2020.03.25 【関西エレクトロニクス産業特集】「富岳」とスパコンの現状 理化学研究所計算科学研究センター 松岡聡センター長に聞く

富岳は「普通」、京「普通でない」 国のプロジェクトで思い切ったこと出来る

 スパコン「京(けい)」の後継機「富岳(ふがく)」が21年度の稼働開始に向け、理化学研究所で調整中だ。この日本の最新鋭スパコンを運用する理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS、神戸市中央区)の松岡聡センター長に富岳やスパコンの現状を聞いた。

 -富岳の稼働開始は予定通りですか。

21年度に本格稼働

 松岡センター長 現段階では予定より少し早めの進行ではないか。文科省の計画では21年か22年稼働ということだが、現状では21年度にパブリックで共用、つまり本格稼働の見込みだ。

 -昨年12月3日に理研への富岳搬入が始まりました。最終的に何台設置されますか。

 松岡センター長 正確な台数はまだ公表できないが、全部で400台以上が理研に設置されるはずで、既に半数以上が納入されている。順調なら6月に全量設置が終わると思う。全数そろってからシステムの調整などがあるため、ユーザーがフルシステムを使うのはさらにその約1年後になる。

 -富岳には九つの重点課題に取り組むという使命があります。

 松岡センター長 その通りで14年に京の後継機として取り組む分野が既に決定済みだ。健康長寿社会の実現、防災・環境問題、産業競争力の強化など5分野・9課題に重点的に取り組むことになる。重点課題の実施機関は理化学研究所、東京大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)などがある。

 -「京」と「富岳」の違いは。

 松岡センター長 CPUで京はSPARC、富岳はARM社製を採用しているなどの違いはあるが、私は誰もが理解しやすいように〝普通〟か〝普通でない〟かの違いと説明している。性能はともあれ富岳は普通、京は普通でないといえる。この普通であることがスパコンには大事。

 例えばPCやスマートフォンのようにあらゆるソフトが動くのが普通。しかし京はそうはいかなかった。つまり普通でなかった。このため、とても多くの成果を出したものの、理研以外での採用が少なかった。

 開発の背景でいえば、京はCPU開発などでメーカー主導だったためリスクを恐れ、コンサバティブ(保守的)な面も出た。その点、富岳は理研を中心に国内のHPC(高性能コンピュータ)関係者が関わった国のプロジェクト。つまり国がリスクを引き受けるという体制を取ったからこそ、普通のCPUなのに競合他社の約3倍の性能を実現するなど、思い切ったことができた。この点も京とは異なると思う。

 -スパコンの世界ランキングでは富岳が「電力効率」の部門でトップになっています。

 松岡センター長 昨年11月発表された〝グリーン500〟で富岳のプロトタイプになった富士通製のマシンがトップになった。京に欠けていたのは電力性能。富岳では消費電力や電力制御技術が大いに改善された点が評価された。

 -近年、スパコンでも中国の躍進が目立ちます。

 松岡センター長 確かに中国が目立ってきた。米国や日本も早くからスパコン開発に力を入れており、GDPの大きい国がスパコン開発も盛んという相関性があるのでは。中国もその例に漏れない。

 しかし、中国のスパコン開発は国策の色合いが濃く、とにかくTOP500に入ればいい、という思惑もある。そのため自国での開発より、外国の基幹技術を導入して内製化している傾向が強い。要は米国に勝つというのが最終目的で、国民のためという視点はない。汎用性や使いやすさはあまり考慮されていないようだ。つまり〝普通でない〟マシンになっており、この点が改善されれば中国のスパコンは世界でも広まると思う。

 -富岳にはソサエティ5.0に貢献という重要な使命がありますね。

ソサエティ5.0へ

 松岡センター長 よく考えるとソサエティ5.0で解決しようとする経済や社会の諸課題は、先に述べた富岳の重点課題と同じ。ソサエティ5.0の課題を実現するには多くのシミュレーションが必要で、ビッグデータやAIの解析で富岳を利用することができる。そういう意味では富岳はソサエティ5.0の開発プラットフォームともいえる。