2024.12.03 横浜を半導体の技術先端都市へ! 産学官の取り組み

「いずれは横浜国大からスピンアウトし、オープンな研究機関としたい」と語る井上准教授

井上准教授が11月に登壇したイベントでは、マクニカの佐藤剛正常務(中央)、レゾナックの池内孝敏開発センター長(右)とトークセッションを行った井上准教授が11月に登壇したイベントでは、マクニカの佐藤剛正常務(中央)、レゾナックの池内孝敏開発センター長(右)とトークセッションを行った

 横浜を半導体の研究開発拠点にしようとする動きが始まっている。横浜にはTSMCのデザインセンターがあるほか、半導体や電子部品関連日系企業の本社や研究拠点が近隣にある。さらには、サムスン電子がみなとみらい21地区に研究拠点の開設を計画していることもあり、産学官連携でイノベーションを生む体制を整える。どのような拠点を横浜の地につくり出すのか、取り組みを主導する横浜国立大学(以下、横浜国大)の井上史大准教授に話を聞いた。

後工程と最新の技術動向

 井上准教授の専門は「後工程」と呼ばれる半導体の製造工程で、横浜を後工程の研究開発拠点にしようと取り組みを進める。まずは、後工程と最近の技術動向について解説したい。半導体の基となるウエハーに回路を形成する前工程に対し、ウエハーをチップに切り分け、回路の保護のためのパッケージングや電極形成を行い、デバイスの形に作り込むのが後工程だ。これまで前工程における回路線幅の微細化進展が半導体の技術革新を支えてきたが、今、後工程による技術革新が期待されている。

 後工程の進化の核となるのは「チップレット」と呼ばれる技術だ。複数のチップを1パッケージに収めることで、多機能なチップを形成する。現在さまざまな機能を有する統合的なシステムを1チップにまとめるSoC(システム・オン・チップ)が主流となっているが、これをそれぞれの機能を別々のチップに分け、後工程で1枚にまとめる。性能の異なるチップを組み合わせられるので最適な設計ができ、多品種の半導体を低コストで作ることができる。歩留まり(良品率)の向上にもなる。

 微細化・高密度化により前工程での性能向上を図ってきた半導体業界。しかし現在、微細化のための研究開発投資が高額になり、製造できる技術力を持つ企業も限られている。この傾向は、技術力と資本力を有するTSMCに受託製造のシェアが集中している原因でもある。そのため、後工程による技術革新が日本の半導体復活の一つの柱として期待されている。

 井上准教授が取り組むのは、その中でも3次元実装と呼ばれる分野。チップ同士を横方向ではなく縦方向に接続させることで、配線距離を短くし、低電力化を実現する。デバイスの小型化にもつながる。井上准教授は「3次元実装は究極のチップレットといえる」と語る。

横浜の取り組み

 このように技術革新が期待されるチップレットを中心とした後工程の研究開発拠点として、横浜全体での取り組みが始まっている。それを主導するのが横浜国大で今年度から開設された「半導体・量子集積エレクトロニクス研究センター」だ。井上准教授は同センターの副センター長も務めている。企業と連携して後工程の共同研究を進めるほか、人材育成のためのプログラムも計画する。

 それでは、なぜ大学単体での取り組みではなく共同研究が後工程では必要なのか、また、なぜその拠点を横浜とすべく動いているのか。理由は以下の3点。

・材料・装置メーカーなど各領域での連携が必要

・半導体関連企業が進める複数のプロジェクト拠点が横浜に点在

・みなとみらい地区におけるサムスン電子など研究開発拠点開設の動き

 まず、後工程で共同研究が必要になる理由について。開発のロードマップが明確な前工程に対し、後工程ではさまざまなアプリケーションに対応する必要があり、それに応じて材料や製造装置を用意しなければならないので、関係各所の緊密な連携がより必要になる。そのため、後工程を軸にオープンな研究開発を進めることにした。井上准教授は「今後先端的な研究が求められる分野でもある」と話す。

 次に、横浜を研究拠点とする理由について。もちろん井上准教授をはじめとして横浜国大が知見を持っていることもあるが、最大の理由は近隣に半導体関連企業が多いことにある。材料メーカーのレゾナックは新川崎で後工程の研究開発を主導する「JOINT2」を進めている。サムスン電子もみなとみらいに後工程の研究拠点開設を昨年発表した。ほかにも、新横浜にはエレクトロニクス商社のマクニカがあり、ユーザー目線の研究を進められる下地がある。

 横浜国大の研究センターの特長はほかにもある。それは文理融合型であることだ。センター長は経営学が専門の真鍋誠司教授が務め、センターを構成するラボには「社会価値イノベーションラボ」という文系のラボもある。オープンイノベーションの中で課題となるエコシステムのデザインやマネジメント、知的財産権に関する戦略やスタートアップ支援など、人文社会学的観点から研究開発を進める。

 井上准教授は、自身も勤めていた経験のあるベルギーの研究機関「imec(アイメック)」を引き合いに出し、「横浜で日本版アイメックをつくりたい」と展望を語る。現在大規模投資が進む九州や北海道のように工場を建設する土地はないが、本社機能や研究機関の多い横浜だからこそできること。「現在横浜を含め首都圏の半導体業界の動きは、個々の力はあるものの連携が不十分。中立的な国立大学という立場から、オープンイノベーションの枠組みをつくりたい」(井上准教授)。

人材育成に向けて

 同センターでは、研究開発に加えて人材育成に向けた取り組みも進める。足元の技術者よりも研究に携わる高度人材の育成を掲げ、半導体全般についてのリスキリングプログラムや大学院生向けのプログラムを来年度からスタートする。

 近年、半導体復活に向けた動きが活発になったことで、「以前より学生が半導体に興味を持ってくれている」(井上准教授)という。それにはラピダスが連日ニュースになり、注目が集めているのも大きいそうだ。だからこそ、井上准教授は「この波を止めたくない。若い世代に夢を持ってもらえるよう取り組みを進めたい」と意気込んだ。