2026.03.30 【タイ経済最新動向企画】タイ投資委員会・ナリット長官に聞く 国家政策で半導体・先端エレクトロニクス分野の成長加速
日タイ、「戦略的な架け橋」に
タイ投資委員会(BOI:Board of Investment)は投資政策の策定、投資案件の認可、恩典の付与などを担うタイ首相府傘下の投資誘致機関。海外からの投資を誘致するため、さまざまな活動を行っている。現在のタイにおける投資動向や今後の計画についてBOIのナリット・テートサティーラサック長官に話を聞いた。
――タイ経済の状況は?
ナリット長官 タイ経済は産業の高度化・デジタル化など、将来性ある産業の投資にけん引され、構造転換の新たな段階に入っている。世界経済情勢は依然として不安定だが、タイ政府は事業運営の円滑化と迅速化を図り、ビジネスおよび投資のエコシステムを強化することに注力している。
2025年のタイのGDP成長率は当初の予測1.4%を上回り、2.4%へと上昇した。さらに2025年はBOIの歴史上、外国直接投資(FDI)が過去最高を記録した年となった。申請されたプロジェクト数は2,421件(2024年比66%増)に達し、総投資額は6.6兆円を超えた。この急増は主にデジタル、電気・電子、自動車・部品セクターによってけん引されている。
タイ政府は2026年を「投資の年」と宣言し、多岐にわたる分野での投資拡大を通じて経済成長を加速させる。この取り組みは、インフラ整備の強化、技能向上や労働力強化プログラムを通じた人材の質的向上、そして規制プロセスの改善やビジネスに優しい環境の整備を推し進め、海外からの投資を呼び込むことを目指している。
―半導体・先端エレクトロニクス分野でタイの強みを教えてください。
ナリット長官 タイは産業の深さ、成熟したサプライチェーン、整備されたインフラ、そして充実した政策支援を兼ね備えたエコシステムを提供しており、半導体および先端エレクトロニクス分野への投資に極めて適した環境を整えている。
半導体は主要産業であり、現代のほぼ全ての分野において不可欠な要素。この産業には、高度な技術、多額の投資、高度なスキルを持つ人材、強固なエコシステムの統合が求められる。
タイ政府は同セクターの戦略的重要性を認識し、2024年10月に「国家半導体・先端エレクトロニクス政策委員会」を設立した。同委員会は、先端半導体・エレクトロニクス産業の発展を推進するための戦略策定を担当。この戦略は三つのフェーズで構成されており、関連政府機関と民間セクターのステークホルダー間の連携を促進しつつ、同セクターの成長を導く国家的な指針としての役割を果たしている。
人的資本もタイの強みの一つ。半導体エコシステムを支えるため、人材育成に多額の投資を行っている。タイ政府は高等教育・科学・研究・イノベーション省(MHESI)に対し、半導体およびエレクトロニクス産業に向けた全国的なスキルアップおよび再スキル化の取り組みを主導するよう指示。この取り組みの一環として、半導体および先端エレクトロニクスのサプライチェーン全体における人材の能力強化を図り、国内外の産学連携を促進するため、三つの国立半導体トレーニングセンター(NSTC)が設立された。このイニシアチブは、5年以内に6万人の熟練した専門家を育成することを目指している。さらに、半導体工学の学士課程が八つ新設され、現在200人以上の学生がこれらの専門的なカリキュラムに在籍している。
インフラの整備状況もタイの競争力をさらに強化している。投資家は全国に80カ所以上ある世界水準の工業団地、安定したエネルギー供給、拡大する再生可能エネルギー、先進的な物流ネットワーク、そして強固なデジタル接続環境の恩恵を受けている。これらの利点が相まって、グローバルなサプライチェーンへのシームレスな統合が可能となっている。
タイはまた、二つの主要な仕組みを通じてクリーンエネルギーへの移行を優先的に進めている。1つ目は「ユーティリティ・グリーン・タリフ(UGT)」。これにより企業は認証済みの再生可能エネルギーを組み込んだ電力を購入できるようになる。二つ目は「直接電力購入契約(Direct PPA)」で、発電事業者と電力消費者の間で送電網を介してクリーン電力の直接取引が可能になる。当初は、データセンターへの投資を支援するため、2000MWの容量を持つパイロットプロジェクトが実施される予定だ。
タイの投資優遇措置も非常に競争力を有している。BOIは、半導体設計、製造、先端エレクトロニクス、および研究開発活動向けに、対象を絞った優遇パッケージを提供している。これには、税制優遇措置、ウエハー製造、IC設計、先進後工程などの戦略的活動に対する現金助成金に加え、業務上の複雑さを軽減するための迅速な手続き支援や規制面でのサポートが含まれる。
―半導体産業の投資スキームも整備されています。
ナリット長官 重要な促進メカニズムとして、タイの「FastPass」が挙げられる。これは戦略的プロジェクトの承認プロセスを効率化し、高付加価値を持つ投資家にとって、市場投入までの時間を大幅に短縮するものである。このメカニズムは、関連政府機関間の緊密な連携を通じて運用され、効率的かつ予測可能な実施を保証している。その結果、企業はゼロから新たなエコシステムを構築するのではなく、確立されたバリューチェーンに直接参入することが可能となり、リスクを最小限に抑えつつ、事業開始までの準備と収益性の向上を加速させることができる。
―ほかのASEAN諸国も半導体産業の誘致に力を入れています。
ナリット長官 他ASEAN諸国と比較した場合の大きな差別化要因は、タイと日本との深く長年にわたるパートナーシップ。数十年にわたり、日本の製造業者はタイを戦略的な拠点として位置付けてきた。これにより、日本の業務基準、品質システム、知的財産の保護、そして企業文化を理解するビジネス環境が形成されている。このレベルの制度的な親和性と信頼関係を築いている国は、この地域でもほとんどない。
タイは半導体のあらゆる分野で競争を試みるのではなく、同国が既に強固なインフラと充実したサプライチェーンを有するパワー半導体分野に戦略的に注力している。特に、パワー半導体、センサー、フォトニクス、ディスクリートデバイス、アナログチップに重点を置く。これらの分野は、自動車、再生可能エネルギー、データセンター、産業分野にサービスを提供するタイの確立された製造基盤と密接に連携している。
この戦略的重点に加え、タイの競争力は①世界水準の産業インフラ②人材育成とエコシステム構築に対する国家レベルの取り組み③BOIによる独自の戦略的投資支援④安定かつ拡大を続けるクリーンエネルギー供給能力――の四つの主要な強みによって支えられている。
タイはインセンティブだけで競争しているわけではない。タイに向けられた投資提案はバランスの取れたものであり、エコシステムの整備、国家政策との整合性、サステナビリティの統合、そして長期的なパートナーシップの枠組みを備えている。これらの要素により、タイは単なる生産拠点としてではなく、グローバルな半導体バリューチェーンで、進化し続けるイノベーション・プラットフォームとしての地位を確立している。

――最新の半導体投資案件は?
ナリット長官 近年、タイでは半導体関連の高付加価値投資の新たな波が起きている。これは世界の半導体リーディング企業からの強い信頼を反映している。2025年は画期的な年となり、投資申請額は過去最高の600億ドルに達した。この勢いの大部分は、半導体および先端エレクトロニクス関連プロジェクトによるものだ。
独インフィニオンテクノロジーズは現在、タイに新たな組み立て・テスト施設を建設中であり、約18カ月以内に完成する予定。同工場では、電気自動車、データセンター、エネルギー貯蔵、クリーンエネルギーシステム向けのパワーモジュールを生産するほか、タイの大学やイノベーション機関と連携してエンジニアリング人材を育成し、タイの長期的な半導体エコシステムの強化を図る。
米アナログ・デバイセズ(ADI)は、組み立て・ICテスト事業の拡張拠点としてタイを選定し、高付加価値の能力をさらに強化する。これらの投資はタイが推進する半導体産業振興の取り組みを補完するものであり、世界の半導体バリューチェーンにおけるタイの地位を確固たるものにする。
台湾のフォックスセミコン・インテグレーテッド・テクノロジー(FITI)は高度な機器および半導体モジュールの統合に対応する半導体製造装置の生産施設を建設中であり、約1年以内に完成する見込み。米マイクロチップ・テクノロジーはタイにおけるウエハーテスト、ICパッケージング、テスト事業を拡大しており、同社の輸出用IC製品の約90%がタイの事業拠点で生産されている。蘭NXPセミコンダクターズもタイで50年以上にわたり拠点を構えており、グローバルな半導体サプライチェーンにおけるタイの長年にわたる役割を強化している。
これらのプロジェクトは、タイが単にコスト面での優位性だけで競争しているわけではないことを示している。各社ともタイのエンジニアリング人材の豊富さ、確立されたエレクトロニクス産業のエコシステム、サプライチェーンの強靭(きょうじん)さ、そして一貫した産業政策の方向性を評価してくれている。これらの成功事例は総じて、タイが従来のエレクトロニクス製造拠点から、世界の半導体サプライチェーンにおける戦略的かつ信頼できるパートナーへと進化していることを裏付ける。
―半導体・先端エレクトロニクス分野での今後の目標を教えてください。
ナリット長官 タイのビジョンは、ASEANにおける先端エレクトロニクスおよび半導体エコシステム開発の主要なハブとなること。単なる製造拠点にとどまらず、設計、研究開発、高付加価値エンジニアリングを統合したプラットフォームとしての役割を果たすことを目指している。
タイ政府は今年1月、産業発展を推進するためのロードマップを発表した。この戦略のもと、われわれは国内を基盤とした半導体イノベーションおよび生産エコシステムへの移行を目指し、上流・下流双方の能力を強化するとともに、国内の有力企業を育成していく。このビジョンを実現するため、BOIが策定した「国家半導体・先端エレクトロニクス戦略」では、体系的かつ持続可能な発展を確保するため、2030年、2040年、2050年の三つの段階的なマイルストーンを設定している。
まずは、2030年までに実績のある競争優位性を基盤として、従来の後工程から先進後工程への高度化を図るとともに、先端パッケージング、集積回路(IC)などの分野の強化を推進する。次のフェーズとして、2040年までにレガシー半導体に対応するシリコンウエハー製造、IC設計、高度な後工程技術などといった高度技術分野において世界有数の企業からの外国直接投資(FDI)の誘致を目指す。
次のフェーズとして、2040年までにレガシーノードの前工程、IC設計、高度な後工程技術といった、高付加価値の先進分野において、基幹となる外国直接投資(FDI)の誘致を目指す。
そして最終フェーズとして、2050年までにタイはバリューチェーン全体を網羅した、完全に統合された半導体エコシステムを構築する方針。主要分野では、有力なタイの地元企業が台頭し、大手多国籍企業と連携して事業を展開することになる。
この戦略は①競争力のあるインセンティブ②高度な人材育③技術インフラ④産業インフラ⑤ビジネス環境の近代化――という五つの戦略的柱に基づいている。
タイの長期的な戦略はコスト面だけで競争するのではなく、能力、信頼性、そしてパートナーシップを重視するものであり、これらは日本の産業哲学と密接に共通する価値観だ。 タイは日本の精密技術とタイの産業能力が融合し、次世代のグローバル技術を牽引する「戦略的な架け橋」となることを目指している。日本の投資家にとって、タイは単なる投資先ではなく、アジアの先端エレクトロニクスの未来を形作る長期的な戦略的パートナーであり続ける。









