2021.06.21 【備えるー水害からの教訓】〈1〉7月4日清流が荒れ狂う濁流に 水没…そして一面泥の海

被災直後のパナランド五島の店先(写真提供=熊本県電機商工組合)

被災当日には被害状況の確認ができなかったパナランド犬童(写真提供=同店)被災当日には被害状況の確認ができなかったパナランド犬童(写真提供=同店)

 「みんな待っとったよ!」。年の瀬が迫る2020年12月4日、のどかな盆地にある電器店は久しぶりに顔を合わせた来店客らでにぎわいを見せていた。

 熊本県南部を流れる球磨川流域に位置する人吉市。急峻(きゅうしゅん)な山地を控え、温泉と球磨焼酎の産地で知られる。その中心部にあるパナランド五島(同市上青井町)で、5カ月前の水害からの復旧を記念したイベントを開催していた。集まった約90人の顧客や近所の人々は口々に「再出発」を祝ってくれた。

 「やっぱり、やめられないんだ」。店のにぎわいを見ていた五島敬士社長の妻、尚美さんは確信した。

 一度はあきらめかけた店の再建。水に漬かった壁を張り替えたり什器(じゅうき)や商品を入れ替えたり、全てをリセットしてスタートラインに立つまでの道のりは平坦ではなかった。

みるみる増す水かさ

 同年7月4日。前日から降り始めた雨は未明から急激に量を増していた。同市の3日からの24時間降水量は410.5ミリメートルを記録し、午前5時過ぎに球磨川が氾濫。水位はみるみるうちに上昇し、市街地全域が水に漬かった。

 山々の緑を映し、川魚が泳ぐ清流は荒れる濁流と化していた。「これが自然の怖さなのか」。尚美さんは増していく水かさをただ眺めていることしかできなかった。

 店の裏から約80メートルの所を球磨川が流れていた。3階建ての店舗兼住宅は2階まで水位が上昇。過去にも豪雨で浸水を経験したことはあったが、今回は想定外の高さだった。目の前では、近くのホテルの送迎バスが茶色い水にのまれ流されていく。「普段は静かな球磨川。まさかこんなことになるなんて」(尚美さん)。

 建物全体が大きな被害を受け、20台以上のエアコンのほか、冷蔵庫やテレビなども被害に遭った。2台ある社用車はどちらも使えなくなった。

状況をのみ込めずに

 同日午前6時、パナランドがんばる(人吉市駒井田町)の辻敬八郎社長は自宅を飛び出し、店の様子を見に来ていた。店内は浸水から30分もしないうちに1階が完全に水没。本格的な夏商戦を迎え、在庫をいつもより多めにそろえていた。冷蔵庫やテレビは水しぶきを上げながら次々と倒れ、洗濯機が水に浮かんだ。これでは倉庫の商品も無事ではないだろう。

 「こんなにひどいとは」。辻社長は、これまで経験したことのない状況をのみ込めずにいた。

 水が引いたのは約3時間後の午前9時半ごろ。店舗は床上約2メートル50センチ、倉庫は約3メートル浸水した。店や倉庫の商品のほか什器やパソコン、社用車11台が水に漬かり、被害総額は約7000万円に上った。

半日後ヘリに救助され

 人吉市から球磨川の下流約40キロメートルに位置する八代市でも氾濫が起きていた。パナランド犬童坂本店(八代市坂本)の2階居室で目を覚ました犬童俊二社長が外を見ると、既に店舗前まで水が迫っていた。

 急いで社用車を避難させた犬童社長が店に戻ると、腰の高さまで水が上がってきた。2階へ駆け上ると、すぐに膝上まで水が来た。建物がきしむ音が絶えることはなく、階下から時折、大型の商品が倒れて物に当たる音が聞こえた。

 ベランダから見た光景は泥の海のようだった。午後4時を過ぎたころ、犬童社長はヘリコプターで救助された。店の状況を確認する余裕はなかった。

 被災した地域店を待っていたのは、いつ終わるとも知れない片付けの日々だった。氾濫は増水した川の水だけでなく、大量の泥や下水も一緒に連れてくる。悪臭やカビの中、家屋や店内の床上・床下にたまった泥をかき出すことから始まった。復旧への道のりは長く険しいものになった。

 熊本、福岡などに広範かつ甚大な被害をもたらした「令和2年7月豪雨」から間もなく1年。熊本県内では死者65人、家屋の全壊は1500棟近くに達した。気候変動などを要因として各地で常態化、ゲリラ化する水害(災害)に私たちはどう備えるべきか。電機業界や関連企業などの防災・減災の取り組みを5回にわたって報告する。(つづく)