2021.03.09 【この一冊】「自動車新常態 CASE/MaaSの新たな覇者」中西孝樹著 日本経済新聞出版
「自動車新常態 CASE/MaaSの新たな覇者」
東日本大震災から10年。当時、自動車産業は膨大なサプライチェーンが寸断し、ルネサスのMPU工場が稼働不能となって日本車メーカーは生産停止を余儀なくされた。
大規模災害を教訓に、国内自動車メーカーとティア1は、供給網の二重化・地域分散を推進。トヨタと富士通が共同開発したクラウド解析システムは、10万拠点・40万品目のデータ管理を可能に。供給網の見える化により、コロナ危機でも短時間で迅速な対策を打ち出せたという。
とはいえ、ロックダウンが複数国に拡大する事態は未知のリスクだった。パンデミックは、さらなる拠点分散や国内拠点の確保という課題を浮き彫りにした。
著者によれば、コロナ禍が自動車産業に及ぼした最大の影響は「デジタル革命に向けた変革への時間的猶予を奪い、そして財政的なゆとりを取り払ったことにある」。
従来、自動車産業はデジタル化に出遅れているといわれてきた。完璧さが求められる安全性を担保しながら、信頼性の高い走行を実現するには、旧来の設計概念を前提とせざるを得なかった面がある。装置産業で構造的に固定費が高いこと、内燃機関の技術やサプライヤ、ディーラーなどレガシー(遺産)の「呪縛」を脱するのも容易ではない。
そこに、レガシーを持たず、身軽な企業構造のテスラがやすやすと旧来のOEMメーカーを飛び越えた。昨年7月、年間生産台数37万台の企業の時価総額が1000万台超のトヨタのみならず、ホンダ、日産の国内大手3社合計を上回った。直線的な成長カーブを描く自動車産業とは対照的に、「データやソフトウエアで収益基盤を構築し、IT企業が築いたような指数関数的な規模成長を実現できるプラットフォーマーと同様の評価」を受けたためだ。「これまでリアルなものづくりや、リアルな顧客接点に成り立った自動車産業にも、いよいよデジタル化の荒波が押し寄せる」と著者は警鐘を鳴らす。
絶好調のテスラだが、販売台数の増加に伴って、品質維持やメンテナンスなど伝統的な自動車メーカーが長年担ってきたサービスを提供する段階を迎える。これから立ちはだかる壁を乗り越えなければ、さらなる成長は見込めない。「日本にはソーシャルディスタンスによるモビリティの大きな構造変化は起こらない」、中国の新エネ車規制でハイブリッド車が認められたことで「日本の自動車産業は安泰どころか、今後の戦いに向けて戦略を練り直さなければならない」など興味深い指摘・分析も多い。
自動車業界にとって、コロナによるニューノーマルは攻めの機会でもある。世紀の大変革と自己改革を「是が非でも実行せねばならない」と説く。
日本経済新聞出版。232ページ、1700円(税別)。