2021.11.04 【パワーデバイス特集】SiCパワーデバイスの発展に貢献するWolfspeed社

省エネのカギを握るパワー半導体

はじめに

 近年の省エネルギーやCO₂排出量削減の要求を受け、産業、自動車、通信分野等で、いっそうの小型化・高効率化、電力密度向上が求められている。半導体分野の中でも、地味な存在と思われがちなパワー半導体は、実は世の中の省エネ化の鍵を握る重要なデバイスだ。というのは、電気自動車(EV)に使われるモーターや充電機器、エアコンなどの家電製品のコンプレッサー用モーターからデータセンターなどIoT機器への電力変換に至るまで、全てこのパワー半導体によって電力が供給されているからだ。

 特に、ワイドバンドギャップ・パワー半導体と呼ばれるシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)は、従来のシリコン(Si)に比べ、この省エネ・高電力密度化に向けて、大きな役割が期待されている。

 本稿では、SiCパワー半導体が既に活躍している応用分野、大きく期待される応用分野例をいくつか紹介し、最後に今後の動向についても紹介する。

1.そもそもSiCパワー半導体って何?

 SiCパワー半導体は、Siパワー半導体に比べて高効率化、小型・軽量化が可能と言われているが、その理由はなんだろう? 図表①にまとめたように、低損失、高耐圧、高速スイッチング、耐熱性などの優れた材料特性を有しているからだ。

 多少語弊があるが、分かりやすくズバリ簡単に言うと、SiCはSiに比べ、電気を通しやすく、オンオフの切り替え時にも損失が小さく、大きな電圧にも耐えられ、発生した熱を速やかに放出できるということになる。同様な特性は、GaNや酸化ガリウム(GaO₃)なども有しているが、市場への普及といった点で、SiCが先を行っている。

 図表②に、Wolfspeed社のMOSFETの構造図を示す。MOSFETの構造はSiもSiCもほとんど同じだが、図表①に示した材料特性により導通損失を大きく減らすことができる(ドリフト層厚み10分の1、不純物濃度100分の1にした理想的な場合なら1000分の1)。

 Wolfspeed社のMOSFET第2、第3世代プロセスは共にプレーナー型と呼ばれ、その最もシンプルな構造を取っているため、製造工程の簡略化・低コスト化と高信頼性が特徴となる。最新プロセスの第3世代(Gen3)は、業界トップクラスの低い導通損失(オン抵抗)を実現している。

 Gen3の特徴は、低電圧駆動(+15VGate Drive)、オン抵抗上昇の温度依存性が少ない(~1.3xincrease RDSon over Temp)、車載対応品質などである。この最新プロセスで、650V、900V、1000V、1200V、1700V耐圧のSiC-MOSFETを提供している。

2.SiCパワー半導体の普及が既に成熟期にある応用分野

 Wolfspeed社のSiC-MOSFETシリーズがターゲットとする応用アプリケーション例は、サーバー用電源、産業用UPS、太陽光発電など多様だ。

 この中から、既にSiCが普及期および成熟期にある三つの応用例を紹介する。まず、サーバー、テレコム、汎用(はんよう)電源などのPFC(力率改善)回路と太陽光発電のMPPT(最大電力点追従制御)の二つの回路がある。

 これらの回路にはSiCショットキーバリアダイオードが多く使用されている。理由は、SiCショットキーバリアダイオードの持つゼロ逆回復特性で、電流がオンからオフに切り替わる時のスイッチング損失がほぼゼロになるからだ。

 三つ目の例は、電力変換効率に関する標準規格80PULSの最高グレードの「チタン」を満たす2.2kWトーテムポールPFC回路だ。スイッチング用にSiC-MOSFET(C3M0060065J/650V/36A/TO-263)を64kHzでスイッチングさせ、整流用にSiのファーストリカバリーダイオードを使用し、高効率と低コストの両立を図っている。Si-MOSFETを用いた最高効率デモボードの97.2%を1.5%上回り、98.7%もの高効率を得ており、THD(Total harmonic distortion 全高調波歪)は3.5%以内を達成する。

3.EVにSiCパワー半導体が使われる理由

 世界の大手自動車メーカーは相次いでEV化を進める意向を表明している。GM(General Motors)は2035年までに全車種をEVにし、日産自動車は30年代前半に新モデルを全て電動化する計画である。ボルボは全販売車両を30年までにEVのみにし、BMWとフォルクスワーゲンは、同年までに欧州でのEV販売比率をそれぞれ50%と70%に引き上げるという。

 しかし、EVは、価格と航続距離という二つの大きな課題に直面している。スイッチング周波数を高め、放熱性能を向上させるSiCパワー半導体の活用は、車載コンポーネント(トラクションインバーターやオンボードチャージャー)を小型/軽量化し、これらの課題を解決する一つのアプローチになっている。欧州のある車メーカーは「こうしたメリットによって、トラクションインバーターの電力損失を70%以上削減でき、車載バッテリー充電器のサイズを25%縮小できる」とも述べている。

 次に、EVなどの大電力変換器に最適な最先端SiCパワーモジュールの新開発製品とその性能を紹介する。

 図表③に、SiCパワーデバイスが持つ高温動作、高速スイッチなどの利点を十分に生かせるWolfspeed独自のパワーモジュール「XM3」の特徴を示す。Modular配置ができ、拡張性があり、バスバー接続が容易で、低インダクタンスのためフルブリッジや3相ブリッジ回路の小型化が実現する。インバーター出力が200、250、300kW用に最適化できるよう、電流定格を変えた3種類の製品を準備している。

 図表④は、パワーモジュールXM3と同等の性能を持つほかの業界標準パワーモジュールとの大きさの比較を示す。業界標準の62ミリメートルハーフブリッジパワーモジュールとWolfspeed社の独自のXM3パワーモジュールとを比較すると、大きさで50%小さくなり、寄生インダクタンスが50%低減できる。

 図表⑤は、この世界最小のSiCパワーモジュールXM3を使用した300kWインバーターのデザイン例である。シリコンIGBTパワーモジュールを使用した同出力容量のインバーターと比べ、電力密度が10倍、インバーター重量が半分以下になる。XM3の特徴である低インダクタンスとラミネートバスバーの使用により、スナバーレス化も実現しており、さらなる小型化・低コストにも寄与している。

4.V2X用6.6kW双方向AC/DC

 EVやプラグイン・ハイブリッド車には、内蔵された大容量のリチウムイオン電池を充電するために、オンボードチャージャー(OBC)と呼ばれる電力変換器が搭載されている。AC200Vなどの交流電力系統から、所定の電圧に変換された直流電圧で車載電池を充電する仕組みだ。さらに、V2G(Vehicle to Grid)と呼ばれる車載電池から電力系統へ電力を供給するシステムにも応用できる機能も持たせている。

 図表⑥に業界トップクラスの高電力密度3.3kW/Lを達成したV2G対応6.6kW双方向AC/DCコンバーターの回路構成、その仕様を示す。

 本デザイン設計は、箱形の冷却用ヒートシンク内にPFC用インダクターやCLLC用コンポーネントを収納して小型化を図り、3.3kW/Lもの高電力密度を達成している。

 CCM Totem Pole PFC回路にはC3M0060065K(TO-247-4)を2並列で使用しており、動作スイッチング周波数は67kHzとして、DC-link電圧を380~425V範囲に固定し、650V耐圧MOSFETを使用できるようにし低コスト化を図っている。双方向(Bi-Directional)CLLCにはC3M0060065Kを1個/スイッチで使用し、150~300kHzの可変周波数で双方向の入出力直流電圧を制御している。

 図表⑦に6.6kW双方向AC/DC変換の総合効率の測定結果を示す。充電モードの最高効率は96.8%、放電モードのそれは97%と非常に高い効率が得られた。

まとめ

 SiCパワーデバイスは、ここで紹介したように産業機器の電源や、太陽光パワーコンディショナー、EV充電器(オンボードチャージャーOBCや急速充電器)などに既に多く使用されている。今後、EVの急速な増加を背景に、SiCパワー半導体のトラクションインバーターへの採用が活発になってくると期待されている。

 調査会社Yole Développementの予測によれば、パワーデバイス市場は180億ドル規模から2025年には230億ドルと4%の年平均成長率が見込まれている。これに対し、SiCおよびGaNの化合物半導体はおよそ9億7700万ドルから40億ドルへとパワーデバイス市場の10倍の成長率で伸びる見通しという。

 Wolfspeed社は、これまで30年間のワイドバンドギャップ半導体のグローバル・リーダーとしての役割を果たしてきており、図表⑧に示すように、SiCウエハー(インゴット、サブストレートからエピウエハーまで製造)および、SiCパワーデバイスを開発・製造・販売する垂直統合型パワー半導体メーカーである。

 Wolfspeed社は、より一層のSiCパワー半導体の性能の向上、積極的な投資による量産能力拡大による低コスト化を推進し、SiCパワー半導体の応用範囲を飛躍的に広げ、Siパワー半導体をSiCパワー半導体で置き換えることを社会的使命としている。

 Wolfspeed社Lowe CEOは、「SiCパワー半導体はEVと同様にSカーブをたどって5年で普及するとみられ、現在はその始まりのきっかけとなる劇的な技術転換期にある」と言う。この予想される需要増に応えるため、Wolfspeed社は世界最大のSiCファブを建設中で、22年には生産を開始する予定である。ニューヨーク州マーシーに新設するこのSiCファブは世界初の200ミリメートルウエハーを用いたSiCパワー半導体専用の製造工場で、従来の150ミリメートルウエハー・ラインに比べて大幅なコストダウンが見込まれている。

 このようなSiCパワーデバイス革命により、今後SiCのコストダウンが続けば、30年までにはSiCがSi-IGBTと市場で競合するようになり、幅広いEV車種に採用されるとみられている。そうなった時には、さまざまな市場が視野に入ってくる。産業用インバーター、変電設備、一般的な産業用機器に加え、白物家電も対象となるかもしれない。近い将来、EVはSiC市場拡大のほんの一角になっているかもしれない。

 紙面上割愛したが、SiC材料特性の優位性ゆえに、Siでは実現不可能だった新興の製品開発も進んでおり、応用範囲のさらなる広がりにも期待が大きい。〈Wolfspeed〉

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