2021.02.18 【5G関連技術特集】グラフェンの製造コストを100分の1以下に東北大、信越化学、NICTなどの研究グループが新技術創造

[図1]研究グループが創出したグラフェン製造法

 次世代無線通信システム(Beyond 5G)は、来るべき社会、持続可能性を担保しつつ、必要な人に必要なモノ・サービスが必要なだけ届く快適な社会(Society 5.0 for SDGs、経団連提唱)の基盤インフラとなるものだ。

 東北大学電気通信研究所、信越化学工業、高エネルギー加速器研究機構、東北大学多元物質科学研究所、高輝度光科学研究センター、情報通信研究機構の研究グループは、グラフェンを用いた低環境負荷かつ超高速なデバイスの革新的な製造法を創出した。世界最高水準品質を保ちつつコストを1/100以下にすることを可能にし、さらに、グラフェン・デバイスが従来抱えていた弱点を克服することで Beyond 5Gに不可欠なT㎐帯で動作するデバイスの商用化を可能にするものだ。

<背 景>

 Socity 5.0 fot SDGsは、持続可能性を担保しつつ、必要な人に必要なモノ・サービスが必要なだけ届く快適な社会。

 2030年代以降に到来する次世代無線通信システム(Beyond 5G)は、そのような未来社会の基盤インフラである。Beyond 5Gの実現には、現世代の5Gに比して一桁以上高周波帯であるT㎐帯で動作するデバイス、例えば、T㎐トランジスタが不可欠となる。

 そのため、T㎐帯で動作するトランジスタの研究開発が世界中で活発に行われている。例えば、化合物半導体を電子輸送層として用いたデバイスが、Beyond 5Gデバイスとして有望だが、既存のBeyond 5G用デバイスは、希少(In(インジウム)など)・有害(As(ヒ素)など)な元素を用いることが多いのが現状だ。そのため、これらのデバイスは、SDGs、すなわち、国際連合が提唱する持続開発目標の趣旨と合致しない恐れがある。ゆえに、既存のデバイスに加え、低環境負荷物質を用いたT㎐帯デバイスの研究開発が喫緊の課題となっている。

 グラフェンは、低環境負荷かつ電子が全物質中で最高速で走行できるなど優れた物性を有する物質である。しかしながら、グラフェン・デバイスは「物質製造コストが高い」や「実際にデバイス化すると、期待通りの性能を示さない」などの課題を抱えていた。

 研究グループは、これまでにSiエレクトロニクスとの融合を目指して、Si(シリコン)基板上にSiC薄膜を介してグラフェンを廉価に直接成長させるグラフェン・オン・シリコン(GOS)技術を世界で初めて創出した。しかし、GOS技術においては、成長させたグラフェンの品質に改善の余地があるため、GOSを用いたトランジスタはT㎐帯動作を実現することは困難だった。

 そのため、廉価に、高品質なグラフェンをデバイス応用に適した基板(Si、サファイアなど)に成長させる技術の創出が希求されていた。

<成果の内容> 

そこで、研究グループは、信越化学工業が開発したハイブリッドSiC基板を用いて、その上にグラフェンを成長させるという、新たなグラフェン製造法を開発した(図1)。ハイブリッドSiC基板とは、バルクSiC基板に水素イオン(H+ )を注入し基板表面から1μm程度の深さのところに切れ目を入れることで、高品質SiC単結晶薄膜を剥離させて、Siやサファイア基板などデバイス応用に適した基板へ転写したものを指す。

 ハイブリッドSiC基板プロセスは、高価なバルク基板を繰り返し利用することが可能であるという大きな利点を有する。一つのバルクSiC基板から 100枚以上作製することが可能であり、3インチ以上の大面積化が可能なことが示されている。これにより、グラフェン製造プロセスの材料コストを、従来に比して1/100以下と大幅に削減することが可能となる。さらに、研究グループは得られたグラフェンが世界最高水準の品質・物性を有することを、フォトンファクトリーやSPring-8などの放射光施設にある角度分解光電子分光装置や分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡を駆使して明らかにした。

 さらに、このグラフェンを用いた高性能トランジスタの開発にも成功した。このトランジスタは、従来のグラフェン・トランジスタでは困難だった、入力ゲート電圧(Vg)-出力ドレイン電流の大きな変調度(gm)と電流飽和を同時に実現できた(図2)。動作特性の解析から、本研究グループが開発したトランジスタは、T㎐帯で動作し得ることが示されている。

[図2]研究グループが作製したグラフェンデバイスの電気特性評価結果

 以上、本研究グループは、世界最高水準の品質を有するグラフェンの製造コストを大幅に削減し、さらにBeyond 5Gに資するT㎐トランジスタの商用化を可能とする新規な製造法を産官学で連携して創出した。

<今後の展望>

 本技術は、既存のT㎐デバイスと相互補完的な活用により、Society 5.0 for SDGsに大きく貢献すると考えられる。

 Beyond 5Gでは、利用している電波の届く距離が数十分の一に減少し、かつ多種多様な情報伝送を行う必要がある。そのため、現世代の5Gに比して、Beyond 5Gでは必要となるデバイスの数は激増する。ゆえに、Asなどの有害物質を含有する既存デバイスにおいて、現時点では顕在化していない社会的なコスト(例:廃棄処理)を含めたトータルのコストが、無視できなくなると考えられる。したがって、Beyond 5Gにおいては、既存のデバイスだけでなく、環境負荷が低い物質を用いたデバイスが求められるようになることが予想される。以上の理由から、低環境負荷であるグラフェン・デバイスの利用は、Society 5.0 for SDGsに適したものであると言える。

 本研究の出口像の一つとして、ハイブリッドSiC基板を共通プラットフォームとした5G用のGaNトランジスタとBeyond 5G用グラフェン・トランジスタを混載した通信回路・超高感度センサー回路の実現が期待される(図3)。

[図3]期待される5G・Beyond 5G混載通信回路・超高感度センサー回路の例

   <資料提供:東北大学>