2022.01.31 【エンターテインメント総合特集】この一枚歌うヴィルトゥオーゾヴァイオリニスト「la Campanella Adrian Justus Violin Recital」(CD+DVD) Office Amici

La campanellaのジャケット

パガニーニ24のカプリスのライブ録音盤ジャケット。24曲を通しで弾き切った証拠のDVDビデオもついているパガニーニ24のカプリスのライブ録音盤ジャケット。24曲を通しで弾き切った証拠のDVDビデオもついている

La Campanella
Adrian Justus Violin Recital(CD+DVD Office Amici)
3,000円(税込み)

 技巧的な音楽家(ヴィルトゥオーゾ)は、どうも批評家の受けが悪い。かつて技巧を重視し、客観的に演奏した演奏家は、特に新即物主義者などと呼ばれ、批判されていた。

 不評な理由として、「機械的で精神性が足りない」とか「歌心がたりない」と言われる。では、技巧的な音楽家は歌心がないのかというと、必ずしもそうでない。例えば、19世紀末から20世紀中ごろまで活躍した指揮者トスカニーニは極めて、高度なバトンテクニックで厳格にオーケストラを統率したが、演奏はよく歌っている。

 このCDに収録されているLa Campanellaを作曲したヴァイオリニストのパガニーニはピアノ版作曲のリストと並んで超技巧派で通っていて、当時の聴衆を魅了していた。しかし、当時の評価は、技巧的には素晴らしいが、精神性で劣るというのが一般的だった。この曲のピアノ版を作曲したリストは若いころは技巧で鳴らしたが、後年、極めて精神性の高い曲を書いている。つまり人によって千差万別である。

 さて、このCDで演奏しているヴァイオリニスト、ユストゥスは、どうだろうか。難曲として知られるパガニーニのカプリース全曲を1リサイタルで一気に弾き切ったことがある人だから、かなりの技巧派であることは間違いない。しかしここに聴く演奏は、よく歌う。また、楽譜をそのままという即物的な演奏ではない。今日、楽譜と異なる演奏は、批判の対象となるが、それは機械的な演奏とトレードオフだろう。

 メキシコ生まれの彼は11歳で黒沼ユリ子に入門し、スタニラフ・カワラ、ズヴィ・ザイトリンに学んだ。師の黒沼はドボルジャークの研究や現代音楽の演奏で知られるが、東欧で学んだ音楽家の多くにあるように、歌心を重視する音楽家だ。ユストゥスは日本の演奏家に学び、音楽家になる決意を固めたのも日本でのことだったという。黒沼からは歌心についてもお墨付きも頂いているようだ。

 彼はメキシコ生まれのせいか、日本ではまだ有名ではないが、高度な技巧で歌心のある演奏は、日本でこそ聴かれる演奏家ではないだろうか。