2020.11.02 【NHK技研90周年特集】NHK技研の次世代技術 フレキシブル有機ELディスプレイ〈新機能デバイス研究部 中嶋宜樹上級研究員〉

フレキシブル有機ELディスプレイ

有機EL素子の構造有機EL素子の構造

 NHK技研では、圧倒的な臨場感を体感できる8Kスーパーハイビジョン(SHV)放送を、ご家庭でも手軽に大画面でお楽しみいただくために、薄くて軽く丸められるフィルム状のフレキシブルディスプレイの開発を進めている。容易に持ち運べて、さまざまな場所に設置できる大画面ディスプレイが実現できれば、SHV放送をより多様な視聴スタイルで楽しむことができ、一層の普及が期待できる。

 有機ELは、高画質なフレキシブルディスプレイの表示素子として有望。自発光のため液晶のようなバックライトが不要で、コントラストの高い映像が表示できる。

 フレキシブル有機ELディスプレイの実現を目指したプロトタイプの開発や、大気中でも安定な有機EL素子の研究、さらにディスプレイ作製時の環境負荷の低減が期待できる塗布型素子などの研究を進めている。

 4Kフレキシブル有機ELディスプレイの開発

 フレキシブル有機ELディスプレイは、プラスチックフィルムの基板上に駆動素子である薄膜トランジスタ(TFT)をマトリクス状に配置したTFTアレーと、発光素子となる有機EL素子が形成され、封止された構造となっている。このディスプレイの実現には、TFTや有機ELの材料、素子作製の技術、高画質表示を担う信号処理・駆動技術など、様々な技術開発が求められ、NHK技研では段階的にプロトタイプを試作しながら開発を進めている。

 19年11月に、シャープと共同で、プラスチックフィルムを基板に用いた4Kフレキシブル有機ELディスプレイを開発した。画面サイズは30インチ、画素数は3840×2160画素(4K)で、解像度は147ppi。パネル部の厚みは約0.5ミリメートル、重さは約100グラムと非常に薄くて軽い。そのため、直径4センチメートル程度まで丸めることもできる。

 このディスプレイは、形状が変化しやすいフィルム上でも3色(赤・緑・青)の各画素の有機EL素子を高精度につくり分ける技術を用いて作製した。これは、白色有機EL素子とカラーフィルタを組み合わせた方式に比べて、原理的に低消費電力化が期待できる。

 さらに、高画質なディスプレイを目指して、画面内の明るさを均一化する補償技術を開発した。作製工程でのTFTや有機ELの特性のばらつきは、画面内の明るさの不均一化を招く。そこで、画面内の明るさのばらつきをあらかじめカメラで取得し、ばらつき特性を考慮した補償量を求めて、TFT電流を制御して明るさを補正する技術を開発した。これにより、画面内で均一な明るさで表示が可能になった。このほか、動画を表示した際の動きぼやけを改善する駆動技術も開発。

 このディスプレイを昨年Inter BEEなどで展示し、多くの方々から高い評価を頂いた。今後も壁紙のように薄いテレビや、小さく収納できるテレビなど、新たな視聴スタイルを実現するディスプレイの研究に取り組んでいく。

 大気安定な有機EL素子の研究

 有機EL素子は、複数の有機材料を積層した薄膜(有機薄膜)を二つの電極で挟んだ構造をしており、それぞれの電極から電子や正孔を注入する(電流を流す)ことにより発光する。特に電極から有機薄膜に電子を注入するための材料には、これまでリチウムやセシウムなどの水分や酸素に弱いアルカリ金属が用いられてきた。

 しかしフレキシブル有機ELディスプレイの基板に用いるプラスチックフィルムは水分や酸素を透過しやすいため、従来の有機EL素子をそのまま用いると劣化しやすい。それを防ぐには、外から侵入する水分や酸素を遮断するため強固な多層膜(バリア膜)を形成する必要があるが、柔軟性の低下やコスト上昇などの課題が生じる。

 一方、大気中で安定な有機EL素子が実現できれば、強固なバリア膜を形成する必要がなく、より柔軟で低コストのフレキシブル有機ELディスプレイを実現できる可能性がある。

 NHK技研では、電子注入材料として、水分や酸素に対して安定な材料を適用するため、積層順を反転した逆構造有機EL素子を開発している。大気中での連続駆動試験の結果、従来の有機EL素子よりも大幅に劣化が少ない素子を実現した。

 また、電極からの電子注入のメカニズムとして、電極と電子注入材料との化学的な結合状態が、 電子の注入性に関係していることを明らかにし、 長寿命化だけではなく省電力化も実現できる、あらたな材料を開発した。

 今後も、フレキシブルディスプレイに適した長寿命、省電力な有機EL素子の実現を目指して研究を進めていく。

 塗布型素子の研究

 従来のディスプレイは、配線やTFT、有機EL素子などの薄膜形成に真空成膜法を用いている。

 そのため、大画面ディスプレイの作製には、巨大な真空装置が必要となる。多大な電力を必要とする真空成膜技術を用いずにディスプレイの素子を作製できれば、大きな環境負荷低減につながるとともに、超大画面のフレキシブルディスプレイを作製できる可能性がある。

 NHK技研では、真空成膜技術に依存しない作製技術として、塗布・印刷技術を活用して作製できるTFT(塗布型TFT)の研究に取り組み、水を溶媒に用いた塗布型酸化物半導体の形成技術と、大画面化に適したプロセス技術の開発を進めている。水溶媒は有機溶媒に比べて炭素を含まないことから、形成する半導体膜に混入する不純物を低減できる。これまでに水溶媒を用いて不純物を低減した半導体膜により、真空成膜した素子と同等の移動度(電子の動きやすさ)が達成できることを確認した。

 また、大画面化に向けて、光照射で簡便にパターンを形成する技術も併せて開発してきた。今後は、TFTの構成要素である絶縁膜や電極の塗布・印刷形成を目指していく。

 発光層を塗布形成できる表示素子として、量子ドットEL素子の研究を進めている。量子ドットは直径数ナノメートルの半導体微粒子で、粒子サイズを変化させることにより発光波長を制御でき、粒径ばらつきを小さくすることで高色純度発光が得られる。

 従来、毒性のあるカドミウムを用いた量子ドットで高効率・高色純度発光が報告されているが、当所ではカドミウムを用いない低毒性の量子ドットの研究を進めている。

 これまでに、リン化インジウムなどを用いた素子を試作しており、緑色で10%程度の発光効率が得られている。

 今後も発光効率と色純度の向上を目指していく。