2023.08.31 【ソリューションプロバイダー特集】 市場動向 DX

市役所でマイナ保険証の利用を体験した河野デジタル相=神奈川県茅ケ崎市(提供=デジタル庁)

デジタルで社会課題解決

カーボンニュートラル実現へ業種横断で連携

 多彩なデータやデジタル技術を既存業務の変革や新ビジネスの創出のみならず、少子高齢化や医療サービスの高度化、災害対応などの社会課題の解決にも結び付ける-。そんな攻めのデジタルトランスフォーメーション(DX)事例を積み上げるソリューションプロバイダー各社の挑戦が活発化。温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向けて業種横断で連携する動きも熱を帯びている。課題先進国の日本で蓄積したDXのノウハウを世界共通の課題解決につなげる期待感も高まっており、デジタル技術の社会実装力を磨く各社の役割が一段と増しそうだ。

 ■「地域に広がる事例」

 「医療界や産業界と一丸となって、医療DXの実現に向けて、引き続きしっかりと取り組むよう願いたい」。岸田文雄首相は6月に官邸で開かれた「医療DX推進本部」の第2回会合で、デジタル技術を医療サービスの効率化や質の向上につなげる決意を表明した。

 同会合では、医療DXの推進に向けた工程表を公表した。電子カルテ情報を医療機関や薬局の間で共有するサービスの運用を目指すとともに、2024年秋に現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に切り替える方針などを示した。

 マイナ保険証の普及に向けてデジタル庁は8月上旬、神奈川県茅ケ崎市役所で市民向け体験会を初めて開催。利用をサポートするデジタル推進委員も寄り添った。視察した河野太郎デジタル相は、自身のマイナ保険証をカードリーダーに置いて顔認証した後、過去の診療情報の提供に同意するといった作業を体験した。同庁はこうした場を、全国の約1700自治体に広げたい考えだ。

 政府の動きに呼応するかのように、DXを支援するサービスの選択肢も広がっている。自治体の補助金や助成金の申請に関わる業務のデジタル化など、「自治体DX」を後押しする取り組みを8月下旬に矢継ぎ早に打ち出したのが、NECネッツエスアイだ。

 一つが、クラウドツールを活用して地方議会に関わる業務やコミュニケーションの基盤をデジタル化する「議会DXサービス」で、年明けからの本格展開を狙う。

 さらに、自治体の働き方改革などを後押ししようと拡充してきた「LGWAN-ASP」サービス群のラインアップを強化し、広域で共同利用できるサービスとして本格展開すると発表した。

 LGWAN-ASPは、自治体を相互接続するLGWAN(総合行政ネットワーク)を介して提供する。今回、書類を電子化して紙を削減するペーパーレス化につながる文書管理サービスを加えて、12月から顧客に提供する。今後も品ぞろえを強化し、23年度を目標に自治体DX関連事業で100億円規模の受注を目指す。

 NECソリューションイノベータ子会社でヘルスケア事業を手掛けるフォーネスライフ(東京都中央区)も存在感を放つ。同社は熊本県荒尾市の市民を対象に3月、少量の血液で将来の疾病の発症確率を予測するサービス「フォーネスビジュアス検査」を実施。6月上旬には荒尾市民病院で、同検査を受診した40~70歳代を中心とする約60人を対象に、検査結果を踏まえた生活習慣改善プログラムを提供した。両社は健康で長生きできる社会の実現に向けてICTや人工知能(AI)、バイオ技術を生かした「スマートシティプロジェクト」を官民連携で進めており、そうした取り組みの一環だ。

 一方、カーボンニュートラルの達成という課題に挑んでいるのは、電子情報技術産業協会(JEITA)が事務局を務める企業共同体「Green×Digitalコンソーシアム」。

 サプライチェーン(供給網)の脱炭素化を実現するためには、デジタル技術を活用して供給網を支える企業間において、共通の方法で二酸化炭素(CO₂)排出量のデータを交換することが必要だ。コンソーシアムは8月上旬、CO₂データを連携させる実証実験に成功したと発表し、先駆的な取り組みとして注目を集めた。

 CO₂データの連携を異なるソリューション間で実証した実験に続く「フェーズ2」で、2~6月に実施。富士通やNEC、日立製作所など30社超が参加した。パソコンを題材に素材・加工材・製品からなる3層の「仮想サプライチェーン」を構築して参加企業を各層に配置し、CO₂データを可視化した。

 また、デジタルの力を駆使して安全で安心なまちづくりを進める機運も高まっている。こうした中でNECは、災害時に自ら避難することが難しい高齢者らの個別避難計画をデジタルで作成し地域支援者と共有できるようにする「避難行動支援サービス」を投入。24年2月から順次提供を始める方針だ。

 消防や救急の現場活動を支援するスマートフォンを活用した情報統合共有システムの提供に乗り出したのが、富士通子会社の富士通Japan。全国の消防本部向けに開発したシステムで、消防士や救急救命士の初動対応から報告までをサポートする。同システムは「119番」通報に基づいて、通報内容や災害情報を管理する消防指令システムと連携。消防士らが専用スマホで、指令内容や搬送先の医療機関への経路情報などを車両内や災害現場で閲覧できるようにする。

攻めのDX関連市場が着実に拡大

 ■「経済成長の原動力に」

 DXの関連市場も拡大している。JEITAがまとめた「利活用分野別ソリューションサービス市場(21~22年度)」の調査結果によると、22年度のソリューションサービス市場は8兆811億円で、前年度比6.8%増。このうち日本向け売上高は、同2.4%増の6兆900億円だった。

 日本向け売上高に占めるDX関連の割合は21年度から3.6ポイント上昇し32.2%。DX関連の中では「民需」の伸長が目立ち、前年度比19.9%増の1兆2433億円に達した。

 DX関連で対象としたのは、クラウドを生かす新規システムやAIなどを駆使するデータ活用システム。競争力強化や収益拡大につながるデジタルビジネスなども含まれており、攻めのDXに関する市場が着実に広がっている状況だ。

 DXが経済に与えるインパクトは、デジタル庁がまとめた「アナログ規制の見直しによる経済効果」の中間報告からも読み取れる。

 政府は22年12月のデジタル臨時行政調査会で、目視や実地監視などデジタル技術の活用を阻む約1万条項のアナログ規制を見直す工程表をまとめた。委託先の三菱総合研究所が必要な見直しを対象に経済効果を推計したところ、約2.9兆円に上るコスト削減効果を生み出せることが分かった。見直しに伴う市場拡大効果は約0.9兆円。国内総生産(GDP)の押し上げ効果は約3.6兆円に達するという。

 河川や河川管理施設の巡視業務を目視からドローンなどの技術へ代替した場合、年間の巡視コストは見直し前の約30.7億円から約19.0億円まで圧縮。全ての火薬庫の見張り業務を「常時人の見張り」から24時間365日の「遠隔監視システム」へ置き換えると、年間で約6.9億円のコスト削減効果を引き出せるという。

 ■「人材確保とコンサル力が鍵」

 ただ、DXの進展に伴う人材需要の高まりには追い付いていない。総務省が公表した22年の情報通信白書によると、DXを進める際の課題として日本企業の約7割が「人材不足」を挙げ、3~6割だった米国やドイツ、中国に比べて高水準だった。

 こうした中で日本政府は、地域でデジタル化の推進役を担う人材を26年度までに230万人確保する方針を表明した。DXを支援する企業も人材戦略を重視し、職務内容を明確にして社内外から最適な人材を起用する「ジョブ型」人事制度への転換を進めるほか、社員のリスキリング(学び直し)にも注力している。

 DXの関連市場を巡っては、上流の戦略立案からシステム開発や運用といった下流まで「一気通貫」で支援する動きも拡大する方向にある。関連市場に参入するプレーヤーも増える中で各社は、コンサルティング能力を高めるなど、競争優位に立つための布石を打ち始めている。

 伊藤忠商事は8月上旬、ITシステムの開発や販売を主力とする連結子会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)に対してTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。伊藤忠グループの経営資源を最大限に生かして機動的に施策を実行し、関連市場での競争力を高めたい考えだ。

 DXの波に乗り遅れ、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が公表した22年の「デジタル競争力ランキング」で29位に甘んじた日本。日本勢は「デジタル敗戦」からの巻き返しを図ることができるのか。

 国内の官民で社会課題解決型のDXを促し、津々浦々の国民に恩恵を実感させる力量も問われている。