2021.01.07 【2021年注目の先端技術特集 】JSTが 窒化ガリウムでMEMS振動子開発

[図1]両持ち梁型GaN系MEMS振動子の作製。開発したGaN結晶膜で両持ち梁型のMEMS振動子を作製した。Si基板上GaN薄膜成長層に、スピンコーティングでフォトレジストを塗布し、レーザー描画でマスクを作製。さらにドライエッチングでGaNとAlNを削り取り、化学エッチングでフォトレジストを除去し、Siを離型した

[図2]GaN系MEMS振動子の座屈モードの温度依存性。左:周波数温度係数(TCF)。最高で約マイナス5ppm/Kと、低いTCFが得られた。右:品質係数(Q値)。10万以上と、GaN系MEMS振動子としては最高値を達成した。温度上昇に伴う変化が少なく、600ケルビンまで上昇しても悪化しなかった[図2]GaN系MEMS振動子の座屈モードの温度依存性。左:周波数温度係数(TCF)。最高で約マイナス5ppm/Kと、低いTCFが得られた。右:品質係数(Q値)。10万以上と、GaN系MEMS振動子としては最高値を達成した。温度上昇に伴う変化が少なく、600ケルビンまで上昇しても悪化しなかった

 JST戦略的創造研究推進事業において、物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点のサン・リウエン独立研究者(JSTさきがけ研究者兼任)は、窒化ガリウム(GaN)の熱によるひずみを制御することで、高温でも安定に動作するMEMS振動子を開発した。

 高速大容量の第5世代移動通信システム(5G)には高精度な同期が求められ、そのためには一定周期の信号を発生させる「タイミングデバイス」として優れた時間安定性と時間分解能を両立させた高性能な周波数基準発振器が必要。従来の水晶発振器は集積性が悪く応用は限定的だった。微小電気機械システム(MEMS)発振器は高性能で集積性に優れているが、シリコン(Si)系MEMS振動子は高温で品質が悪化するという問題があった。

 同研究では、優れた特性を持つGaN結晶を、引っ張りひずみを制御しながらSi基板上に成長させることに成功。さらに、このGaN結晶膜で作製したMEMS振動子は、温度が600ケルビンまで上昇しても自ら温度上昇に対応して安定に動作することを実証した。熱によって内部に生じるたわみによって性能が維持されたと考えられる。今後、GaN系MEMS振動子の5G向けタイミングデバイスへの応用が期待される。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)研究領域:「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」(研究総括:花村克悟東京工業大学工学院教授)、研究課題名:「分極場工学による界面フォノン輸送の最適化」、研究者:サン・リウエン(物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点独立研究者)、研究実施場所:物質・材料研究機構、研究期間:令和元年10月~令和4年3月。

<研究の背景と経緯>

 5Gによって高速大容量、多接続、低遅延が実現すれば、人が持つデバイスからIoTまで幅広い需要が期待される。携帯電話、自動運転や先進運転支援システム、鉄道などの通信には高精度な同期が求められ、そのためには一定周期の信号を発生させる「タイミングデバイス」として優れた時間安定性と時間分解能を両立させた高性能な周波数基準発振器が必要。

 従来の水晶発振器は大きく集積性が悪いため、半導体電子デバイスへの応用は限定的だった。一方で、MEMS発振器は、熱安定性、位相雑音の低減、周波数の調整、小型化によるCMOS(相補型金属酸化物半導体)との集積性に優れ、タイミングデバイスの強力な選択肢となっている。

 時間安定性は通常、周波数温度係数(TCF)で表される振動子の熱安定性が影響しており、時間分解能は品質係数(Q値)で定める。正確なタイムセンシングには、高温でも安定に動作し、低いTCFと高いQ値を兼ね備えたMEMS振動子が求められる。

 通常、Si系MEMS振動子は弾性体のTCFが負で、最高でもマイナス30ppm/K(百万分率毎ケルビン)程度。温度上昇に対応して安定に動作させるための様々な工夫によりTCFは改善されてきたが、いずれも振動子のQ値が低く、特に高温で悪化するという課題があった。

<研究の内容>

 窒化物半導体の一つである窒化ガリウム(GaN)は、バンドギャップが大きく、独特の圧電特性を持ち、熱安定性が高く、化学的に不活性で、IoTセンサーや通信におけるMEMS周波数基準発振器の振動子として有望視されている。Si基板上のGaN「GaN-on-Si(ガン・オン・シリコン)」の品質が向上すれば、MEMS振動子がCMOS技術と統合される可能性はさらに高まる。特に、エピタキシャル膜のGaNと基板Siの結晶構造が似ていないことによるひずみを、エピタキシャル成長方法や構造設計から調整でき、デバイス工学の新たな戦略になる。

 今回の研究では、有機金属気相成長法(MOCVD)を用いてSi基板上に高品質GaN結晶を成長させることに成功した。GaNとSiの界面のひずみを除去するための、大きな内部ひずみを実現するGaNを、Si上に直接成長させた。MOCVD成長での温度の下げ方を最適化したことによって、亀裂がなく、ひずみ除去層を用いる従来手法に匹敵する高品質のGaN結晶膜を得た。

 このGaN結晶膜で、レーザー描画技術やSi離型技術を用い、両持ち梁型の構造をしたMEMS振動子を作製した(図1)。Si離型の前後でそれぞれ770メガパスカル、640メガパスカルの引張応力が得られた。

 作製したGaN系MEMS振動子には二つの共振モードがある。典型的な曲げモードを除くと、引っ張りひずみによって誘発される特別なモードも観測される。これらは、座屈モードに分類される。両持ち梁型振動子では、曲げモードの共振周波数はヤング率で決まるが、座屈モードの共振周波数は座屈たわみとヤング率の両方で決まる。温度が上がるとヤング率は低下するが、座屈たわみは増加する。GaNとSiの熱膨張係数は温度によって異なるため、熱によって内部に生じる応力が座屈たわみを起こす。そのため、座屈モードの温度に対する周波数安定性は大幅に改善した。

 座屈モードのTCFの温度依存性を調べたところ、最高でマイナス5ppm/Kと、Si系MEMS振動子の6分の1の低いTCFが得られた。最高のQ値は10万以上と、GaN系MEMS振動子としては最高値を達成した。温度上昇に伴う変化が少なく、600ケルビンまで上昇しても悪化しない。GaNとSi基板の熱膨張率の差が大きなひずみを誘発してエネルギーを蓄え、高温でのQ値の向上に寄与したと考えられる。

<今後の展開>

 開発したGaN系MEMS振動子とそのひずみ制御技術は、周波数基準発振器の時間安定性と時間分解能を大幅に向上させる。小型で高感度なため、CMOS技術との統合による高集積化によって5G通信とIoT向けタイミングデバイス、車載アプリケーションおよび先進運転支援システムへの応用が期待される。

 <資料提供:科学技術振興機構(JST)>