2020.11.02 【NHK技研90周年に寄せて】元NHK放送技術研究所所長 榎並和雅氏 現東京工業大学学長相談役 AIとビッグデータを有効に活用

 NHK技研は、衛星放送、ハイビジョン、デジタル放送、スーパーハイビジョン(4K・8K)の研究・開発で新しい放送技術(メディア)を見いだした。世界の放送技術をリードしてきたと言っても過言ではない。

 私は、1971年にNHKに入局し、金沢放送局を経て、74年にNHK技研に異動、その後、映像信号、動画像を加工・リアルタイムに修正処理するなどの番組制作技術を研究した。

 その中で、最も注力した研究は様々な画像処理機能をリアルタイムで処理できるマルチプロセッサ形の実時間汎用映像処理システム「Picot(Picture Computer)」の開発だった。このシステムは映像の特殊効果や画質補正など、様々な映像信号処理を一つのハードを使って処理ソフトウエアを入れ替えるだけで実現できる。

 今やシステムのソフト化は当たり前だが、当時は色を変えるためにはカラー補正器が必要になるなど、何かを処理するには専用的な機能を持つ、それらに適したハードが必要だったので、当時は画期的な開発だった。

 04年に所長に就任し、00年から開発してきた8Kスーパーハイビジョン(SHV)の実用化のために広報活動に努めていた。05年に開催された国際万国博覧会「愛・地球博」で、初めてSHVが一般公開された。

 視聴した観客からは大変好評だったものの、技術者の私としては、画質や色、ノイズ、動画のボケなど画質的な課題が多く、実用化にはほど遠いと思っていた。しかし、15年がたった今は8K放送も開始して実用化されており、当時課題だったことが全部クリアでき、実現したことを考えると感無量だ。

 06年に情報通信研究機構(NICT)に移って、ユニバーサルメディア研究センター長として、究極の立体映像(3D)システムなどの研究開発に携わった。14年からは母校の東京工業大学監事となった。NHK技研で研究員として、また所長を務めたおかげで今の自分があると思う。

 NHK技研は放送発展の歴史を作ってきたが、それは放送撮像・表示・記録デバイスの材料・材料素材・人間(脳や五感)という基礎研究に力を入れてきたことからだと考えている。

 こうした情報があふれている今こそ、基礎的な研究に立ち戻ることが重要だ。こうした総合的また、情報を活用する広範な観点からの研究は、より自然なコンテンツや新しい体験を提供できると思う。

 近年、あらゆる分野でAI(人工知能)とビッグデータが注目されている。放送現場でもAI技術を活用した番組制作などが注目されている中、この二つをいかに有効に活用できるかが鍵となる。

 NHKには貴重なデータ(企画・材料取材メモ、台本、映像素材、番組など)がたくさんある。NHKが持っているデータやノウハウを、AIを活用することでさらに価値ある番組が作れるし、初心者のプロデューサでもそれなりの番組が作れるような教育にも使える。

 現在、放送業界が厳しい状況に置かれているが、立体映像などの超臨場感メディアや新伝送路の研究に加え、素材・材料・デバイス、人間、ビッグデータの三つを根本に、さらにその先を見据えた研究開発を進めてほしい。