2025.04.18 民放キー局が「ウソをつかないAI」活用 先進ツールを駆使するテレ朝に迫る
開発を主導した小俣氏(右) 技術的な補佐を行った中村氏(左)
AI(人工知能)を業務の効率化や高度化につなげる動きが、テレビ業界にも広がってきた。テレビ朝日は社内の情報をすばやく検索できる、大規模言語モデル(LLM)に情報検索を組み合わせた「RAG(検索拡張生成)」の仕組みを利用したAIエージェントの運用を本格化させる。AIを適切に使いこなせるよう工夫を重ねてきた同社に迫った。
進化が著しいAIは、業務効率を高める有効な手段として期待を集める一方、そのツールが常に正しい情報を出力するとは限らないといったリスクも抱えている。それだけに番組制作などの業務で扱う情報の正確性が求められるテレビ局では、社内のAI活用に対しても慎重な姿勢が見られる。
こうした課題を踏まえて同社は、米グーグルが手掛けるクラウドサービスのエージェントビルダーを利用し、独自の「社内情報回答AI」を内製した。約7000ページに上る社内情報を一瞬で正確に検索できる「レスポンス型AIエージェント」という仕組みだ。
事例を披露する舞台となったのが、生成AIを活用した革新的な取り組みを表彰するグーグル・クラウド・ジャパン主催の「第3回 生成 AI Innovation Awards」。同社はファイナリストとして選ばれ、3月のピッチコンテストに挑んだ。
開発を主導したIoTv局データソリューションセンターの小俣慎太郎氏が、プログラミングツールについて学び始めたのは昨年6月。社内の有志でAIに関する勉強を行う集まりに参加し、IT用語やインターネット上でソフトウエアを共有する「WebAPI」などの基本から習得。AIエージェント開発で技術的な補佐を担った中村敦氏を支えに、AIへの理解を深めた。
そうした中、社内情報の検索に向くツールとして、今回のAIエージェントに注目した。
社内情報から適切な情報を抽出して答えるRAGの社内利用を探る中で向き合うことになったのが、正確でない回答が生成される点。RAGが質問に関係のある部分を抜き出し、グーグルの生成AI「Gemini(ジェミニ)」が回答を生成する。ただ、AIは抜き出された前後の文脈に関係無く回答を導き出すため、正確性に課題があったという。
こうした課題を踏まえ、AIが間違いを含む回答を生成する「ハルシネーション(幻覚)」を防ぐ仕組みを構築。誰でも的確な質問を行えるよう、多彩な工夫も散りばめた。
1つが、アプリのトップ画面に設けた「よくある質問」のボタンだ。小俣氏は「ITリテラシーは個人によってばらついている。利用者の多くが、プロンプト(指示文)を上手く書けないため、使用者にできるだけプロンプトを入力させないよう工夫した」と説明した。
さらに、誤情報を出力するという問題にも対応。RAGで全ての情報の中から質問の関連情報の掲載ページを探し出し、そのデータをLLMに送ることで正確な回答を生成できるようにした。該当ページの全データをLLMに入れ、前後の文脈を含めて回答を生成させることで精度を高めたという。これにより、低コストで高速に答えられるようになった。
中村氏は情報の正確性を担保する課題に触れ、「社内データに類似した情報が複数存在したりどこにも答えが無かったりすると、不正確な答えが返ってくる可能性がある」と指摘。その上で、「信頼度の低い回答を返さない仕組みも入れている」と力を込めた。
一連の取り組みが功を奏し、情報の正確性にこだわるテレビ局の職員も十分に使用できる精度になったという。
小俣氏は社内ブログでAIを使いこなす社員を紹介することで、AI活用を後押しする。社内イベントを通じて社員のリテラシーを高める活動も計画している。既に社内でのAI利用件数は増えており、この実績を土台に「AI活用で他局をリードしたい」(小俣氏)考えだ。
今後は、AIエージェントを内製している強みを生かし、テキスト以外のデータも扱えるようにするなど機能を拡充する予定だ。
同社が先行して実証したAIの活用事例は、業界を問わずモデルケースとして広がる可能性を秘めている。中村氏は「コンテンツや歴史もあるが、『テック的なこと』を楽しめる会社であることも対外的に知ってもらいたい」と意欲を示した。