2025.01.17 【新春インタビュー】TDK 齋藤昇社長
変わり続けることで社会に貢献
―2024年はどんな年でしたか。
初の長期ビジョン公表
齋藤 24年5月に24年度からの「新中期経営計画(3カ年)」を発表しました。それと同時に、25年の創業90周年を前に、初めて長期ビジョン「TDK Transformation」を公表しました。
背景にあるのは、現代は社会情勢などが激変する時代であり、短期的にはいろいろなことに直面すると思いますが、長期的な観点でTDKがどういう会社になりたいのか、どういう会社になるべきなのかを考えるのが重要と判断し、時間をかけて議論しました。その結果がTDK Transformationです。
―長期ビジョンのポイントを教えてください。
齋藤 二つの思いを込めています。1点目は「社会のトランスフォーメーションへの貢献」です。DXやGX、サステナビリティートランスフォーメーションなどを総称して「社会のトランスフォーメーション」と呼んでいますが、これらはいずれも長期的に進化し続けていきます。ここに対し、当社のコアテクノロジーで、しっかりと貢献していきます。
二つ目は、社会のトランスフォーメーションに貢献していくには、私たち自身もトランスフォームし続けないといけない、という思いです。「変わり続ける」ことが当社の長期での姿ということです。
そしてこのビジョンからバックキャストする形で中期計画を策定しました。
―24年度上期は増収増益となり、営業利益は上期として過去最高でした。
ICT関連が回復
齋藤 市場別の大きなドライバーは、スマートフォンやHDDなどのICT関連が回復傾向になってきたことがあります。それに伴い、バッテリービジネスやHDD用ヘッドやサスペンションの販売で想定以上に実績を上げることができました。加えて為替が想定より円安で推移したこともポジティブな要因でした。
このほか、営業利益の押し上げでは、バッテリーの材料価格下落も一部影響しましたが、自力での要因としては、小型二次電池のグローバルシェアを少し向上することができ、また、シリコン負極を使用した新製品の販売比率が上がったことも寄与しました。
―24年は中国市場低迷やEV(電気自動車)市場減速が指摘されましたが、影響はいかがでしたか。
齋藤 24年は産業機器市場の低迷が継続しましたし、BEV(バッテリーEV)市場の減速も認識しています。しかしながら、私自身は、BEV、HEV、PHEVを含むトータルの「xEV」という見方をしています。24年はBEVに調整が入りましたが、逆にHEVやPHVは想定よりも少し伸びる動きになっています。BEVの調整はもう少し続くと思いますが、中長期でxEVの枠で見ていけば、右肩上がりの流れは変わらないと思います。
―産機市場の回復はいつ頃とみていますか。
齋藤 25年のどこかのタイミングで回復に向かうことを期待しています。底は打ったと思いますが、目に見える形での回復がいつ頃になるかを注視しています。
―米国では今月からトランプ政権が始まりますが、対策などは考えていますか。
齋藤 当社の事業では、中国で生産して直接米国に輸出する製品の比率はわずかですので、直接的な影響はそれほど大きくないとみています。ただし、いろいろなことが起こり得ますので、しっかりと現地の情報を収集していきたいと思います。当社は米国も含めて地域本社機能を強化していますし、米国には執行役員も配置して情報収集機能を強化していますので、可能な限りタイムリーなアクションがとれる体制をとっています。
生産拠点戦略では、中国市場は大事ですので中国拠点は重要ですが、同時に、米大統領選以前から「チャイナプラスアルファ」として、中国プラスアルファの生産拠点戦略を展開しています。一例としては、バッテリービジネスでは、「中国プラスインド」として数年前からインドで少量生産を始めていますが、25年夏にはインドの新工場が稼働する予定です。
受動部品では、例えば「チャイナプラスフィリピン」などの拠点戦略を展開していきます。
「フェライトツリーの進化」掲げる
―新中計では、「フェライトツリーの進化」を掲げています。
齋藤 フェライトツリーは当社独自の表現になります。フェライトは当社の祖業ですが、当社はフェライトという磁性材料を世界で初めて工業化し、そこから当社の材料技術が始まり、それを製造するためのプロセス技術が生まれ、そうしたコアテクノロジーを使いこなすことで、さまざまな製品を展開してきました。そうした事業展開ストーリーを木に例えて「フェライトツリー」と命名しました。
フェライトツリーの展開は以前からお話ししていたのですが、今回の新中計策定では「木を育てるには根の部分が重要」と考えました。根の部分は以前からあったわけですが、今回、改めて全てのステークホルダーの皆さんに理解を深めていただくため、「フェライトツリーの進化」を打ち出しました。これは言葉を変えると「未財務資本の進化」となり、「未財務資本」を「財務資本」とともに進化させていきます。
―具体的には。
未財務資本を強化
齋藤 未財務資本には、人的資本、技術資本、組織力、顧客基盤などがあります。これらは数字で表すのが難しく、一般的には「非財務資本」と呼ばれますが、これらの資本はいずれ財務資本につながっていくため、「非財務」ではなく「未財務」と呼ぶことにしました。未財務資本がフェライトツリーの根となり、しっかりと養分を吸い上げていくことで、フェライトツリーを中長期的に成長させていきます。これを中期計画の三つのポイントの一つとして強調しています。
その中で最も重要なのは「人的資本」です。技術を開発するのも、モノづくりも、マーケティングや販売を行うのも人だからです。そのために従業員エンゲージメントも重視します。
―人的資本強化への施策は。
齋藤 24年秋に2回目のエンゲージメントサーベイをグローバルで実施しました。その結果を分析し、具体的なアクションにつなげているところです。サーベイでは、数字だけでなく、コメント欄に非常に多くのコメントをいただきましたので、それを受け止め、可能な限りの改善・成長に反映させることが最も大切と考えています。特に重要なのはコミュニケーションですので、それをいかに充実させ、トランスフォームしていくかを考えていきます。
競争力の強化など自力を向上
―25年に向けての事業別戦略や展望は。
齋藤 事業別では、まずバッテリー事業は、現在の世界ナンバーワンポジションを維持していきます。小型バッテリーでは、シリコン負極製品の第2世代品を24年夏に量産開始しました。これはコンベンショナルなバッテリーと比べてエネルギー密度を約10%改善した製品です。さらに25年中頃にはエネルギー密度を同15%高めた第3世代品を投入予定です。ロー・ミドルエンド分野でもコスト競争力を高めていきます。中国CATLとの合弁で展開している中型電池事業も順調に進捗(しんちょく)しています。
受動部品事業は、市況も底を打ちましたし、当社の受動部品事業は車載比率が約5割に達するため、市場のトレンドに乗っていけるようにしたいと思います。北上工場(岩手県北上市)の新製造棟も24年に稼働しました。スケールメリットを生かし、生産性や品質の改善を図りながら、xEVの右肩上がりのトレンドに対応し、事業を成長させていきたいと思います。規模はまだ小さいですが、AI(人工知能)サーバー向けの低消費電力の受動部品投入にも注力します。
センサ応用製品事業は、TMRセンサーをはじめとする磁気センサーがけん引しています。スマートフォンを中心としたICT用途に加え、自動車や産業機器にも展開しており、まだまだ伸びしろがあります。MEMSセンサーは、モーションセンサーは利益が出せる体質になっていますが、マイクロフォンも新たな大口のビジネスが取れるようになってきています。センサ応用製品事業の営業利益率は現状は1桁台半ばですが、今中計最終年度には10%まで向上させ、次の中計では15%を見据えたいと考えています。
磁気応用製品事業は、市況は継続的に回復していくと思います。今下期は製品の入れ替え期に当たるため、25年度からは持続的に回復軌道に乗っていくとみています。自力での部分では、熱アシストヘッド(HAMR)の新製品サンプルの評価が始まっています。この新製品を今中計の最終年度には立ち上げ、次期中計ではさらなる売り上げ拡大と利益率改善が図れると考えています。市況回復と自力での両輪で回復軌道に乗せていけると思います。
―25年に向けての事業上のリスクなどは。
マクロ景気は不透明
齋藤 リスクを挙げるとすれば全体のマクロ景気の動向です。最近は欧州経済の低迷が指摘されていますが、それ以外の地域も含め、全体の景気動向はあまり楽観視しない方が良いと感じます。地政学の高まりも含め、25年も押しなべて不透明さが続くと思います。
マクロ全体の状況は当社の力では変えられないですが、一方で、当社が自力で行えること、例えば競争力を上げていく、新製品を開発して投入する、生産性を上げる、品質レベルを上げる、といったことは、マクロ環境に関係なく実行でき、やるべきことです。そうした部分にポテンシャルがありますし、また、社会のトランスフォーメーションは確実に進みますので、それを見据えた上で、今はしっかりと自力を向上させる時期だと思います。そうした意味で、私自身は今後は明るいと考えています。
(聞き手は電波新聞社 代表取締役社長 平山勉)