2024.01.11 【2024年注目の先端技術特集】九州大などの研究グループ IJ印刷で高速にスピントロニクス素子を作製フレキシブルなスピンゼーベック熱電変換素子を実現

発電電圧が小さいというスピンゼーベック熱電変換素子の課題に対し、インクジェットプリンターを用いてパターニングすることにより、発電電圧の増強に成功した。本手法はフレキシブルなシートにも有効

概要

 磁性絶縁体に熱を与えることで、熱から電気を取り出すことが可能となる、スピンゼーベック効果(※1)が次世代の熱電変換素子、熱流センサーとして注目を集めている。スピンゼーベック熱電変換素子(※2)は従来の熱電変換素子と異なり、熱の流れと電流方向が直交するという特徴を持ち、従来素子よりも薄型、フレキシブルに作製できるという利点を持つ。一方で、発電電圧が従来素子に比べ小さいという問題があった。

 九州大学大学院システム情報科学研究院の黒川雄一郎助教、湯浅裕美教授、岐阜大学工学部の山田啓介准教授の研究グループ(※3)は、インクジェット印刷による新規な手法を用いて素子のパターニングを行い、スピンゼーベック熱電変換素子の発電電圧の増強を実証した。この手法では、原料となる磁性絶縁体ナノ粒子や導電性金属ナノ粒子をインクとしてインクジェットプリンターに投入することで、画像を印刷するように素子を印刷できる。したがって、高速に素子が作製できるというメリットを持つ。さらに、フレキシブルなプラスチックシート上に印刷された素子が十分な柔軟性を有することを確認し、100回程度の曲げ動作を行っても素子の性能にほぼ劣化がないことを実証した。

 IoTを効率的に活用する社会を実現するためには、大量の環境発電素子やセンサーを生産することが必須。このためには、高性能な素子を高速に作製する必要があり、今回提案および実証したインクジェット印刷法ではそれを実行できる可能性を秘めている。

 同研究成果は2023年12月2日(現地時間)、ドイツの雑誌「Advanced EngineeringMaterials」にオンライン掲載された。

研究の背景と経緯

 スピンゼーベック熱電変換素子は、磁性絶縁体中の電子スピンの流れを熱で励起することによって、温度差から電流を取り出すことが可能となる熱電変換素子の一種。従来の熱電変換素子では温度差と取り出す電流の方向が同じ方向であったことに対し、スピンゼーベック熱電変換素子では、温度差と取り出す電流の方向が互いに直交しているため、従来素子よりも薄型、フレキシブルにすることが可能であるメリットを有する。このようなメリットは、可動部や曲面など、どこにでも設置可能な環境発電素子やセンサーを開発する上で都合がよく、IoT技術と高いシナジーを有する。一方で、スピンゼーベック熱電変換素子は発電する電圧が小さいという問題があった。

研究の内容と成果

 われわれは、スピンゼーベック熱電変換素子を直列に配列することでサーモパイル構造と呼ばれる構造を作製し、発電電圧を増大させる試みを行った。特に、この構造を作製するための手法として、インクジェットプリンターを用いた印刷法による素子の加工を提案した。この手法では、まず、スピンゼーベック熱電変換素子の原料となる磁性絶縁体ナノ粒子と、サーモパイル構造を作製するための導電性金属ナノ粒子の分散溶媒をインクとしてインクジェットプリンターに投入。その後、あらかじめ作製したサーモパイル構造のPDF画像をもとに、フレキシブルなプラスチックシートに印刷を行った。この手法で、多くの素子を一括かつ高速に作製することに成功した(図1、2参照)。また、印刷サーモパイル構造により、発電電圧を従来のおよそ20倍まで増強することに成功した(図3参照)。さらに、100回程度素子を曲げても発電の特性が変わらないことを実証した。

【図1】導電性金属ナノ粒子、磁性絶縁体ナノ粒子の分散溶媒をインクとしてインクジェットプリンターに投入し、印刷を行う。右図ではプラスチックシートに印刷したスピンゼーベック熱電変換素子を示しており、一連の印刷プロセスで多数の素子が一括で作製できていることが分かる
【図2】熱流から励起された電子スピンの流れを電流に変換するために、印刷後の素子に重金属をスパッター成膜する。その後、導電性ワイヤ間を絶縁するためにピンセットでケガく。最終的に右図のようなサーモパイル構造のスピンゼーベック熱電変換素子が完成する
【図3】直列につないだ素子数を変化させてスピンゼーベック熱電変換素子を印刷し、熱から発電を行った場合の発電電圧を図に示している。直列につないだ素子の数を増やしていくとおおよそ数に比例して発電電圧が増大し、最大でおよそ20倍まで増強されていることが分かる

今後の展開

 今回、インクジェットプリンターを用いてスピンゼーベック熱電変換素子を印刷する技術を実証した。この技術はスピンゼーベック熱電変換素子だけでなくさまざまな磁性デバイスを作製することに役立つと考えられる。また、IoT社会では、大量のセンサーや環境発電素子を高速に生産する必要がある。

 本研究で提案したインクジェット印刷による素子作製技術はこの要求を満たすことができ、IoTを活用する社会を実現するために役立つことが期待できる。

 なお、本研究はJST、ACT-X、JPMJAX21K5、JSPS科研費(JP22H01557、JP22KK0056)、文部科学省次世代 X-nics半導体創生拠点形成事業 JPJ011438、パロマ環境技術開発財団、荏原畠山記念文化財団、マイクロン財団の助成を受けたもの。

<資料提供:九州大学>

【用語解説】

(※1)スピンゼーベック効果:磁性体に熱流を印加することにより、熱流方向に電子スピンの流れを励起する効果。この効果は磁性金属のみならず磁性絶縁体でも得られる。

(※2)スピンゼーベック熱電変換素子:磁性体の上にスピン軌道相互作用の大きい重金属薄膜を積層すると、熱流で電子スピンを励起したときに重金属層に電子スピンが流れ込む。重金属層のスピン軌道相互作用により電子スピンは電流に変換される。この手法で発電を行うものをスピンゼーベック熱電変換素子と呼ぶ。

(※3)研究グループ:本論文著者(全員)

九州大学大学院システム情報科学研究院:黒川雄一郎(助教)、湯浅裕美(教授)

岐阜大学工学部:山田啓介(准教授)。