2022.07.08 【電子部品技術総合特集】ハイテクフォーカス京セラ 電波の進行方向を変えるメタサーフェス屈折板

ミリ波5Gの柔軟なエリア構築に向けて

自然界にない特性を発現

 現在サービスが始まっている5Gや次世代の6Gでは、超高速・大容量通信の要求に応じて4G以前の無線通信では使われていなかった高い周波数の電波の利用検討が進んでいる。既に5Gでは28ギガヘルツ帯が用いられているが、周波数が高くなると電波の直進性が強くなり、障害物により基地局から見通しが得られない場所では通信品質を確保できないという課題がある。

 その課題解決へ、メタサーフェス技術を用いて電波を特定方向に反射させるメタサーフェス反射板(以下「反射板」という)が提案されている。しかし、反射板を用いた場合に変えられる電波の方向には限界がある。反射板は、板の手前側に電波の方向を曲げる場面には適しているが、板の奥側に電波を曲げて障害物の陰に届かせたいような場面には適さない。

 そこで京セラは、板の奥側に電波を曲げる場合に適した、電波を透過させて進行方向を変えるメタサーフェス屈折板(以下「屈折板」という)を開発した。場面に応じて反射板と屈折板を使い分けることにより、基地局からの電波が直接届かない場所にも、柔軟にネットワークエリアを構築することが可能となる。

 メタサーフェス技術は、波長よりも小さい素子を2次元的に並べることで自然界にない特性を発現する面構造の技術である。反射板および屈折板は、各素子の電波の位相(電波の進み)を任意に設計し、異なる位相の素子を順に並べて位相勾配を作ることで、入射波の方向とは異なる角度に反射波・透過波を曲げるという特異な現象を発現することができる(図1)

 反射板と屈折板が電波を届けられるエリアは板のサイズに比例するため、実用化には一定以上のサイズ(例えば28ギガヘルツで100ミリメートル以上)が必要である。素子の位相を任意に設計することが可能な反射板の場合、十分な大きさの板を作ることができたが、屈折板の場合、従来技術では素子の位相を任意に設計することが困難だった。

 しかし、京セラはこのたび、任意の位相変化を設計可能な新規の素子構造を独自開発し、実用的なサイズの屈折板を実現することに成功した(図2)。通常、反射板および屈折板の設計には、位相を変えるための共振器と呼ばれる構造を一つの素子に一点形成する。反射板の場合は一つの共振器で位相を自由に設計することができたが、同様の構造では屈折板の実現は困難であった。

 今回新たに開発した素子構造では、誘電体基板の表面と裏面に導体層で形成した二つの共振器を用いた。適切な共振器の形状および配置の設計により二つの共振器を電磁的に結合することで、任意の位相変化を実現。この素子構造を用いることで、十分な大きさのサイズの屈折板が実現できる。原理試作では300×275ミリメートルサイズのプリント基板で屈折板を作製した(写真1)

写真1  試作したメタサーフェス屈折板

屈折板設置によりエリア化

 試作した屈折板の効果を確認する実験を、京セラ鹿児島国分工場敷地内に設置された28ギガヘルツ帯の5G基地局を用いて実施した。基地局から30メートル離れた建物の中で見通しが得られない場所に5G端末を置き、屈折板設置による受信電力の変化を測定した。

 図3に屈折板の有無による受信電力の測定結果を示す。屈折板がないとき、窓を通して見通しとなるB地点での受信電力がマイナス67㏈mであったのに対し、見通しが得られないA地点での受信電力はマイナス97㏈mであった。基地局からの電波をA地点に向けて屈折させるために屈折角45度で設計した屈折板を、窓の外の基地局が見通せるベランダに設置した。屈折板設置後のA地点での受信電力はマイナス68㏈mとなり、見通しと同等レベルまで受信電力が向上した。

 このメタサーフェス屈折板により、ミリ波など高い周波数で見通し外の通信品質が低下するという課題に対して、屈折板を設置するだけという簡易な手法で解決できるようになると考える。

 例えば、ミリ波5G基地局から見通しが得られず圏外である住宅の屋内でも、ベランダに屈折板を設置することで通信が可能になる。電波環境が変化する建築現場のミリ波5Gネットワークで、圏外になってしまった場所に対して電波を届けられるように、屈折板設置によりエリア化するという使い方も考えられる。

 なお本技術を応用することで、各素子の透過位相を特定の場所に集めるように設計し、電波を集束させることも可能である。そのようなメタサーフェス集束板の試作評価を行い、設計通り受信電力を向上できるという検証も行った。

 近年、6Gに向けて電波環境を適応的に制御するRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)技術の研究が進んでおり、標準化に向けた動きもある。今後、そのRISに適用可能な動的制御可能なメタサーフェス(各素子の位相を電気的に変えることが可能なメタサーフェス)の実現も目指している。

〈筆者=京セラ〉