2025.01.17 【情報通信総合特集】2025市場/技術トレンド 量子コンピューター

理研や東大、NTTなどの研究チームが開発した光方式による新型量子コンピューターの実機

日立が開発を進めるシリコン量子コンピューター日立が開発を進めるシリコン量子コンピューター

実用化へ日本企業が存在感

光やシリコンなど活用

 次世代の超高速計算機として期待される量子コンピューター。2024年は光方式による新型量子コンピューターの開発や、シリコン型量子コンピューターの実用化に向けた研究が進み、日本企業が存在感を示した。

 従来のコンピューターは電気信号を使って0か1かのビットで情報処理して計算するのに対し、量子コンピューターは、0と1の両方が同時に存在する量子力学的な現象である「重ね合わせ」や、物体が障害物を通過することができる「トンネル効果」を利用して計算を行う。

 従来のコンピューターでは困難だった問題を高速で解くことができるため、効率的な新薬開発や短時間で最適な輸送ルートを探し物流効率を向上させるほか、材料開発、金融、気象予報など分野の研究開発の飛躍的な加速が期待されている。

 ただ、「重ね合わせ」状態は非常に壊れやすく、複雑な計算をしようとすると状態が壊れて誤りが発生するため、正確な結果が得にくい欠点がある。この課題を克服するためには、誤りを制御するエラー訂正技術の確立が求められるなど、量子コンピューターはまだ開発途上であり、本格的な実用化にはまだ時間を要するのが現状だ。

 東京大学やNTT、情報通信研究機構(NICT)などは11月、量子コンピューターの誤り訂正に必要な論理量子ビットなどに使われる光量子状態の高速生成を実現したと発表した。量子増幅器と、高い量子性を持つ状態を組み合わせる技術を開発。光通信技術の増幅器や測定器と量子コンピューターの融合により、従来の約1000倍の速度で光量子状態を生成した。現行の光子数測定器を改善すれば100万倍高速化できる可能性もあり、量子計算高速化の基盤技術として期待されている。

 さらに東大や理化学研究所、NTTなどの共同研究グループは、光方式による新型量子コンピューターを開発した。電気信号で情報を処理する従来のコンピューターと異なり、光量子状態を高速生成する技術を活用して光の光子数などによって情報を処理できるようにした。世界に先駆けた汎用(はんよう)型光量子計算プラットフォームとして、クラウド経由で提供を始めた。開発した光方式による新型量子コンピューターでは、従来の量子コンピューターと比べて大規模な量子計算が高速で可能になり、これまで困難だった計算課題の解決に向け注目されている。

 「シリコン量子コンピューター」に着目したのは日立製作所だ。量子コンピューターの情報の最小単位「量子ビット」を安定化できる制御技術を開発し、量子ビットの寿命を従来の100倍以上延ばせることを確認した。量子ビットの操作に用いるマイクロ波の位相を変えることで、半導体中のノイズを除去して量子ビットを安定化させ、量子情報を保持する時間を延ばした。

 量子コンピューターを巡っては、実機の開発が進む「超電導」など複数の方式による研究開発が世界で盛んに行われている。その一つが半導体の製造技術を応用したシリコン型。量子力学の重ね合わせの原理を利用して0と1が重なり合った状態を表現できる量子ビット(電子)を、量子ドットと呼ばれる2次元の箱の中に一個閉じ込め、電子の回転(スピン)の向きを変えることで0と1の状態を作って演算に利用する。

 日立が開発したのは、量子ビットの操作に使うマイクロ波の照射時間を調整することで回転を制御し、量子ビットをノイズから保護する操作技術だ。直交する2方向の軸を回転軸として量子ビットを操作することで、ノイズによりスピンの軸がぶれた状態を抑制して、演算に必要となる重ね合わせ状態を長く維持できるようになった。基礎研究センタ主管研究長兼日立京大ラボ長の水野弘之氏は「誤り訂正技術も含め研究開発が早いペースで進んでいる。ノイズ除去といった要素開発もハード・ソフト両輪で進めていきたい」と話す。

 業界団体も実用化を見据えた研究を進めている。量子技術の産業応用を目指す「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」は、産業技術総合研究所などと連携して、量子コンピューターを活用したサービス市場の創出・拡大に向けた共同研究に取り組む方針を打ち出した。

 さまざまな方式にも対応する基盤の構築に向け、ソフトウエアの階層を可視化して一部の仕様をドキュメントにして標準化を目指す。

 量子コンピューターの開発を巡っては、世界では米グーグルやIBMのほか、中国の大学や企業も研究をリードしており、開発競争が激化している。日本が主導権を握れるか、今後の開発の行方が注目される。