2021.10.11 【この一冊】 「新版 匠の時代1」内橋克人 著(岩波書店)

 メディアの書評コーナーは、新刊紹介が一般的ではあるものの、ものづくりに関わる新聞社として、先日亡くなった内橋克人さんについて振り返らせていただきたい。

 「匠の時代」のシリーズは、30年以上前にスタート。その後、版を改めるなどして刊行が続き、講談社文庫版を底本として、岩波現代文庫に収められている(全6巻)。

 ジャーナリスティックなものは、時代とともに古びてしまう面はある。だが、改めて書棚から取り出して読み返してみると、時代に切り込んだルポ、群像劇は、決して古びないことがわかる。AIの進化など人の働く意味が改めて問われる今、日本再生に必要なことを匠たちの苦闘から読み取る上でも、今こそ読まれるべきシリーズとも思える。

 第1巻では、「東洋のスイス」をめざして上諏訪工場から始まった、セイコーの世界初のクオーツ(水晶)腕時計への挑戦や、電卓をめぐり、25キロにもなる第1号機を皮切りに、超薄型への道を競い合うカシオやシャープの「匠たち」が描かれる。こうした先人たちの苦闘が、いまの日本のIT技術などの源流となっていることがよく分かる。

 第2巻では、「自動焦点カメラ」を世界で初めて商品化した小西六(現・コニカミノルタ)や、三菱電機の開発、第3巻はPCの先祖でもあるワープロ開発、第4巻は新幹線、第5巻は松下電器(現・パナソニック)の技術の水脈、第6巻は三洋電機などが描かれている。

 内橋さんは、「共生」の経済など時代を先取りする提言も、メディアや著作を通じて発信し続けた。技術の継承の問題、空洞化への懸念などいち早く提起していた。

 以前、取材でお世話になった際、電話口でも質問に懇切に答え、達筆な直筆原稿を送ってくださったことが思い出される。穏やかな口調で、しかし、情熱的に話しておられた。それは、このシリーズの筆致とも重なる。こうした作品群は今後も時代をこえて読み継がれるだろう。

 第1巻は292ページ、1144円(税込み)。版元品切れで、購入はネット書店などで。