2022.08.30 【ソリューションプロバイダー特集】DX政府、重要分野と位置づけ、異業種共創の動きも広がる

退任・就任式で記念撮影に応じる牧島かれん前デジタル相(左)と河野太郎デジタル相=17日、東京都千代田区退任・就任式で記念撮影に応じる牧島かれん前デジタル相(左)と河野太郎デジタル相=17日、東京都千代田区

AR対応のゴーグル型端末を装着し地下埋設物を確認するデジタル臨調事務局長の小林史明デジタル副大臣=4月、東京都大田区AR対応のゴーグル型端末を装着し地下埋設物を確認するデジタル臨調事務局長の小林史明デジタル副大臣=4月、東京都大田区

 長引く新型コロナウイルス禍で露呈したデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れを挽回しようと、官民がアクセルを踏み込んだ。政府は、岸田文雄首相が掲げる看板政策「新しい資本主義」の中で、DXを重要な投資分野の一つとして位置付けて加速すると表明。ITサービス各社はDXを支援するサービスの提案力を高めようと懸命だ。異業種がスクラムを組みDXの先進事例を共創する動きも広がっている。

 ■真価問われる司令塔

 「まずデジタル庁が行政のDXをしっかりと進めることで、『デジタル化するとこんなに世の中が変わるんだ』ということを国民の皆さまに実感してもらうのが一番大事だ」。

 第2次岸田改造内閣で3代目のデジタル相に就いた河野太郎氏は8月12日、東京都千代田区のデジタル庁で就任後初の記者会見に臨み、日本のDXを加速する決意を表明した。

 岸田首相は内閣を改造した10日の会見で、河野氏の起用理由について「諸外国から後れを取っているわが国のDXを一気に加速するため、持ち前の実行力、突破力で進めてもらいたい」と述べた。

 2021年9月1日にデジタル社会の実現に向けた司令塔として発足したデジタル庁は、近く1周年を迎える。6月にはデジタル化政策の羅針盤「重点計画」の改定版を閣議決定しており、これまでのデジタル相が井戸を掘って水や肥料を与えて育てた「つぼみ」を花開かせる段階へ進もうとしている。

 掲げる重点目標は、政府共通のクラウドサービスの利用環境「ガバメントクラウド」の整備やマイナンバーカードの普及などだ。5月には政府が、目視規制や定期検査などデジタル化を阻害する「アナログ的な規制」の見直しに向けた一括的なプランを策定。4万件以上の法令などを点検してアナログ規制を洗い出し、今後3年程度で三位一体の改革に通底する共通指針「デジタル原則」への適合を目指す。

 経団連はその集中改革期間に、日本の経済社会全体の仕組みをデジタルベースに転換することを求めている。経済界の期待も背に受けてDXの推進役を担う河野氏の手腕に注目が集まりそうだ。

 そもそも日本企業の背中を押すきっかけとなったのは、経済産業省が18年9月に公開した「DXレポート」だ。古くて複雑な基幹系システム「レガシーシステム」から脱却し、経営を変革すべきと警鐘を鳴らした。

 昨年8月公表の「DXレポート2・1」では、ユーザー企業とベンダー企業の間に根付く「相互依存関係」をDXの足かせとして問題視した上で、デジタル産業の創出に向けた企業の変革の方向性を提示。経産省は近く、DXの推進を目指す企業が歩む具体的な道筋を示す「2・2」を打ち出す予定だ。

 ■攻めのDXは途上

 政府の動きを背景にデジタル化は無視できない課題として認識する企業が増える方向にあるが、「攻めのDX」に向けては途上にあるのが実情だ。

 三菱総合研究所が昨年12月、売上高100億円以上の企業でデジタル化に関わる従業員1000人を対象に「DX推進状況調査」を行った結果、デジタルデータを用いて業務を効率化する「デジタライゼーション」の段階が42%と最も多く、デジタル技術をビジネスモデルの変革や顧客への価値提供につなげるDXに至っている企業は3割未満だった。

 業界別に見ると、電気やガス、運輸、製造などの業種はデジタライゼーションの段階にとどまっており、DXへの移行に向けた課題に直面している可能性が推測された。

 とはいえ、DXは推進企業にプラスの効果をもたらしている。DXに向けたビジョンや計画の進展度とコロナ禍の業績の関係性を見ると、デジタル化に意欲的な企業ほど成長している傾向が読み取れた。「ビジョンや実施計画を策定しており、計画通り実行している」企業の40%が業績を向上。これに対して「立案する予定はない」企業で業績が向上したのは9%にとどまった。DXに関する取り組みの成功要因について複数回答で尋ねると、53%が「経営層の危機意識」と答えた。

 また、データを経営の意思決定に役立てる「高度なデータ駆動経営」を現状で実現している企業は31%。業種別のデータ活用状況に注目すると、建設や情報通信などデータが蓄積されやすい業界の進展が目立っていた。

 ■多彩な分野にデジタル技術

 既にDXの可能性を追求する動きが、幅広い分野で活発化している。NECと地域密着型のシティーガイドを運営するORIGINAL(オリジナル、東京都渋谷区)、日本地域国際化推進機構(同)は、観光分野のDXに関する実証事業を三重県伊勢市で今夏に始めた。来訪者の周遊促進や満足度の向上に向けた取り組みを進め、地域の活性化にもつなげる。舞台は、同市駅前の周辺エリア。3社・団体が参加する「スマートシティ伊勢推進協議会」と連携し、10月末まで進める。

 具体的には、観光資源を発掘して磨き上げるほか、夜間や早朝といった新たな時間にも注目。観光客らが少ない時間帯のコンテンツを作成し、滞在時間の延伸につなげる。さらに、蓄積した観光起点の行動データの分析結果を地域のマーケティング活動に生かす。

 幅広い業種の企業がサプライチェーン(供給網)の脱炭素化を進める課題に直面する中、デジタルの力で環境対策を後押しする動きも広がっている。日立ソリューションズは、原料調達から出荷に至る一連の企業活動に伴い発生する温室効果ガスの排出量を予測できるサービスを市場投入した。

 同社は、供給網のデジタルツインを仮想空間上に構築し製造プロセスの改善を支援する「グローバルSCMシミュレーションサービス」を20年から提供している。現実世界を模した双子の世界をデジタル空間内に再現するデジタルツインで、複数シナリオの利益やコストを比較。最適な生産や販売計画を迅速に立案できるようにするもので、温室効果ガス排出量をシミュレーションできる今回のサービスはその最新版だ。

 ■インフラにも新風

 橋や道路などのインフラ分野でも、DXに向けた政府の動きが活発化している。デジタル臨時行政調査会(デジタル臨調)は、アナログ規制を代替する先端技術の活用を促進。国土交通省は、DXの道筋を示すアクションプランを策定しており、企業のデジタル投資や技術開発を促す呼び水となりそうだ。

 デジタル臨調の事務局は4月、路面下の空洞調査を手掛けるジオ・サーチ(東京都大田区)の技術開発センターを視察した。一つが、現実世界に3次元(3D)映像を重ね合わせて表示できるAR(拡張現実)を生かして、地下に埋設されたインフラを点検する取り組みだ。

 AR対応のゴーグル型端末を装着し、人や車が通る「橋梁(きょうりょう)の床版」を再現した模型の内部を確かめると、内部の状態を示す画像がディスプレーに映し出された。地下埋設物の劣化の度合いを数値化し、「白は健全」「黄は劣化初期」「赤色は劣化進行」といった形で把握できるという。

 インフラ分野には、既に民間も熱い視線を注いでいる。日立製作所とNTTドコモは高速通信規格5Gの通信環境下で3月、ARを用いて組み立て作業を支援するアプリケーションの有効性を確かめる実証実験を実施。東芝もインフラ点検の省力化と自動化を追求する一環で、危険な場所に近づくことなくスマートフォンや単眼カメラで撮影した画像のみで補修対象部分のサイズを簡単に計測できる人工知能(AI)の早期実用化を狙う。

デジタル人材育成や獲得に注力

 ■課題はデジタル人材不足

 30年度には20年度比3・8倍の5兆1957億円に達する--。富士キメラ総研の市場予測によると、DX国内市場は大きな可能性を秘める成長分野だが、市場開拓をけん引する人材を巡る課題が立ちはだかる。

 総務省は2~3月、日米独中の企業の計約3000社を対象に調査を行い、22年の情報通信白書で紹介した。調査でデジタル化を進める上での課題や障壁を尋ねると、回答した日本企業の67.6%が「人材不足」と答え、米国・中国・ドイツの比率を大きく上回った。さらに日本では「デジタル技術の知識・リテラシー不足44.8%)」を挙げる企業も多かった。

 特にAI・データ解析の専門家については「大いに不足している」が30%を超えており、こうした状況を踏まえて、白書は「米国やドイツと比べると不足状況が深刻」と指摘した。

 既にIT大手各社は、デジタル人材の育成や獲得に注力。政府も人材面の環境づくりに本腰を入れ、230万人のデジタル推進人材を確保する目標を掲げた。経産省と情報処理推進機構(IPA)が実践的なデジタル知識や能力を伝授するポータルサイト「マナビDX」を開設するなど、多様な具体策が動き出したが、真価が問われるのはこれからだ。