2021.09.24 Let’s スタートアップ!オトバンクオーディオブックの制作・配信サービスで「聴く」が当たり前の選択肢となる世界を創る

 成長が著しいスタートアップ企業を取材し、新しいビジネスの息吹や事業のヒントを探る「Let’s スタートアップ!」。今回は、音声コンテンツの制作・配信を手掛けるオトバンク。

 オトバンクは、本を耳でも聴ける世の中をつくりたいと2004年に創業したベンチャー企業で、「オーディオブック」という言葉が世の中にほとんど知られていない時代から、オーディオブックを中心とした音声コンテンツの制作・配信を続けている。

 同社が運営する音声コンテンツ配信サービス「audiobook.jp」は、音声コンテンツへのニーズの高まりもあり、現在会員数が急増している。会社設立のきっかけや、事業が軌道に乗るまでの苦労、今後の展望などを、広報の佐伯さんに聞いた。

プロフィール 佐伯帆乃香(さえき・ほのか) 株式会社オトバンク オーディオブック事業部 広報・コンテンツPR
2015年、上智大学を卒業し、オトバンクに入社。コンテンツPRや版権営業などに従事した後、専任広報として勤務。

“ながら読書”で人気上昇の「オーディオブック」

 皆さんは「オーディオブック」というものをご存じだろうか。

 オーディオブックとは、ナレーターや声優が本を朗読した音声コンテンツ、いわば “聴く本”のことだ。一般的な文字で書かれた本と違い、耳だけでコンテンツを楽しめるとあって、目の不自由な人はもちろん、仕事や家事が忙しくて本を読む時間が持てない人が、通勤中などの“耳のスキマ時間”を利用して、“ながら読書”ができると人気が高まっている。また、出版社や著者などのコンテンツホルダーからも、読者に新しい体験を提供できる新しいコンテンツ形式として注目を集めている。

 このオーディオブックの制作・配信に、「オーディオブック」という言葉が国内で認知される以前から携わり、“聴く本”という新しいコンテンツを生み出してきたのがオトバンクだ。

 同社では、「聞き入る文化の創造」「目が不自由な人へのバリアフリー」「出版文化の振興」を企業理念に掲げ、公共図書館におけるオーディオブック配信サービスの提供や、東京ガスと提携した絵本読み聞かせアプリの開発など、音にまつわるさまざまな事業を展開している。

 現在、オトバンクの事業の主軸となっているのが、音声コンテンツの制作と、音声配信サービスaudiobook.jpの運営だ。audiobook.jpでは、ビジネス書や自己啓発書、小説などの書籍を音声化したオーディオブックのほか、新聞や雑誌、ラジオのアーカイブ、講演音声など幅広いジャンルの音声コンテンツが提供されている。

 audiobook.jpでは18年から、月額750円で対象のオーディオブックが聴き放題となるサブスクリプションプランを導入。これを機に会員数が急増し、21年6月には会員数が200万人を突破した。

「audiobook.jp」のウェブ版画面(左)とスマホ版画面(右)
オーディオブックの利用シーン

起業のきっかけは祖父が苦しんだ目の病

 現在、急成長を遂げているオトバンクだが、どういった経緯で設立されたのだろう。佐伯さんは、そのきっかけは創業者である上田渉氏の脳裏に焼きついていた祖父の記憶にあるという。

 もともとのきっかけは、創業者である上田の祖父が、緑内障で失明してしまい、好きだった本を読むことができなくなったことにあります。

 上田の祖父は、書斎を持つほど本が好きな人だったようです。ところが緑内障でどんどん視力が低下していき、それでも本を読もうと、大きな虫眼鏡が書斎に残されているなど、最後まで格闘したようです。

 しかし最終的には目が見えなくなってしまい、その後はずっと横たわりテレビの音を流しっぱなしで聞いていた。その様子が上田の脳裏に焼きついていたらしいのです。

 その後、上田は大学生になり、将来何をしようかと考えたときに、祖父の姿が頭に浮かび、祖父のように目が見えない人でも本を楽しめる世の中にしていきたいと考えた。それが起業のきっかけだったそうです。

 最初は、目の不自由な人に代わって本を読む「対面朗読」を提供するNPO法人を立ち上げようかと考えました。でも、それだとどうしても提供できる機会が限られてしまいます。

 そこで、ほかに何かないかと模索するうちに、海外に「オーディオブック」というものがあることを知りました。でも日本ではオーディオブックという言葉すら知られていない。じゃあ、そのオーディオブックの会社を作ろうと、2004年に立ち上げたのがオトバンクです。

 その後、音声コンテンツの制作を進め、07年に、今のaudiobook.jpの前身である「FeBe」(フィービー)という音声コンテンツ配信サービスを開始しました。

オトバンク設立の経緯を話す佐伯さん

国内に存在しないオーディオブックを生み出す

 上田氏がオトバンクを設立したのは04年。当時は「オーディオブック」というものが、日本国内でほとんど知られていなかった。そんな中で、出版社と交渉し、オーディオブック制作の許諾を得るのは大変な苦労があったという。

 そもそも「オーディオブック」というものが国内にはまだないわけですから、出版社側はオーディオブックがどういうものかほとんど知りません。さらに当時は、電子書籍が伸びてきた時代でもあり、とても忙しい時期でもありました。

 そんな中で、オーディオブックとして出す許諾をいただくのは大変だったようです。

 しかし何度か出版社に通っているうちに、ある編集者が「じゃあ一緒に作ってみよう」と言ってくださった。そして実際に作り、そのオーディオブックを配信してみたら、その「紙の書籍」の売り上げが大きく動いたのです。

 それを機に出版社さんに興味を持っていただけるようになり、少しずつ協力してくださる出版社が増え、現在では500社以上と提携するまでになりました。

 出版社から許諾を得ることに加え、オーディオブック自体をどのように制作していくかという課題もあった。

 オーディオブックが存在しなかったということは、制作の方法も分からなかったということです。

 当社では社内にスタジオを設け、制作スタッフを社員としてそろえ、オーディオブックの制作方法を研究していきました。

 現在社長である久保田なども、テスト的に作ったオーディオブックを持って街中に出かけ、道行く会社員などに聞いてもらい、感想を聞くといったことを続けていたそうです。

 最近は、音声コンテンツをスマホなどで手軽に聴くメリットを感じていただいています。そのこと自体は喜ばしいことですが、実はここに至るまでいろいろあったということを、少しでも知ってもらえるとうれしいですね。

国内に存在しなかったオーディオブックを生み出すために、「さまざまな苦労があった」と佐伯さん

制作には常に緊張感が漂う

 現在オーディオブックはどのように作られているのだろうか。

 当社では社内のオーディオブック制作担当者が、ディレクターのような立場で音声コンテンツ作りに携わります。具体的には、本を読み込み、その作品をどう音声化すればいいのかを考えていきます。

 例えば小説であれば、たくさん登場人物が出てくる場合もあるので、キャスティングをどうするのかを考える必要があります。

 あるいは児童書であれば、一人の朗読者がやさしく読み聞かせる形にした方がいいかもしれません。

 エンタメ小説であれば、効果音を入れたり、オリジナルのBGMを作ったりする場合もあります。

 どんな作品も、作品をきちんと理解しないと原作とズレた演出になってしまうため、制作陣は常に緊張感を持っています。

 また、多くの人にとってオーディオブックを聞くことは未知の体験ですので、最初に聞いた作品が心に響かないと「オーディオブックはもういいかな」と離れてしまいます。

 だからこそ、常に最高の体験ができるよう、一つ一つのコンテンツを大事に作っています。

音声コンテンツは“絵”にしづらい

 ここで少し佐伯さん自身のことも聞いた。

 私が新卒で入社したのは15年のこと。入社してすぐ広報の仕事を中心に受け持つようになりました。

 設立当初と比べるとオーディオブックというものが世に知られるようになっていましたが、まだまだ一般の人に知られたコンテンツではありませんでした。

 そこで、これをどう皆さんに知ってもらうかが、私に課せられたミッションでした。

 しかし音声は目に見えるものではないので、写真や映像にしづらく、広報的にはなかなか難しいジャンルでもあります。

 そこで、ある作家さんの作品をオーディオブック化したと記者発表するときに、「オーディオブック化」と書かれたTシャツを着ていただくなど、メディアの方々が“絵”にしやすくなるよういろいろ工夫をしています。

 このように苦労は多いのですが、オトバンクは社員が広報活動に協力的なので、助かっています。

 オトバンクはベンチャー企業ではありますが、社員は、いわゆるベンチャー的な「俺が俺が」といった前のめりな感じではありません。

 会社が提唱する「耳で聴き入る文化」を信じ、その創造のためにひたすら前を向き、自分のやるべきことを淡々とこなす。でも、周りで必要なことがあれば協力を惜しまない人が多い。

 例えばインタビューをお願いすればすぐに出てくれますし、情報を発信したいときにも力を貸してくれるメンバーが多い。広報としてはとてもありがたい環境だと感じています。

広報としての活動について話す佐伯さん

「耳で聴く」を当たり前に

 オトバンクでは今後どういった展望を抱いているのか。佐伯さんは、「耳で聴くことを選ぶのが当たり前な世界にしていきたい」と話す。

 国内で流通する通信系コンテンツの中でも、「読む」「見る」ものはたくさんあると思いますが、音で聴くものの割合は、音楽を除くと1%にも満たないといわれています。私たちはこの状況を変えていこうとしています。

 現時点でも、「何か聴きたい」と思ったら、audiobook.jpである程度探せます。しかし、今後は、この「聴きたいものを聴ける」状態をさらに進化させていきたいと考えています。

 そのために先日開始したのが、AI音声合成サービスの「カタリテ」です。

 私たちが普段制作している音声コンテンツは、ナレーターや声優に読んでもらう形を取っていますが、「カタリテ」はテキストデータなどを用いて音声化することができます。制作時間を短縮することができるため、例えばニュースなど即時性の高いコンテンツも適時提供できるようになります。

 こうした新サービスなどにより、コンテンツの数だけでなく、幅も広げ、「聴く」ことを当たり前に選べる世界にしていければと考えています。

 例えば「暇だな」と感じたときに、YouTubeやTwitterを開く前にaudiobook.jpを選んでもらえる。そんな身近なサービスにしていきたいですね。

“コンテンツ愛”がある人を求めています

 最後にオトバンクが求めているものを聞いた。

 私たちが求めているのは、「『聴く文化』の可能性を信じている人」です。

 オーディオブックは普及してきたものの、まだまだ全然100%ではないので、これからいよいよ「聴く体験」を日常的なものにする取り組みが重要になってきます。

 そうした中で私たちとしては、聴く文化の可能性を信じ、聴く体験を日常的なものにするためのさまざまな挑戦を一緒にしてくれる人を求めています。

 もう少し具体的にいうと、映画や本、旅行などジャンルは問わず、 “コンテンツへの愛がある人”ということになります。

 作品やコンテンツへの愛(リスペクト)がある人であれば、オーディオブックの施策や制作について話すときに、「この作品のここが面白いから、こういうふうに届けたいよね」と、お互いの尺度での会話ができると思います。そうすると仕事自体もきっと楽しめると思います。コンテンツ愛がある人を、ぜひお待ちしています。

(取材・写真:庄司健一)
社名
株式会社オトバンク
URL
https://www.otobank.co.jp
代表者
久保田裕也/上田 渉
本社所在地
東京都文京区本郷3-4-6 御茶ノ水エビヌマビル8階(受付)
設立
2004年12月28日
資本金
3億5050万円
従業員数
61人
事業内容
音声コンテンツの制作・配信