2022.09.28 【関西エレクトロニクス産業特集】「こーばへ行こう!」にかける想い 地域との心の壁取り除く 製造業の現場を開放、若者に魅力伝える

草場委員長(右)、津田統括係長(中央右)、辻尾室長(左)

草場 委員長草場 委員長

津田 統括係長津田 統括係長

辻尾 室長辻尾 室長

草場社長(中央)、津田統括係長(右)、辻尾局長(左)草場社長(中央)、津田統括係長(右)、辻尾局長(左)

鼎談 草場寛子委員長 こーばへ行こう!実行委員会(盛光SCM社長)

津田哲史統括係長 近畿経済産業局地域経済部イノベーション推進室

辻尾博史室長 東大阪市都市魅力産業スポーツ部モノづくり支援室

 モノづくりのまち、大阪府東大阪市で2018年に始まったオープンファクトリー「こーばへ行こう!」。5年目を迎える今年は過去最多の24社が参加する。11月18、19日の開催に向け、現在も準備が進められている。初回からイベントを率いてきた実行委員会の草場寛子委員長(盛光SCM社長)、近畿経済産業局地域経済部イノベーション推進室の津田哲史統括係長、東大阪市都市魅力産業スポーツ部モノづくり支援室の辻尾博史室長の3人に、「こーばへ~」にかける想いを聞いた。

 -「こーばへ~」が始まった経緯は?

 辻尾室長 東大阪は、住工混在のまち。町工場と地域住民との間で騒音などのトラブルがありました。当市が近畿大学に都市ブランド形成推進事業を委託し、その一環として18年「こーばへ~」がスタートしました。

 草場委員長 地域とのトラブル解消に必要なのは、工場と住宅の間に壁を立てるといったハード面の整備ではなく、人と人との間にある心の壁を取り除き、工場と地域住民とのつながりを深めることです。

 当初に近大から工場を貸してほしいと声をかけられた際には、「工場でアートをして人を呼び込みたい」という話でした。でも「東大阪の人はアートに興味ないで」と(笑)

 同事業の目的の一つが(19年に同市で開催された)ラグビーワールドカップだったので、それならスポーツにちなんだコンテンツを盛り込んではどうか、と提案しました。

 当社の駐車場に芝生を敷き、そこで子どものラグビーの試合をしたり、そばにマルシェを出して観戦できるようにしたりして。

 準備中に近大の先生から「保険は何人分入る?」と聞かれ、どれくらい来場があるか分からないけれど「300人は来るんじゃないの?」と答えたら、市から「いや、それはしんどいでしょ」と。でも、先生から「1000人で入ったよ」と言われて(笑)

 そこからは意地でも集客しなければと、有志の社員と広報活動に励みました。地元の商店の方たちにも多くの協力をいただき、パン屋さんが袋にチラシを入れてくれたり、飲食店でポスターを貼ってくれたりして、結果的には700人以上が来てくれました。

 -実行委員として「こーばへ~」を率いてきて、いかがですか?

 草場委員長 正直なところ、最初の1、2年目は「(私が)やりたい」というより「誰かほかの人がやってくれれば」という気持ちもありましたね。大規模なCSRは大手企業がやることで、中小企業にとっては直接の収益が得られないのに、時間や人手を割くのは厳しいですから。

 でも、本格的に取り組み始めて3、4年とたち、私たちが取り組んでこそだと強く感じています。

 -「こーばへ~」にはどのような効果がありますか?

 草場委員長 初回から3年たち、地域住民との関係性だけでなくさまざまな効果を実感し始めました。例えば、職人が生き生きと、能動的に働けるようになりました。「こーばへ~」に参画していた学生が製造業に入社した事例もあります。だからこそ、今後も継続していきたいと考えています。

 津田統括係長 工場見学とオープンファクトリーの違いは、それぞれの主語が“見に行く人"か、“工場を見せる側"であるかだと定義しています。
 関西では年間16件(22年時点)のオープンファクトリーが開催され、18年に参加企業へアンケートを行ったところ、参加前の目的は知名度や売り上げを意識した「アウターブランディング」が8割超でした。しかし、結果を聞くと、能動的な社員が増え、生産性向上につながったという「インナーブランディング」が半数近くを占めたのです。

 つまり、オープンファクトリーは産業人材育成効果があり、ひいては日本全体の産業競争力を強化する手法になり得るのです。

 -各地の取り組みと比べて「こーばへ~」の強みは何ですか?

 津田統括係長 東大阪の町工場はいずれも小規模です。翻すと、大手メーカー一社に依存せず、へら絞りや切削、プレスなど特有の技術を強みとし、小ロットから臨機応変に対応できるということ。

 「こーばへ~」も、単なる工場見学ではなく、細やかに対応できるワークショップ型が武器になっています。本当のモノづくりの現場を体験してもらえるのは大きな強みでしょう。

 -「こーばへ~」の課題は?

 草場委員長 私たちがアピールしなければならない対象は、工場を全く知らない人、普段、工場の前を素通りしている市民や子どもたちです。

 私は町工場の娘として生まれ、モノづくりが身近にある環境で育ちました。子どもたちには、スポーツ、音楽、そしてモノづくりと、それぞれ好みの方向性があります。その後の方向性の分岐点となるのは、幼いころの感動のひとかけ、一瞬の出来事なのです。

 子どもたちにモノづくりの現場を見てもらうことで、製造業を将来の選択肢とする分母を増やすきっかけになるのではないでしょうか。

 工場になじみがない人に、職人の技術の極め方、縁の下の力持ちとしての生きざまを知ってもらおうと、今、曲を作っているんです。

 音楽は言葉を超え、エンターテインメント性を取り入れることで、伝わるハードルが下がるでしょう。

 津田統括係長 いいですね。仕事と考えると利益を出さないと、と身構えますからね。結果的にビジネスとなっても、目的としないことで「面白いからおいでよ」ではなく「楽しそうだから行こう」となりますよね。

 施策自体が昔のプロダクトアウト型から、いつの間にかマーケットイン型に変化し、今ではそれさえ超越している気がします。施策がこうあるべきだと企業がつくっていく時代なんです。発信自体も広告会社に任せるのではなく、SNSを通じて自らが発信できます。

 純粋な仕事じゃないからこそ、面白いことが出来上がれば、社員が積極的にSNSでアピールしたくなる。良い意味ではしゃぐことができる、サードフェーズを「こーばへ~」がつくってくれていると思います。

 そして、関西各地のオープンファクトリーに、草場社長のようなキーパーソンがいます。皆、行政とのあつれき、既存団体との関係性、内部のハレーションなど、突き当たる壁は同じです。

 インターネットを通じて簡単につながりを得られる時代ですが、意外と交流の場がないこともあります。そこで当局では、彼らをつなぐ「オープンファクトリーフォーラム」を企画しました。

 参加者からは、「ほかの地域の活動内容を知ることができてよかった」「ほかに情報を得る手段がなかった」と予想を超える喜びの声をいただきました。

 キーパーソンらが交流できる場があれば、お互いに刺激し合い、いっそう成長できるのではないかと思います。今後はオンラインで全国のキーパーソンをつなげられないかとも考えています。

 草場委員長 いまだに耳にするのが、市からの情報をファクスで受け取る町工場が一番多いということ。アナログ的な企業が多い中での情報発信も課題です。

 辻尾室長 市の立場からは、企業にとって「こーばへ~」に参加するメリットをなかなか感じにくいというところに課題があるのではないかと思います。企業側には事前準備や当日の社員の手当などの負担がかかり、つい費用対効果を求めてしまうのではないでしょうか。

 草場委員長 参加企業の目的はそれぞれ異なります。おおむね8割はインナーブランディングに効果があったと答えるけれど、例えば、ある中堅企業は別の効果があったというんです。

 その企業のグループ全体の社内報で、何ページにもわたって「こーばへ~」の取り組みが紹介され、全グループ社員の目に入ることになりました。

 その企業には既に知名度も売り上げもあります。東大阪の企業の9割を占める20人以下の町工場とは、おのずと目的が違ってくるでしょう。抱える課題が「こーばへ~」と一致すれば参加企業は現れます。

 津田統括係長 大事なのは、オープンファクトリーはあくまで手段だということ。目的にすると失敗します。

 関西のオープンファクトリーには壁も多いと思いますが、これは理想的な状況でもあります。課題がなくなるとマンネリ化してきます。

 -東大阪のモノづくり産業の課題とは?

 辻尾室長 製造業を訪れて感じるのは、町工場のおっちゃんたちはとてもなじみやすいが、自分たちの技術をアピールするのはうまくないということ。自分たちのポテンシャルや魅力に気付いていない。

 製造業の魅力が伝われば「めっちゃカッコいい、将来この仕事がしたい」という若者が増えます。私たち行政がPRを手伝えればと考えています。

 草場委員長 事業承継問題の要因の一つは、そもそもモノづくりに触れる機会がほとんどないこと。また、職人から職人への技術承継も容易ではありません。なぜならば、へら絞りは最低10年続けないと技術を極められません。後継ぎ息子でも10年もたないことがあるのです。長年をかけて何度も経験を積み重ねることでしか、伝わらない技術があります。

 そこで、町工場同士の交流に意味が生まれてくるのです。それは社長同士だけでなく、従業員同士の交流も含みます。その点でも「こーばへ~」に大きな役割があると思います。

 -東大阪では企業間の連携ネット―ワークがあると聞きます。

 草場委員長 例えば板金加工にしても、店舗用照明の板金、オフィス用机の板金、小物に強い、大物に強い、はたまたアルミに強い、ステンレスに強いとそれぞれ違った強みがあり、持っている機械の大きさも全く異なるんです。

 だから、「ウチはコレを作っているけど、あそこの工場ではアレを作っている。じゃあ、協力してこういうものができるぞ」と分かったときに実現したのが、近畿大学の「On Demand Salon」です。

 それまで当社は照明関連しか作ったことがなかったのに、今ではインテリア製品も手掛けられているのは、協力してもらえる企業を知ったからです。

 プロダクトアウト的に自社の機械で何が作れるか、という延長的発想しかできなかったのが、「こーばへ~」によって他社とフラットに協力し合えるようになったことで、新たな事業にも挑戦しやすくなっています。

 津田統括係長 要するに「利益が見込めるからアイツと一緒にやろう」ではなく「アイツは面白いから一緒にやろう」という。順番は大事ですね。思いついた方の立場が強くなりますが、交流があれば立場はイーブンになります。

 -町工場の事業承継について。

 草場委員長 今まではモノづくりが好きだから製造業に就く人が多かったけれど、今は企業姿勢や考え方に共感して入社する若者が増えていると思います。

 「こーばへ~」を通じて入社した子も当社の考えに共感して入社したからこそ、最初から「東大阪を盛り上げるぞ!」という志が高く、モノづくりの経験がなくても必死で仕事に食らいついていますよ。

 辻尾室長 いわゆる「Z世代」は、社会貢献がカッコいいという世代なんですよね。社会貢献やサステナビリティーを就職の選択の理由にする若者は多いでしょう。

 津田統括係長 今の若者は生まれたころからインターネットが普及していて、SNSが当たり前。「何者かになりたい」というナラティブを求める気持ちが強いのでしょう。

 草場委員長 何かやりたい、活躍したいと手探りで生き方を探している、ずば抜けて意識が高い一部の若者は情報を求めています。ゆくゆくは、東大阪以外の若者が流通人口という形で町工場と交流し、東大阪で活躍する人材となってくれればと思います。

 -今後の「こーばへ~」の展開は?

 津田統括係長 これからは「こーばへ~」の意義を草場社長のように捉えらえる第二、第三の社長がいかに増えていくかが重要。それによって組織として強くなっていきます。

 辻尾室長 将来的には、地域の祭りのひとつのような、自走したイベントにできればと考えています。

 草場委員長 町工場同士が、お互いの技術を目にする機会はありません。来年以降は、町工場同士の交流の機会をつくり、ほかの地域との連携も視野に入れています。「こーばへ~」には「工場」だけでなく、出会いの場となる「交場」の意味も込めています。活動に共感し、利益以上の想いを持った人が集まるイベントとして盛り上げていきます。