2020.10.23 【アナリストが斬る】通信料金、5G、サブブランドが焦点、各社は成長への取り組みが不可欠菊池悟 SMBC日興証券 株式調査部 シニアアナリスト
5Gサービスの開始や楽天モバイルの本格参入、NTTによるNTTドコモの子会社化と、2020年も話題の多い通信業界。新たな局面に突入したともいえる業界の今後の焦点は何か。
一方で世界に蔓延(まんえん)した新型コロナウイルスは通信市場にどのような影響を与えたのか。トップアナリストが通信業界の現状と見通しを分析する。
新型コロナ禍でも安定、データトラフィックは増加
通信業界は、ほかの業界と異なり新型コロナの影響をあまり受けていないとみている。実際、コロナ禍でも音声、通信データのトラフィック(通信量)は減っておらず安定している。特にデータ通信トラフィックは、むしろ増えている。新型コロナで在宅勤務によるワークフローなどの利用増が背景にあると考えられる。
一方で、ネガティブな面があるとすれば、国内と海外とで通話やデータ通信を行う国際ローミングの収入減がある。しかし、国際ローミングの収入は携帯大手3キャリア(NTTドコモ、au<KDDI>、ソフトバンク)で通信収入の1%程度にすぎず、業績に大きな影響を与えるほどではない。
この状況はアフターコロナでも変わらないだろう。株式市場ではアフターコロナで業績回復を期待する声は多い。しかし、通信業界は、そもそも新型コロナの影響によるダメージが少ないため、これはあまり期待できない。
「携帯料金」「5G」「楽天モバイル」が注目点
今の通信業界で注目すべきトピックは「携帯料金」「5G」「楽天モバイル」だ。それぞれ詳しく説明する。
まず、携帯料金はテーマが三つある。「政府による携帯料金引き下げ」「キャリアのサブブランド競争」「NTTドコモの動向」だ。
一つ目の「政府による携帯料金の引き下げ」だが、これは難しいだろう。携帯電話料金は、大手3キャリアの低料金プラン、「UQモバイル」「ワイモバイル」といった大手キャリアのサブブランドなど、数年前よりも大幅に安い料金を消費者が選べる状況が既にあるのが理由だ。
このことから、ユーザーが安く携帯を利用するならば、現状の選択制が現実的といえる。一律の値下げは非現実的だろう。仮に個人ユーザーの携帯料金を一律1000円下げたとしても、ユーザーは下がったという実感を強く持てないとみている。
そんな中、ソフトバンクがデータ容量20~30GB で月額5000円を下回る料金プランの導入を検討していることが報じられた。
ソフトバンクには20~30GBの料金プランがないため値下げとはいえないが、条件を付けてでも、ほかの携帯電話会社より低いプランを出せば、値下げしたような印象を与えることができる。
新しい料金プランを選択するソフトバンクのユーザーは、全体の2割未満と予想される。同時に同社では値下げを吸収する手段も用意するとみている。
ただ、携帯料金は技術進化やキャリア間の競争で、今後も多様化と単位当たりデータ通信料金の低下が進む。こうした状況で政府が携帯料金を統制することは実務的に困難だろう。
菅義偉首相は、2018年の官房長官時代に「携帯電話料金は4割下げられる余地がある」と発言。首相就任後も携帯料金引き下げの取り組みに力を入れている。
一方で、通信会社を管轄する総務省はこれまで携帯電話会社に対し、「料金」ではなく「競争」の促進を施策にしてきた。これは今でも変わらない。そのため、官邸と総務省で最終的な決着をどこでつけるのかは不明で、今後の動向を注視する必要がある。
二つ目の「サブブランド競争」。これはKDDIの動向に注目だ。KDDIは、契約者数の減少幅が大きくなっているauブランドを補う策として、これまで別会社で展開してきた格安スマホのUQモバイルを本体に取り込み、正式にサブブランド化する方針を打ち出している。このことは料金競争を加速する一因になるだろう。
三つ目の「ドコモ」については、親会社のNTTが完全子会社にすることを発表。子会社化で上場廃止となり一般株主からの圧力がなくなることで、NTTの意向をくみ、従来にはない施策を打ち出してくる可能性がある。
例えば、その一つにサブブランドの投入が考えられる。ドコモは、これまでサブブランドの提供には消極的だった。これはドコモのユーザー特性に理由がある。
ドコモの契約者は「ドコモ」というブランドを信頼して長期契約する人が多い。この人たちは、音声、データ通信だけではなく、コンテンツや決済、クレジットカードといった通信以外のドコモのサービスも利用するロイヤリティの高いユーザーだ。
そこで、ドコモではロイヤリティの高い長期ユーザーを囲い込むとともに、自社ブランドの毀損(きそん)を避けるためにサブブランドを行ってこなかったのだろう。
しかし、政府の料金引き下げ圧力に対して、ドコモ本体の料金引き下げだけではなく、サブブランドによる安いサービス提供による対応もあり得る。
5G普及の起爆剤は「iPhone12」
次のトピックである「5G」は、国内でのサービスが開始された。しかし、現在はキラーコンテンツがない状況だ。その担い手として「Zoom(ズーム)」や「Webex(ウェベックス)」といった双方向ビデオ通信を使ったオンライン会議ツールが考えられるが、利用を後押しするほどではない。
こうした状況で、5G普及のカギとなるのは、アップルが発売する5G対応のスマホ「iPhone12」とみている。
iPhoneは、国内のスマホで約50%の高いシェアを占めている。このことから、iPhone12が発売されれば、5Gの契約が増加する契機になるだろう。
また、iPhone12によって、5Gでの大容量データ通信プランへの移行が促進されれば、携帯電話会社の業績改善に加え、料金引き下げの議論で意欲が減退している5Gの設備投資を加速させる可能性もある。
楽天モバイルは来年が正念場、ユーザー引き留めが課題
三つ目のポイント「楽天モバイル」については、来年が勝負の年になるだろう。
楽天モバイルは、格安料金をうたい文句に2020年にサービスを開始。2020年6月末には100万回線契約を達成した。
しかし、楽天モバイルを主サービスで利用するために、他の携帯電話会社からMNP(ナンバーポータビリティ)で移ってきたユーザー数は、そのうち10万程度しかないと推測している。
楽天モバイルでは300万人を上限に1年間の無料期間を設けている。残り90万には、この無料サービスを使ってお試しでサブ利用する携帯2台持ちのライトユーザーも含まれると考えられる。
楽天モバイルの料金プランは、月額2980円の大容量タイプのみという分かりやすさに特長がある。しかし、この料金はデータ通信をあまり使わないライトユーザーにとって必ずしも安いとはいえない。実際、ソフトバンクのサブブランドであるワイモバイルやUQモバイルの方が安い場合もある。
このことから、楽天モバイルのライトユーザーが料金を割高と感じれば、無料期間が終了する来年に解約が増加する可能性がある。防ぐには、有料に移行しても楽天モバイルを利用する価値や理由を無料期間終了までにユーザーに提供できるかにかかっている。
ドコモは新しいNTTグループ形成のキープレーヤに
最初のトピックでも述べたが、通信業界で今後注目すべき企業はNTTドコモだ。
NTTでは、完全子会社化したドコモとNTTコミュニケーションズ(NTTコム)などのグループ企業との連携強化を図る方針を打ち出している。そのため、NTTのグループ戦略で重要な役割を果たすと考えられる。
例えば、NTTコムと通信事業での連携が想定される。NTTコムは、国内の長距離電話サービスを中心事業としている。しかし、NTTが2024年1月に固定電話をIP網に切り替えることで、距離の概念がなくなり長距離電話の事業収入が消失してしまう。
そこで、ドコモの利益を使ってNTTコムが手掛ける通信分野のビジネスを見直し、その上でドコモの通信ビジネスとの連携を図るといったNTTコムの組織を立て直すシナリオが考えられる。
NTTコムだけではない。NTTにとっては、ドコモの利益を使ってグループ全体をどのように変えていくかがこれからの課題になる。これは「新しいNTTグループ」を作ることを意味する。
この作業の中でドコモは利益を供与するだけではなく、グループとの連携を強めて競争力を高める。一方、グループ全体では課題であるITサービス・ソリューションの海外事業の強化が行われていくだろう。その結果、“強いNTT”が誕生するのではないかとみている。
通信会社は常に新しい取り組みが求められている
通信業界の中でも携帯電話会社は、現状のスマホサービスでの収入増は限界に来ている。そのため、各社は新しい取り組みを積極的に行う必要があるだろう。
では、新しい取り組みとは何か。例えば、5Gを活用した新分野の開拓だ。具体的には「IoT」「海外事業」「アプリケーション」が考えられる。
IoTは自動車向けサービスなどへの提供、海外事業では5Gを使ったソリューションやITサービスの国外展開、アプリケーションは決済やコミュニケーションツールなどが想定される。
5Gを通信事業だけではなく、こうしたサービスなどと結び付け、自社の成長につなげていく視点がこれからは重要になる。その上で、通信以外のサービスを確立して、通信事業並みの収益まで成長させることができるかが各社の今後を左右することになる。
これからの通信会社は既存事業にしがみつくのではなく、常に新しいことを目指し自ら需要を作り出すような姿勢が、ますます求められてくるだろう。
菊池 悟(きくち・さとる)
SMBC日興証券 株式調査部 シニアアナリスト
1993年、大手企業入社、プロジェクト管理・財務・経営企画などに従事。2000年にアナリストに転身し、野村証券、ドイツ証券を経て2013年から現職。2020年、日経ヴェリタス アナリストランキングの通信部門3位、ビジネスソリューション部門2位。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。