2021.07.01 【5G関連技術特集】東工大とNECがミリ波帯フェーズドアレイ無線機開発
図1 高速ビームフォーミングが可能なCMOS ミリ波フェーズドアレイ無線機IC
Beyond5Gに向けてミリ波のさらなる有効活用へ大きな一歩
東京工業大学工学院電気電子系の岡田健一教授とNECは共同で、次世代のBeyond 5Gに向けて、ミリ波帯をより有効に活用できるフェーズドアレイ無線機を開発した。
第5世代移動通信規格5Gではミリ波帯の周波数を用いて通信速度の向上を図っているが、Beyond 5Gに向けてさらなる高速化のために、より高い周波数の利用や、大規模MIMOの利用が期待されている。これらを実現するためには高速なビームパターン切り替えが必要。しかし、切り替え速度と精度の両立ができていなかった。今回の研究では高速切り替えが可能なスイッチ型の移相器にデジタル補正技術を組み合わせることで、高速かつ高精度なビームパターンの切り替えを実現した。
開発した28ギガヘルツ帯フェーズドアレイ無線機は65ナノメートル世代のシリコンCMOSプロセスで製作した。事前にプログラムされた256通りのビームパターンを瞬時に切り替えられるように設計し、実験では、4ナノ秒で切り替えが可能であることを確認した。また、256QAMによる偏波MIMOで高速な通信が可能なことを確認した。
今回開発した回路は、5G向けの各種無線通信機器に搭載可能で、時分割でのMIMO実現による通信の高速化や、到来方向推定の高速化を可能とし、ミリ波帯の5Gの普及や高度化を加速させる成果といえる。
背 景
昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX、デジタル変革)の加速により、移動通信システムに求められる通信容量が指数関数的に増加している。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システムでは、従来のマイクロ波帯に合わせて、周波数が10倍以上高いミリ波帯を用いることで従来にない高速大容量な無線通信を実現しようとしている。
国内でも、2020年に5Gの商用サービスを開始しているが、次世代のBeyond 5Gや6Gに向けては、ミリ波帯のさらなる有効活用が求められている。その方向性として、さらに高い新規周波数の活用や、ミリ波帯大規模MIMOの実用が期待されている。
ミリ波帯のさらなる有効活用に向けた課題
現行の5Gミリ波通信では、アナログビームフォーミングによって、通信する端末を時間的に切り替えることにより、無線資源の有効活用を図っている。今後、さらに高い周波数で、より広い周波数帯域を用いて通信する場合、現在、5Gで用いられている信号では、一つの情報の持続時間が短くなるという性質がある。このため、複数の端末に情報を送るには、より高速なビーム方向の切り替えが必要になる。
現行5Gにおいて、6ギガヘルツ以下の周波数では、デジタルビームフォーミングによって、複数の情報を、同じ周波数で同時に送受信する大規模MIMO技術を用いて、高速・大容量通信を実現している。ミリ波帯でも、大規模MIMOを実現できれば、さらなる無線資源の有効活用が可能だが、複数のアンテナごとに送受信器が必要になり、サイズや消費電力の観点で、現実的ではなかった。一つの解決方法として、情報の持続時間よりも短い時間間隔で、ビームパターンを変えながら送受信することで、複数アンテナを用いた大規模MIMOと同等の効果を小型で実現することが可能だが、やはり、高速なビームパターン切り替えの実現が課題であった。
研究成果
従来、スイッチ型の移相器は高速な切り替えが可能であることが知られていたが、位相の調整精度が悪いことと、位相の切り替えに伴い望まない利得の変動が起こることが問題だった。研究グループは、高速切り替えが可能なスイッチ型の移相器にデジタル補正技術を組み合わせることで、この問題を解決し、高速かつ高精度なビームパターンの切り替えを可能とした。スイッチ型の移相器は分解能を高くしようとするとスイッチ段数が増大するため、スイッチ型により疎調整し、パイ型により微調整するハイブリッド型の移相器とした。利得変動の問題は、位相調整と同時にデジタル補正することで解決した。
この新しい回路方式を用いたフェーズドアレイ無線機を、最小配線半ピッチ65ナノメートルのシリコンCMOSプロセスで製作した(図1)。この無線機は偏波MIMOにも対応し、5.0×4.5ミリメートルの小面積に、水平偏波用に4系統分、垂直偏波用に4系統分のトランシーバーを搭載した。合計8系統の位相および振幅が同時に書き換えられる変換テーブルを内蔵し、送受信それぞれで256通りのビームパターンを記録できるSRAMを搭載した。集積回路チップはWLCSP(ウエハーレベルチップサイズパッケージ)技術によりパッケージングした。またテストボードの表面に4素子のアレイアンテナを設け、裏面には開発した集積回路チップを実装した。
このテストボードを電波暗室内に配置し、距離を離して0度方向と40度方向に測定用のホーンアンテナを配置し、高速なオシロスコープにより受信信号を測定したところ(図2)、4ナノ秒で切り替えが可能であることを確認した(図3)。送受信の切り替えは74ナノ秒だった。また、28ギガヘルツに割り当てられている400メガヘルツ帯域幅を用いて256QAMの偏波MIMO通信に対応できることを確認し、高い変調精度と高速高精度なビームフォーミングが両立できることを確認した。
今後の展開
今回の研究成果により、ミリ波帯フェーズドアレイ無線機において高速高精度ビームフォーミングが可能となった。開発した回路は5G向けの各種無線通信機器に搭載可能で、時分割での大規模MIMO、高速な到来方向推定、安定したビームトラッキングなどを可能とする技術であり、ミリ波帯の5Gの普及や高度化を加速させる成果である。
<資料提供:東京工業大学>