック半導体をみると、米アップルは独自システム・オン・チップ(SoC)「A18」を昨年9月発売のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)16」に搭載。「ニューラル・エンジン」と呼ぶAI演算用半導体の新版を一体化しており、AIの中核となるMLモデルを従来機種搭載のSoCに比べ最大2倍速く実行できると打ち出した。

 米インテルはCPUにGPUやAI演算に特化した処理を行うニューラル・プロセッシング・ユニット(NPU)などを一体にした「Core Ultraプロセッサー シリーズ2(コア ウルトラ プロセッサー シリーズ2)」を昨年9~10月にノートパソコン(PC)向け、デスクトップPC向けで相次いで投入している。

 米AMDはNPU一体のCPU「Ryzen AI Max(ライゼンAIマックス)」を米ラスベガスで1月に開催された電子機器の展示会「CES 2025」において発表した。

 米クアルコムはPC向けに「Snapdragon X(スナップドラゴンX)」のブランドでNPU一体CPUを展開し、数多くの製品を投入しているが、1月には最廉価版を追加。また、昨年10月「Snapdragon 8 Elite(スナップドラゴン8エリート)」としてAndroid(アンドロイド)スマホ向けに従来に比べて高性能なNPUを搭載したSoCを発表している。

 需要が見込める市場は民生だけではない。

 ルネサスエレクトロニクスは車載半導体「R-Car」の第5世代としてGPUやNPUを内蔵したSoCを25年上期にサンプル出荷開始する。

 スイスのSTマイクロエレクトロニクスは従来に比べ高性能なNPU搭載のマイクロ・コントローラー・ユニット(MCU)「STM32N6」を昨年12月に量産開始。オランダのNXPセミコンダクターズはポスト量子暗号対応と並んでNPU搭載を特徴としたマイクロ・プロセッシング・ユニット(MPU)「i.MX94」を25年にサンプル出荷する。いずれも産業機器が用途の一つに入っている。エッジAI対応のカメラによる画像認識などは進歩が著しい。

 MLに基づくAIには機能を獲得する「訓練」と機能を発揮する「推論」の二つの段階がある。一般に訓練の方がより多くの演算能力や消費電力、時間を必要とする。

 エッジAIでは訓練を別環境で済ませておき、推論を中心に行う。しかし訓練と推論の両方の用途を見込む製品も登場している。米テキサス・インスツルメンツのMCU「TMS320F28P55x」などが例で、昨年から量産開始前の数量を注文可能だ。

 データ記憶をつかさどるメモリー半導体でもエッジAIに期待する向きはある。推論で多くのデータ記憶を必要とするためだ。キオクシアホールディングス(HD)の早坂伸夫代表取締役社長は昨年12月の上場時の会見で「(AIの)推論がPCやスマホで行えるシステムの普及がメモリー需要を後押しする」と語った。同社の218層積層プロセスを適用した第8世代3次元フラッシュメモリー「BiCS Flash(ビックスフラッシュ)」はクラウドAIなどが動作するDCだけでなく、スマートフォンやPCで需要の広がりを見込む。

 センサーなどアナログ半導体もエッジAIに対応した設計が進む。

 自動車メーカーSUBARU(スバル)はステレオカメラとAI推論を組み合わせた認識処理の向上に向け米オンセミの「Hyperlux(ハイパールクス)」ブランドのイメージセンサー「AR0823AT」を採用。成果は20年代後半に登場する運転支援システム「アイサイト」の次世代版に搭載する予定だ。

 エッジAIは半導体メーカー各社にクラウドAIとは別の商機をもたらす。しかし、クラウドAIの覇者である米エヌビディアの存在感はエッジAIにおいても大きい。

 「Jetson(ジェットソン)」ブランドのGPU搭載シングルボードコンピューターは、センサーなどアナログ半導体との組み合わせで以前から普及しているほか、CESではジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)が、GPU一体の車載SoC「DRIVE AGX Orin(ドライブAGXオーリン)」をトヨタ自動車が採用し次世代自動車を開発することを明らかにした。中国・比亜迪(BYD)やドイツ・メルセデス・ベンツなどもエヌビディアの技術導入を決めている。

 フアンCEOはCESでミニPCのような外見のAIコンピューター「Project DIGITS(プロジェクト・デジッツ)」も披露。1台2000億パラメーターのMLモデルを実行でき、2台を相互接続すれば2倍の規模に対応する。過去にはDCを必要としていたような大規模言語モデル(LLM)が、オフィスや家庭でより容易に動作させられるようになる。会場の担当者によると日本上陸の有無は未公表だが、国内AI開発者、研究者の間で期待は高まっている。

 エヌビディアがエッジAIに手厚く製品をそろえる姿勢は、今後の同市場の成長を示唆する一方、競合他社が車載を含む各分野で激しい戦いを強いられる可能性もうかがわせる。