2021.06.25 【備えるー水害からの教訓】〈5〉備える想定外に教訓生かす リスクを自分のものとして

「一人一人がリスクを意識することが重要」と話す三谷教授

 2017年7月に福岡、大分両県で災害関連死を含む死者40人を出した「九州北部豪雨」により、福岡県中部に位置する東峰村は甚大な被害を受けた。

 人口約2100人の自然豊かな同村の復旧、復興の過程で住民らと積極的に関わったのが、九州大学アジア防災研究センターの三谷泰浩教授(防災工学、岩盤工学)だ。

 三谷教授は学生と3年間、村に足しげく通った。多くの住民に顔を覚えられ、18年には災害を風化させまいとクラウドファンディングを活用して村に「災害伝承館」を開設。開館から半年で約2000人が来場するなど、訪れる人たちに教訓を伝えている。

 「復興段階から『次が来る』と備えることが必要だ」と語る三谷教授。激甚化する災害に私たちはどう向き合うべきかを聞いた。

重要なのは復興

 災害の発生当初は報道も多く、全国から注目も集まる。1995年の阪神・淡路大震災以降は災害ボランティアの活動が盛んになり、民間による支援が増えた。

 一方で三谷教授は、災害支援においては壊れたものを元に戻すだけでなく、その先の「復興」にも支援が必要だと指摘する。

 「(店舗の建て直しといった)復旧の段階までは行政などからの支援もあるが、復興の段階からは自助努力だ。復興へ立ち上がるためには、かなりのエネルギーが必要となる」。

 業界や地域全体での助け合いも必要になってくる。災害は復旧してからの道のりが長い。被災から立ち直れず、地元を離れる人や廃業する事業者も少なくない。復興段階で、いかに地域に活気を取り戻すかが鍵になる。

災害に強くなる

 災害は忘れたくなるもの。しかし、復興の過程では「災害に強い地域」をつくることも不可欠だという。

 東峰村では毎年の避難訓練に加え、九州北部豪雨以降は三谷教授と住民が協力して「地区防災マップ」の作成も行った。村全体で災害に備える意識が高まっている。昨年7月の豪雨と球磨川氾濫で被害を受けた熊本県人吉市も、先月30日に自主避難訓練を行った。住民約560人が参加し、避難所までのルートなどを確認した。

 三谷教授は「防災ではソフト面の対策が重要だ」と語る。建物の耐震化や堤防の強靭(きょうじん)化など目に見えるハード対策は進んでいるが、それだけでは防ぎきれない「想定外」もある。

 想定外をカバーするためには、日ごろの避難訓練や情報共有などで意識を高めることが必要で、住民一人一人の「リスク意識」が求められる。

 日本語ではどちらも「危険性」と訳される「ハザード」と「リスク」という言葉。ハザードは災害そのものの危険を表す一方、リスクは年齢や住む場所など、その人の属性に応じて変化する危険だと三谷教授は言う。

 「災害のハザードを知るだけではなく、自分の事として落とし込むことでリスクを理解することができる」。

 避難すべきタイミングや方法といった判断は、その人が置かれている状況によって変わる。自治体や企業が行う避難訓練に参加したり、ハザードマップを確認したりして、避難時にどのようなリスクがあるかを認識することが重要だ、と三谷教授は強調する。

 相次ぐ災害からラジオや数日分の食料、簡易トイレなどがセットになった防災グッズが日常的に販売されるなど、備えは一般的になった。

 加えて、持病のある人は必要な薬を常備しておくといった、自身に応じた備えが求められる。自分の命をどう守るかは、自身で考えておかねばならない。

事業者の備えとは

 11年の東日本大震災以降、大企業を中心に事業継続計画(BCP)を策定する動きが活発になった。

 工場や本社、供給網の被災など、緊急事態でも事業への影響を最小限に抑えられるようリスクを分散させ、被災してもすぐに回復できる仕組みづくりは危機管理の観点からも重要だ。

 さらに、地域電器店などでは「共助」がポイントになるという。

 例えば、各都道府県の商組などが災害発生時に復旧・復興を支援する仕組みや実働部隊を組織したり、合同で防災訓練を行ったりするなど、店同士での連携も考えられる。個人店主では難しいことも、協力し合えば備えになる。

 「今後発生する災害においては、個人の経験や従来の常識は当てにはならない。常に想定外が起こりうると考えるべきだ」と三谷教授は警鐘を鳴らす。

まず意識変革から

 大規模水害は近年、増加傾向にある。気候変動が大雨をもたらし、毎年のように観測記録を更新。都市化の進行で、地表が舗装に覆われて貯水性や保水性を失い、大量に降った雨が側溝や川に流れ込んで、すぐにあふれる事態になっている。

 18年の西日本豪雨で中国地方が、19年の台風19号では関東甲信越地方が被害を受けるなど、毎年のように水害が日本各地を襲っている。今や天災は「忘れる間もなく」やってくるものになった。

 常態化する災害から命や財産を守るための研究が進む一方、その方策と教訓を生かし、防災減災を着実にしていくためにも、まず私たち自身の意識を変えていくことが急務といえよう。(おわり)

 (この連載は九州支局・石原創、田子将大が担当しました)