2022.04.07 より安全でインテリジェントな自律型ロボットの設計 TI

倉庫でタスクを実行するロボット

レーダー・センシングを使用するロボットレーダー・センシングを使用するロボット

 自律型移動ロボット(Autonomous Mobile Robot:AMR)とは、高い認識能力と理解力を駆使して、構造化されていない環境で移動することができるロボットのこと。これは比較的歴史の浅い技術だが、ファクトリー、倉庫、市街地、家庭でもAMRの多様な使用事例がある。

 ロボットが自律性を実現するには、環境の検知および認識とマップ内での自らの位置識別、自らの周囲にある各種物体の動的な検出と追跡、目標に到達するまでの経路の計画、その計画に従った移動装置の制御などが必要となる。加えて、ロボットは操作を実行しても安全である場合にのみ、これらの操作を実行する必要がある。それによって、人間、資産、または自律型システム自体にリスクを生じさせる状況を防止する。以前に比べて人間との近接性が高い、つまり人間のすぐ近くでロボットが動作している現状で、ロボットには自律性、移動能力、エネルギー効率が求められることに加え、機能安全も非常に重要になっている。設計者がISO 26262やICE 61508のような各種機能安全規格の厳格な要件を満たす上で、センシング、処理、制御を含め、さまざまな機能を果たすデバイスが役に立つ。

 AMRに関連する三つの主な課題を解決する必要がある。人間の存在を安全な方法で検出し、マップ作成と位置識別を行い、衝突を防止することだ。人間の存在を安全な方法で検出できるように、ロボットの周囲にセーフティー・ゾーン、言い換えると「セーフティー・バブル」を設ける必要がある。人間がこのセーフティー・バブルに立ち入ったときに、ロボットの低速化または動作停止をトリガーすることになる。

 マップ作成と位置識別については、AMRは自らが動作する環境に関するマップと情報を必要とする。AMRは、自らが環境内のどこにいるのかを把握することが重要である。それにより、AMRは充電を行うため、またはほかの作業を実行するために、最初の位置まで戻ることができる。最後に、衝突防止に関しては、AMRの移動の経路上に人間や物体が存在している場合、それらとの衝突を防止する必要がある。

自律型ロボットのセンシング機能

 ロボットにとってセンシングは非常に重要であるが、その点に関する理解を深めるために、人体を例に挙げてみる。人間には通常、五つの基本的な感覚、つまり、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚という五感がある。仮に私たちがそれらの感覚の一つまたは複数を失った場合、身の回りの世界で移動するのがかなり困難になり、障害物にぶつかる可能性も高くなる。

 同じ考え方をロボットに適用してみる。ロボットにセンサーがない場合、壁、ほかのロボット、人間を含め、障害物に衝突するのは確実だ。その結果、重大な負傷または損害を招く可能性がある。AMRを使用する場合に発生する課題を解決するために、ビジョン・センサーやレーダー・センサーなど、何種類かのセンサーを使用することができる。

 ビジョン・センサーは、人間の視界や認識能力をかなりの程度模倣することができる。ビジョン・システムは、高解像度の空間距離に対応し、物体とその機能のみを検出する能力を実現すると同時に、物体の位置識別、障害物検出、衝突回避の課題を解決することができる。また、LiDARのようなセンサーに比べると、ビジョン・センサーにはコスト効率が優れているという特長もある。ただし、ビジョン・センサーは演算集中型だ。消費電力の多いCPU(中央演算装置)とGPU(グラフィックス処理ユニット)は、電力に制約のあるAMRシステムに課題を投げかける。エネルギー効率の優れたAMRシステムを設計しようとする場合、CPUベースやGPUベースの処理を最小限に抑えるのが理想的である。

 ビジョン処理やセンサー・フュージョンに使用するSoC(システム・オン・チップ)は、スマートで安全、かつエネルギー効率が高いことが必須。高いレベルのオンチップ統合を通じて、これらを達成することができる。

 今度は、AMR内のレーダー・センシングを詳細に観察しよう。ロボット・アプリケーションでレーダーを採用するのは、比較的新しいコンセプトだが、自律性を目的としてレーダーを使用するという考え方は、以前から存在していた。車載アプリケーションの場合、レーダーは先進運転支援システム(ADAS)の重要な要素の一つであり、ドライバーを支援するために自動車の周囲を監視する目的で採用されてきた。ADASのこのようなコンセプトのうち、サラウンド・ビュー(周囲)監視や衝突防止のような機能を活用し、自律型ロボットに適用すると、AMRで発生するいくつかの課題を解決しやすくなる。

 3D存在検出機能を搭載したレーダー・センサーは、物体の距離、速度、角度といった3D情報を取得し、衝突を防止するために物体を迂回(うかい)する方法を伝達することができる。主に距離測定を目的として使用されているLiDARやToF(タイム・オブ・フライト)センサーに比べると、レーダー・センサーの方が的確な情報につながる。また、レーダーは人間の安全な存在検出を実現するのにも役立つ。レーダー・センサーのデータを使用し、AMRは人の位置、速度、軌道に応じて、自らの経路で安全な移動を継続できるのか、それとも速度を落とす必要があるのか、あるいは止まる必要があるのかの判断を下すことができる。また、レーダーは、ガラスやほかの透明な素材をより正確に検出することができる。この場合、ほかのセンサーはガラスやほかの透明な素材を通り越してしまい、正確に検出できない。また、光学センサーが困難に直面する難易度の高い環境条件であっても、レーダーはより高い信頼性を確保できる。レーダーは物体検出に光ではなく無線の電波を使用するので、雨、霧、雪といった屋外の環境や、ごみや煙が存在する屋内の環境でも、移動が可能になる。

センサー・フュージョンとAIを活用して
AMRの複雑な問題に対処

 より複雑なAMRアプリケーションの場合、どの種類のセンサーを使用するとしても、一つのセンサーだけでは自律性を十分確保できない可能性がある。人体の例をもう一度考えてみよう。人間の視覚は、私たちが周囲の状況を認識し、何かにぶつかる恐れなしに、ある場所からほかの場所へ容易に移動するのに役立つ。何も見えない真っ暗な部屋の中で移動しなければならないとしたら、どうすればよいだろうか。それは難しく、聴覚や触覚などほかの感覚に頼って、真っ暗な部屋の中を移動する必要ある。

 同じ考え方がセンサーにも当てはまる。レーダーは物体の検出と難易度の高い環境で長距離の認識能力を提供することに適している。ただし、物体の分類や物体の輪郭の精度という点では、2Dまたは3Dのカメラ・センサーの方が優れている。

 最終的に、カメラやレーダーのようなセンサーは、システム内で互いに補完する必要がある。

 センサー・フュージョンを通じて、さまざまなセンサー・モードの長所を活用することで、AMRの複雑な課題を解決することができる。

 AMRの複雑な課題を解決する別の方法は、エッジ側でAI(人工知能)を使用することだ。AMRシステムにエッジ側AIを内蔵すると、ロボットの認識能力と行動能力を改善し、よりスマートな動作を実現できることがある。エッジ側AIを採用したシステムの場合、そのシステム内のSoCが、認識と移動に関する複雑なスタックを高速かつ低消費電力で処理し、システム・コストも最適化する必要がある。また、システム効率を最大化するために、SoCは画像の歪み補正(dewarp)、ステレオ画像の奥行き推定、拡大縮小、画像ピラミッド(同じ絵柄で解像度が異なる複数の画像の集合。顕著な特徴の抽出などに使用可能)の生成、ディープラーニングなどの演算集中型タスクをオフロードする必要もある。

まとめ

 AMRで発生する課題は複数あるが、信頼性の高いセンシングを使用し、AIを内蔵することで、AMRの計画、認識、行動を改善できる。

 AMRは、ファクトリー、倉庫、市街地、家庭で生産性と効率を向上させ、人間と共存する環境で安全な動作を実現するのに役立つ。
 〈Manisha Agrawal,Jitin George(Texas Instruments)〉