2021.01.19 Let’s スタートアップ!特別編 CIC Tokyo日本のスタートアップ支援の一大拠点に!米国から上陸したイノベーションセンター

 成長が著しいスタートアップを取材し、新しいビジネスの息吹や事業のヒントを探る「Let’s スタートアップ!」。

 今回は少し趣向を変えて、スタートアップの成長を支えるイノベーション拠点「CIC Tokyo」を取材した。

 CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)は、1999年に米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市で創業した、グローバルに展開するイノベーションセンターだ。そのアジア初の拠点として、虎ノ門ヒルズビジネスタワー(東京・港区)に昨秋オープンしたのが「CIC Tokyo」だ。

 CICが日本に拠点を設ける狙いはどこにあるのか。どのようにスタートアップの成長を支えていくのか。CICの日本進出をけん引してきた平田美奈子さんに聞いた。

プロフィール 平田美奈子(ひらた・みなこ) CIC Japan 合同会社 ディレクター(セールス)/一般社団法人ベンチャー・カフェ東京理事
経済系シンクタンクに8年間勤務、その後、渡米。2016年からCIC/Venture Café Tokyoの日本進出プロジェクトに参画。CIC Japan設立と、姉妹団体であるVenture Café Tokyoの立ち上げのプロジェクトマネージャーを経て現職。早稲田大学法学部卒、米マサチューセッツ州立大学大学院MBA。

スタートアップの成長を促すコミュニティ拠点

 スタートアップが成長し、イノベーションが次々と起こる社会を創るためには、これを促すための環境、すなわちイノベーションエコシステムの構築が欠かせない。

 イノベーションを生み出すためのエコシステムは、起業家や投資家、大企業、大学、研究機関、自治体関係者、政府などが集まり、スタートアップを軸とした濃密なコミュニティを形成することで機能する。そうしたコミュニティの拠点となることを目指しているのが「CIC Tokyo」だ。

広々とした「CIC Tokyo」のコワーキングスペース

 「CIC Tokyo」に入居したスタートアップや起業家が得られるのは、快適なオフィスや広々としたコワーキングスペース、会議室、高速インターネットなど仕事に集中できる環境だけではない。コンサルタント出身やベンチャーキャピタル出身など様々な経歴を持つ常駐スタッフが連日開催するコミュニティイベントに参加し、入居者同士の交流を深めることができる。

 また、CICの姉妹団体で日本最大級のイノベーションコミュニティを形成する「Venture Café Tokyo」が、誰でも参加可能なオープンイベントを館内で定期的に開催しており、そこで大企業や大学、研究機関、政府関係者など様々なステークホルダーとのつながりを構築することもできる。

 さらに通路には、ふと思いついたアイデアについて“井戸端会議”ができるスペースが数カ所用意されていたり、誕生間もないスタートアップを紹介するラジオ局「CIC Live」が館内に設けられていたりと、「CIC Tokyo」には、ハードとソフトの両面からスタートアップの成長を促す“仕掛け”が用意されている。

「CIC Live」が収録されるスタジオ
廊下で議論するためのスペース。カーテンを閉めることができ、壁はホワイトボードになっている
「CIC Tokyo」は、2020年11月25日から27日に一般向けのグランドオープンイベントを実施。デジタル改革担当大臣の平井卓也氏と、CIC Japan会長の梅澤高明氏による対談など様々なセッションが行われた(画像提供:CIC Japan)

特殊な環境下で誕生したエコシステムビルダー

 日本におけるイノベーション拠点を目指す「CIC Tokyo」だが、そのビジネスモデルを生み出したCICはどのように誕生したのだろうか。平田さんは、「発祥の地であるケンブリッジ市の特殊な環境が影響を与えている」と話す。

 CICは、アメリカの東海岸、マサチューセッツ州ケンブリッジ市というところで発祥したイノベーションセンターです。

 ケンブリッジ市には、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)など大学や研究機関がかなり集積しています。

 そうした環境の中、創業者ティム・ロウによって1999年にCICが誕生しました。実はティムはMITの卒業生で、CICをMITのすぐ隣に作りました。

 このためCICには、学生や研究者がどんどん出入りして、大企業やスタートアップなどと気軽に話をするような状況が生まれたのですね。

 以来20年間、街は目まぐるしく変貌し、CICを取り巻く形でスタートアップが集積するイノベーティブな地域文化が形成されていきました。

 そうした中で自然発生的にできたエコシステムをリメイクし、他の地域に移築するのが、私たちのビジネスモデル。スタートアップと共に街を創る、いわゆる「エコシステムビルダー」と呼ばれるものになります。

なぜ日本進出を決めたのか

 ではなぜ日本の東京に新たな拠点を作ることになったのか。平田さんは、「日本社会の“伸びしろ”に期待したため」だと説明する。

 日本には、グローバルに戦えるスタートアップの数が海外に比べ少ないと言われています。

 ただ日本には、大企業が持つ確かな技術がありますし、他地域と比べると社会的なインフラの成熟度も高い。なぜスタートアップがたくさん生まれてこないのかが不思議なくらいの環境があります。

 ですから、日本にはまだまだ“伸びしろ”があるはずです。CICは、大きな潜在能力を日本の中に見いだしています。

 ただイノベーションを起こすには、分野横断型の取り組みが必要です。例えばライフサイエンスであれば、ライフサイエンスだけに特化するのではなく、様々な分野との横断的な連携が求められます。

 しかし、現在の日本の社会システムは、新しいビジネスを生み出すための異業種交流といったところにあまり寛容でない状況がまだ残っていると思います。

 そうしたところに、ボストンで成功しているようなビジネスモデルを用いてサポートできるのではないかと考え、日本に拠点を設けることを決めました。

CICが日本進出を決めた理由を話す平田さん

スタートアップ支援につながる専門家にも入居を促す

 具体的にどういった形で入居者の募集していくのだろうか。

 私たちは「CIC Tokyo」をスタートアップの支援施設というふうに捉えていますから、入居者のうち6、7割はスタートアップに入ってもらおうと考えています。

 さらにそれを支える専門家の皆さん。例えば弁理士や弁護士、マーケティングコンサルタント、ベンチャーキャピタルなど、スタートアップに何かしら支援ができるような方々にも入居していただきたいと思っています。

 ちなみに私たちは、スタートアップの成長を加速するアクセラレーターについて、どこか1社に限定して入居いただくといったことはしません。あくまで中立の立場を守るのが私たちのポリシーですから、複数社入っていただければと考えています。

 というのも、本当に実力があるスタートアップは、何かに縛られることを嫌うと思います。ですので、アクセラレータープログラムが必要なスタートアップには、好きなところを選んでいただくという形にできればと考えています。

 ちなみにスタートアップが入居を希望する際には、簡単なヒアリングを行うだけで、スピーディに入居できるシステムとなっています。

 また様々なサイズのオフィスを用意していますので、スタートアップが成長していき、オフィスを拡大したいといったときも、フレキシブルに対応できます。

「CIC Tokyo」には、様々なサイズや形状のオフィスが160部屋以上用意されている

入居者同士の交流を促すコミュニティイベント

 冒頭でも触れたように、「CIC Tokyo」の特徴の一つが、常駐スタッフによってコミュニティイベントが頻繁に開催されることだ。その狙いはどこにあるのか。

 「CIC Tokyo」では毎日にようにコミュ二ティイベントを実施する予定です。

 その目的は、スタートアップや起業家、弁理士、弁護士、ベンチャーキャピタルなどの入居者同士が、気軽にビジネスの話ができる機会を提供することです。

 ただ単にオフィスを提供するだけだと、入居者同士が話をするにしてもあいさつ程度で終わってしまいがちです。それでは本当の異業種交流は起こりえません。

 そこで私たちはコミュニティイベントで具体的に働きかけようと考えているのです。

 その内容は、例えば皇居まで走るランニングクラブや、ヨガの体験クラブといったクラブ活動から、英語にまつわるクイズに皆で挑戦するようなカジュアルなイベントまで様々。

 過度なおせっかいにならないよう、“気の良いおせっかいおばさん、おじさん”みたいな立ち位置で働きかけていければと考えています(笑)。

平田さんをはじめとする「CIC Tokyo」の常駐スタッフは、平均すると3カ国語が話せるため、グローバルなコミュニケーションにも対応できる

イノベーションエコシステムを構築するための両輪

 「Venture Café Tokyo」が定期的に行うオープンイベントについてはどういった効果を期待しているのだろう。

 イノベーションを生み出すエコシステムは、CICという拠点と、姉妹団体である「Venture Café Tokyo」が行うオープンイベントの両輪がないと成り立たないと私たちは考えています。

 「Venture Café Tokyo」のオープンイベントは、CICの入居者が外部につながりを作るための装置の一つ。広く一般向けのコミュニティを形成するためのものです。

 一方CICは入居者にフォーカスするもので、施設内のコミュニティがより深く醸成されていくような形になっています。

 日本では「Venture Café Tokyo」の活動を2018年から開始し、毎週木曜日に、虎ノ門ヒルズのカフェを借りて、起業にまつわるセミナーやセッションを一般向けに開催してきました。

 毎回5時間ほど開催しているのですが、1時間ごとにあえて違う分野のセミナーやセッションを開催するようにしてきました。そうすることで、普段接点がない人たちの出会いの場として機能するようにしたのです。

 ちなみにイベントはいつも大盛況で、カフェだけでは収まり切らず、別の飲食店もお借りするような状態になりました。

 今後「Venture Café Tokyo」のオープンイベントは、「CIC Tokyo」のベンチャーカフェエリアと呼ばれるスペースで定期的に開催されますが、これまで同様、参加者同士のネットワーク作りをサポートしていければと考えています。

「CIC Tokyo」内の階段付近に設けられたベンチャーカフェエリア。様々なセミナーやセッションが行われる

“あなた”が何をしたいのかが重要

 実は平田さん自身もアメリカのケンブリッジ市に住んでいた経験がある。そこで受けたカルチャーショックが、CICに参画するきっかけの一つになったという。

 私はもともと日本でマクロ経済系のシンクタンクに8年ほど務めていました。その後アメリカのケンブリッジ市に住んだのですが、そこでたくさんの起業家に会う機会がありました。

 そうやって過ごすうちに、仕事に対する考え方が大きく変わっていきました。

 まず、起業家たちに会ったときには必ず「What do you do?」と聞かれるのですね。

 日本であれば「どこの会社ですか?」といった聞かれ方が一般的ですよね。そうじゃなくて、「あなたは何をしているの?」「あなたは何がしたいの?」と聞かれるのです。

 そうしたやりとりが行われる社会の中で、自分は何のために働くのだろう、自分は一体何をしたいのかとあらためて考えさせられました。

 特に今は、インフラもある程度整い、技術も進化している中で、経済構造自体が大きく変わっていますから、社会や大企業などの組織に守られるような働き方を求めることは、もはや幻を求めるようなものだと思います。

 そうした中で、今後は仕事を探すのではなく、仕事そのものを自分たちで創り出さなければならないと考えるようになったのです。

 もう一つ感銘を受けたのが、アメリカの起業家やスタートアップを取り巻くコミュニティのあり方です。

 特に興味深いのは、もし起業に失敗しても、コミュニティの中で次のことを一緒にやろうと言ってくれる仲間がいたり、新しい人を紹介したりしてもらえること。つまり、一度の失敗で全て終わってしまうのではなく、次のチャンスが提供されるのです。

 こうしたコミュニティの存在が一種のセーフティネットになっているのだと思います。

 こういった経験もあり、コミュニティを生み出す拠点であるCICにジョインしました。

アメリカで受けたカルチャーショックが、CICの日本進出に参画したきっかけになったと話す平田さん

注力するのは「ディープテック」

 「CIC Tokyo」では、どういったビジョンを持っているのだろう。

 これまでお伝えしてきたように、まずはスタートアップを増やしていきたい、伸びるスタートアップを応援したいということが大きなくくりとしてあります。

 特に注力するのは、大学や研究機関などで生まれた先端技術を活用するディープテックの分野です。大学発のベンチャーといったところのビジネスを応援したいですね。

 あとは女性の起業家も応援していきたいです。現在、スタートアップや起業に携わる人の多くは男性です。特に日本はその傾向が強い。ですから、今後は女性起業家を増やしたいという思いが強いですね。

夢を実現したい人、集合!

 最後に「CIC Tokyo」が今求めているものは何か聞いた。

 やはり「夢を実現したい人」です。

 夢を持つことはすごく大事です。

 実際には実現できないかなあと思うような夢こそが、実は本当に革新的なイノベーションの種になることも多いものです。それに声を上げれば、そのアイデアを求めている仲間に出会えるかもしれません。

 夢を持つたくさんの方に「CIC Tokyo」に集まっていただきたいですね。

(取材・写真:庄司健一)
社名
CIC Japan合同会社
URL
https://jp.cic.com
代表者
CIC Japan会長 梅澤高明
本社所在地
東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズタワー15階
設立
2018年
事業内容
イノベーションセンター「CIC Tokyo」の運営