2023.01.18 【情報通信総合特集】市場/技術トレンド デジタル人材
官民でDX推進役を育成へ デジタルスキル標準の策定も
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進役を担う人材が不足する中、デジタル人材の確保と育成に向けた日本の官民の取り組みが加速している。経済産業省と情報処理推進機構(IPA)は、企業や組織のDX推進を人材のスキル面から支援する指針「デジタルスキル標準」を策定。高度なエンジニアを育てるアカデミーを開設する企業も現れた。DX市場の争奪戦が世界規模で激化する中、2023年は市場競争力の源泉となる人材を巡る動きが熱を帯びそうだ。
「デジタルという文脈で言うと、何よりも大切なのは人。デジタル人材の育成に向けた投資にも大きくかじが切られるということについては、非常に好感している」。
電子情報技術産業協会(JEITA)の時田隆仁会長(富士通社長)は昨年12月の記者会見で、官民一体で国内投資の拡大に向けた機運を醸成する動きに触れ、ハードとソフトの両面で投資を促すことに期待感を示した。
デジタル人材の確保と育成に向けては、既に大手電機・IT各社が独自の取り組みを加速している。
職務内容を明確化して最適な人材を配置するジョブ型人事制度への転換を進める日立製作所は、グローバル成長の原動力と位置付けるデジタル事業「ルマーダ」の推進に必要な人材を、2024年度を目標に21年度比約3万1000人増の9万8000人に拡大することを目指す。
デジタル人材を「外部からの採用」「社内人材の育成」「M&A(合併・買収)」といった観点から拡充していく。
日立は、多彩な人材の成長意欲に応える仕組みづくりにも注力し、昨年10月に社員の自律的な学びを支援する「学習体験プラットフォーム(LXP)」を導入した。
各社は人材が不足する問題の解決策として、社員のリスキリング(学び直し)にも注力し始めている。富士通は現在、国内グループ全約8万人を対象にリスキリングを推進。教育投資を増やし、必要なスキルを社員が自ら選んで学べる環境を充実させている。
NECは、デジタル人材を約4000人上積みし、25年度までに1万人に増員することを狙う。同社はリスキリングにより、現在約300人の「DX戦略コンサルタント」を23年度までに約500人に増員する目標を掲げている。
未来のネットワーク社会を担うトップエンジニアを育てるニーズに応えようと立ち上がったのが、インターネットイニシアティブ(IIJ)だ。同社は、ネットワーク技術とソフトウエア開発技術に精通したエンジニアを育成する「IIJアカデミー」を開設。実践的な教育プログラムを用意して経験豊富な現役社員が指導する内容で、学び直したい技術者の声にも応える。
岸田文雄首相は昨年10月に行った所信表明演説で、成長分野に就業するためのリスキリングなどの「人への投資」策を拡充し、5年間で1兆円を投じると表明。経産省は、22年度の第2次補正予算に753億円規模のリスキリング関連施策を盛り込んだほか、IPAと連携して社会人やDXの推進役が習得すべき能力を示すデジタルスキル標準を取りまとめた。
帝国データバンクが2期連続増収増益と業績が好調な中小企業834社を対象に「DXへの取り組みに関するアンケート調査」を昨年11月実施したところ、9割近い企業がDXが「必要」と認識する一方、実際にDXの成果が出ている企業は約2割にとどまった。
DXを推進する上での課題と障害について複数回答で尋ねると、「対応できる人材が不足」(54.1%)の割合が最も高かった。DXの成功要因を問う項目でも「適切な人材の存在」(35.8%)を挙げる企業が最も多く、これに「経営層のDXに関する知見や熱意」(35.1%)や「適切なDX戦略の策定」(32.8%)などが続いた。同社は調査結果を踏まえて、人材確保と経営陣の姿勢が、DX成功のカギを握るとの見方を示した。
政府は昨年12月の閣議で、デジタル技術で地方活性化を促す「デジタル田園都市国家構想」の5カ年の総合戦略を決定。この中で、デジタル技術を地域の課題解決につなげる「デジタル推進人材」を26年度までに230万人育てる目標を明示した。経済の成長力に直結するDXのけん引役を量と質の両面からどこまで充実化させることができるか。官民の本気度が試されようとしている。