2023.01.18 【情報通信総合特集】市場/技術トレンド Web3.0/メタバース

メタバースを活用したゲームを体験する西村経産相=東京都渋谷区

技術の新潮流を経済の活力に、官民の挑戦が本格化 ブロックチェーン技術やNFTに注目

 社会の構造を揺るがしかねない新しいインターネットの概念「Web3.0(ウェブスリー)」やネット上の仮想空間「メタバース」。日本政府は、そうした技術の新潮流を経済成長に結びつけようと、環境整備の議論を加速し始めた。国の動きに呼応するように、有望な新興技術を業務やビジネスに応用する可能性を探る企業も増えている。両技術の成長を見据えたグローバルな覇権争いが激化する中で2023年は、成長力につなげる官民の本気度が試される年となりそうだ。

 ■政府が可能性を探究

 「日本の企業や経済を引っ張っていく。そんな原動力になってほしい」。西村康稔経済産業相は22年12月、東京都渋谷区にあるWeb3.0などの関連施設を視察後に報道陣の取材に応じ、新興技術への期待感を示した。

 Web3.0の基盤となるのが、取引履歴を1本の鎖のようにつなげて記録するブロックチェーン(分散型台帳)技術。ブロックチェーン上のデジタル資産を「NFT(非代替性トークン)」で唯一無二と証明する展開などに国内外から注目が集まっている。

 経産省は、こうした技術を日本経済の成長力や国内企業の競争力につなげようと、産業構造審議会(経産相の諮問機関)の「経済産業政策新機軸部会」の議論にWeb3.0を追加した。関係省庁と連携しながら、魅力的なWeb3.0事業が生まれやすい環境づくりに向けた施策の推進に弾みをつけたい考えだ。

 西村経産相は視察で、NFTを発行する体験を味わったほか、専用のゴーグル型端末を装着して仮想空間に入り、臨場感あふれるゲームの魅力も堪能。「イノベーションこそが時代を切り開く鍵になると改めて実感した」とも強調した。

 既に経産省は昨夏、省内横断組織「Web3.0政策推進室」を発足。同室に資金調達・税制などに携わる事業環境担当課室や、コンテンツやスポーツなどの業種担当課室の視点を持ち寄り、Web3.0事業の環境整備に向けた検討を進めている。昨年12月には、産構審の経済産業政策新機軸部会を開催。「Web3.0の可能性と政策対応」という論点を取り上げた。

 経産省の狙いは、企業の投資先として日本が積極的に選ばれるようビジネスに有利な市場環境をつくる動きを主導し、「国内投資」「イノベーション」「所得向上」を喚起することだ。新機軸部会では、こうした視点から議論を深め、未来を見据えた意欲的なミッション(ビジョンと目標)と抜本的な対応策を今春にも打ち出す方針で、その中にWeb3.0を盛り込む見通しだ。

 また、デジタル庁に設置された有識者研究会もWeb3.0の推進に向けた環境整備について検討を重ね、昨年12月に成果を取りまとめて公表した。報告書の中で研究会は、Web3.0の「健全な発展を目指す」とした上で、この潮流を巡る課題を集約する相談窓口機能を同庁に設け、関係府省庁と連携し対応する方向性などを明示。研究開発や技術開発の担い手を育てる課題も重視した。

 Web3.0に関する環境整備は、岸田文雄内閣が「新しい資本主義」の成長戦略の柱として昨年11月に決定した「スタートアップ育成5か年計画」にも盛り込まれた。ブロックチェーンをはじめとするデジタル関連の先端技術を担う人材を育てるほか、高度な技術や専門知識を有する海外人材を呼び込んで日本のスタートアップとの協業も促す方針だ。

 ■民間の動きも活発

 こうした政府の動きに連動する形で、新興技術を巡る民間各社の「探索熱」も高まっている。

 日立製作所は昨年12月に東京都国分寺市の「協創の森」で開いた研究開発・知財戦略説明会で、技術の新潮流を踏まえた研究開発投資を強化する方針を表明。有望技術を実務に応用する可能性を報道陣に示した。例えば、鉄道やプラントなどの分野で培った制御・運用技術(OT=オペレーショナルテクノロジー)をメタバースに生かし、業務改革を実現。メタバース上に再現した原子力発電所の現場情報を作業者と監督者らが共有し、調査ロボットによる保守作業を効率化するといった展開を想定している。

 NTTドコモと総合コンサルティング大手のアクセンチュアも新たな一手を繰り出した。昨年11月、Web3.0の普及に向けて連携することで合意したと発表。これに伴い両社は、関連技術を生かして環境問題の解決や地方創生などに取り組む計画で、ドコモの井伊基之社長は「仲間を募り、日本発のWeb3.0サービスのグローバル展開を目指す」とコメントした。

 ドコモの決算会見では、23年度をめどにWeb3.0関連の新会社を設立すると表明。Web3.0事業に、M&A(合併・買収)を含めて5~6年で5000億~6000億円を投じる計画も明らかにした。

 富士通も、新興技術のポテンシャルに熱い視線を注ぐ1社。同社は21年から、30年を見据えて持続可能な社会づくりに役立つソリューション「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を展開。一領域のソリューションを共創する場としてメタバースを生かし、昨年12月にアバター(分身)となってメタバース内に入る様子を報道陣に公開した。同社はその空間を通じて世界規模で商材情報を共有し、アイデア発掘から開発や事業化に至る工程を短縮する効果を狙う。

富士通はメタバースをソリューションを共創する場として活用している(提供=同社)

 メタバース関連技術の応用先は、観光やスポーツなど身近な分野にも広がりつつある。NTTデータが昨年10月に東京都江東区の本社ビルで開いた説明会で、多彩な活用事例を報道陣に披露した。一つが「V-BALLER(ブイ・ボーラー)」と呼ぶトレーニングシステムだ。

 計測機器で取得した投球データと投球映像を掛け合わせることで、VR(仮想現実)空間上にスピードも含めて忠実に再現。VRゴーグルを着けた打者は、あたかも球場の打席に立った目線で投手の投球を仮想体験できる。その際にバットの軌跡が可視化されるため、打撃力を高める練習に役立つ。

 同システムはプロ野球チーム「東北楽天ゴールデンイーグルス」を運営する楽天野球団が最初のユーザーとして17年から本格利用。以来、国内外の複数のプロチームへ提供。提供範囲をアマチュアに拡大することも狙う。

デジタルイノベーション世界需要 30年に318兆円規模へ

 ■拡大する世界市場

 電子情報技術産業協会(JEITA)は、多彩なデジタル技術を駆使して社会課題を解決する「デジタルイノベーション」の世界需要額の見通しを発表した。

 それによると、全体の世界市場は、21年の7797億ドル(約105兆円)から30年には2兆3525億ドル(約318兆円)へと、3倍以上に拡大。中でもWeb3.0/ブロックチェーン、量子コンピューティング、メタバースを「今後に大きな期待がかかる応用テクノロジー」と位置付け、三つの合計で3609億ドルに達する見通しだ。記者会見で時田隆仁会長(富士通社長)は「これらのテクノロジーは業種や産業に限らず、社会のあらゆる分野への応用が期待される」と強調した。

 Web3.0は、米ハイテク大手5社「GAFAM」に頼らない非中央集権型のインターネットで、新たなデジタル経済圏を生み出す技術として有望視されている。GAFAMの後じんを拝した日本の官民の関係者たちからは、「今度こそ主導権を握りたい」という野心が透けて見える。

 日本勢は、斬新なアイデアで市場開拓に挑むスタートアップも巻き込んで群雄割拠の乱戦状態となりつつある新興技術市場で競争優位に立つことができるか。技術の新潮流を日本経済の活力に変える官民の挑戦はこれからが本番だ。