2020.11.02 【NHK技研90周年特集】NHK技研開所90周年に寄せてNHK 児野昭彦専務理事・技師長

視聴者と価値を創造

 放送技術研究所(技研)は、今年で開所90周年を迎えました。日本のラジオ放送が開始された翌年の1926年、ラジオ放送の全国的な普及を目的として、東京放送局と大阪放送局、名古屋放送局が合同し、日本放送協会が設立され、この第1回の理事会で研究体制の在り方が提起されました。

 当時、欧米ではテレビジョンの研究が活発になっていたことから、テレビの研究を行うことも目的として、1930年に現在の世田谷区砧に技研が設立されました。ラジオ放送の開始からわずか5年後に、テレビ放送の将来性を見据えて研究を開始した先見性と、着実な研究開発の積み重ねが、53年のテレビ放送開始につながったのだと思います。そして、64年の東京オリンピックの放送では、カラー放送、衛星中継といった、NHKの最先端の技術が大きく花開き、日本の放送技術が欧米と肩を並べるレベルに達したと称されました。

 70年代には、カラーテレビが全国に普及し、生活環境の変化や価値観の多様化の時代に入ります。技研では、日本独自の新しい放送を目指して、衛星放送、ハイビジョンといった放送技術を世界に先駆けて開発し、新たな放送サービスとしてこれまでにない価値を提供してきました。パーソナルコンピュータやインターネットの登場により社会のデジタル化が進む中、2000年以降は放送もデジタル時代に突入します。この10年では、放送を含むメディア環境・技術の進化がさらに加速し、NHKは「BS4K・8K放送」、インターネットで放送番組を視聴できる常時同時配信・見逃し番組配信サービス「NHKプラス」を開始しました。

 こうして技研と放送技術の歴史を振り返ると、新しい技術が新しい生活・文化・時代をつくり、そして、その変化がさらに新しい技術を生みだしてきたことにあらためて気づかされます。かつて、動画を家庭で視聴する仕組みはテレビ放送しかありませんでした。今では、インターネットを通じて携帯端末で個人視聴するスタイルが広がり、また、一般の人でもコンテンツを制作し、インターネットで公開できるようになりました。このように急速に進化しているメディアの世界にあっては、私たちも従来の考え方や価値観、判断基準を変えていかなければならないでしょう。

 このような時代における公共メディアの進展、そしてそれを支える技術の研究には、二つの視点が重要だと考えています。一つは、公共メディアとして「視聴者の皆さまと価値を創造していくこと、その価値の共感、そして実体験していただくこと」といった「ユーザーエクスペリエンス」の実現です。公共メディアの価値を視聴者の皆さまとともにつくり、共有していくものです。もう一つは、「オープンイノベーション」による技術やサービスの創出です。異なる分野や業種、様々な団体、企業などとの連携を深めることによって、公共メディアとしての新たな価値にもつながる技術やサービスを生み出していくことです。

挑戦の継続が重要

 そして、いつの時代においても新しい技術やサービスを実現していくためには、挑戦を続けていくことが重要です。技研初代所長の高田善彦氏は「放送事業は最新の学理を応用したる社会的事業である。従って其進歩は公益上多大の効果を与ふるものであると共に之が進歩改善を計る上に於て一日も研究調査を怠る事を得ないのである。」と述べています。まさに「挑戦を続け、社会貢献の役割を果たしていく」マインドそのものです。

 今までにない、わくわくするような体験、そして新しい生活や文化につながる「未来のテレビ」。技研では、この種となる幅広い基礎技術の研究から、瞬発力を求められるサービス構築の検討まで、様々な可能性を示していきたいと思っています。

 今後の技研の研究成果にどうぞご期待ください。