2022.04.07 Let’s スタートアップ!Ubie「AI問診」「AI受診相談」二つのサービスで、“新しい医療モデル”の実現を目指す

 成長が著しいスタートアップ企業を取材し、新しいビジネスの息吹や事業のヒントを探る「Let’s スタートアップ!」。今回は、東京大学(大学院)出身の医師とエンジニアが創業したUbie(以下、ユビー)株式会社。

 ユビーは、テクノロジーで人々を適切な医療に案内することをミッションに掲げ、2017年に設立された医療系スタートアップだ。医療従事者の業務効率化をサポートする「ユビーAI問診」と、生活者の適切な受診行動をサポートする「ユビーAI受診相談」の二つをメインサービスとして、急成長している。起業の経緯や思い、創業時の苦労、今後の展望などを、広報PRの岡さんに聞いた。

プロフィール 岡陽香(おか・はるか)・Ubie株式会社 Affection PR Ops
2014年に新卒で医療・介護ベンチャーに入社し、広報立ち上げを経験。2015年からフリーランスで広報支援、ライターとして活動。2016年に医療系人材ベンチャーに入社し、エンジニア領域のPR活動や広報部立ち上げを経験。2020年からユビーに参画。現在「持続可能なPR」をテーマに、ユビーのPR活動に従事する。

医療現場の業務効率化と、生活者の適切な受診行動をサポート

 働き方改革の重要性が叫ばれて久しい。一般企業の中には残業時間の削減や労働環境の改善に取り組む会社が増えてきた。一方で、なかなか環境改善が進まないのが医療現場だ。例えば、病院勤務医の時間外労働時間は、一般労働者の労災認定の基準となっている過労死ラインをはるかに超える長さとなっている。その主な原因となっているのが、診断書やカルテなどの書類作成作業だと言われている。

 この医療現場の書類作成の効率化をサポートしようと開発されたのが、「ユビーAI問診」だ。

 使い方はこうだ。まず患者は受付で、紙の問診票の代わりに、「ユビーAI問診」が入ったタブレットを受け取り、タッチ操作で20問ほどの質問に答えていく。患者が質問に答えていくと、その答えに合わせて、質問の内容がどんどん変化する。つまり、患者の症状などを基に、AI(人工知能)が最適な質問を自動生成・聴取する仕組みになっているというわけだ。この仕組みにより、患者は、診察前の待ち時間にタブレットを使い、詳しい症状の内容を、漏れなく伝えられるようになる。

 AI問診の回答結果は、医師用語に即時翻訳され、参考病名とともに医師向けの端末に出力される。このため医師は、問診結果を電子カルテに転記することで、電子カルテへの記載作業を大幅に削減できるほか、これまで以上に患者と向き合い診察に集中できるようになる。

 「ユビーAI問診」を活用することで、診察事務の工数を約3分の1に削減でき、年間にすると約1000時間の業務時間を削減できる。そのため、本サービスは働き方改革を意識する多くの医療機関で利用が進み、現在、全国500以上もの医療機関で導入されている。

「ユビーAI問診」の利用イメージ

 もう一点、ユビーが注力しているのが、適切な医療のかかり方をサポートする「ユビーAI受診相談」だ。

 これは、AI問診と同様のアルゴリズムを利用したもので、ブラウザーやアプリで、体調についての20問ほどの質問に回答することで、症状に関連する複数の参考病名と、近くの医療機関を調べられる。また回答結果の受診先への事前共有も可能だ。

「ユビーAI受診相談」の利用画面

 「ユビーAI受診相談」の開発の背景にあったのは、医療機関への受診タイミングを逸することで患者が重症化してしまうという医療の課題だ。特に本サービスがリリースされた2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大が進み、過度な受診控えが起こった。このためユビーでは、適切な受診行動をサポートするため、当初の開発スケジュールを前倒しし、同年4月からサービスを無償提供した。

 現在「ユビーAI受診相談」は1100以上の病名と、全国の医療機関に対応。月間約450万人が利用している。

 このほかユビーでは、「ユビーAI問診」「ユビーAI受診相談」という二つの医療データプラットフォームを活用した、製薬会社との協業にも着手している。

高校の同級生が再会したことが、創業のきっかけに

 急成長するユビーだが、そもそもどういった経緯で設立されたのだろう。岡さんは、「高校の同級生だった2人の共同創業者が、東京大学の大学院で再会したことが最初のきっかけになった」と話す。

 当社はエンジニアの久保恒太と、医師の阿部吉倫が共同創業したスタートアップです。2人はもともと高校の同級生で、それぞれ医学部と工学系の学部に進んだのですが、東京大学の大学院で再会したそうです。

 そのときにエンジニアの久保が、症状と病気の関連性を見いだす研究を進めており、「医師の意見が欲しい」と阿部を研究に誘ったことが、当社設立の最初のきっかけになります。

 当時阿部は、患者さんと向き合う中で、医師としての大きな原体験をしていました。「助かるはずの命を助けられなかった」体験です。

 阿部が救急外来に勤務していたときに、ある40代の男性の患者さんが運ばれてきました。2年前から血便が続いていたのですが、仕事が忙しく、放置していたそうです。しかし、その日は背中が痛くて耐えられず夜間救急で来院したと。

 検査してみると、ステージ4の大腸がんで余命2年であることが分かりました。2年前の血便が出たタイミングで阿部のもとに来てくれていたら、医師として提示できる治療の選択肢はたくさんあったのに、ステージ4の大腸がんではもはや痛みを減らすことしかできません。

 そんなケースに何度も出くわした阿部は、患者が適切なタイミングで医療にかかれる仕組みがないと、助けられるはずの命も助けられないと深く悩んでいたそうです。

 それで久保から共同研究に誘われたときに、気になる症状がある患者さんに、関連する病名を提示し、適切なタイミングで病院に行ける仕組みを作れるかもしれないと、参加を決めたそうです。

 その後、阿部は研修医として数年働き、久保は医療系情報サイトを運営する会社で経験を積んだ後、独立。2017年に2人でユビーを創業するに至りました。

ユビー設立の経緯を話す岡さん

医療の世界になかったAIサービスを生み出す苦労

 ユビー設立の翌年、2018年に「ユビーAI問診」がリリースされる。サービス誕生までの道のりは苦難の連続だったという。

 AI問診という、これまでにないサービスを作ることは簡単なことではありませんでした。

 医療の世界では、AIの学習に活用できるデータはたくさん存在してはいるのですが、さまざまな場所に散らばっており、容易に集めることができません。

 まずは当社代表の阿部をはじめとして、協力してくださる医師を各所から集め、世界中の論文の中から、「この症状とこの疾患は関連する」といったデータを入手し、どんどんAIに学習させていきました。その際、参照した医学論文は5万件にも上ると聞いています。

 私たちは、膨大な手間と時間をかけたからこそ、世界でも類を見ないAI問診の技術を生み出せたのだと自負しています。

 さらにAI問診というソリューションを開発した後も、それが本当に有用であると示すのが大変でした。

 例えば当社では、「ユビーAI問診」のサービスを利用することで、診察事務の工数を約3分の1に削減できると提示しているのですが、そのエビデンスづくりが大変だったのです。

 具体的には、医療機関で働く方々や、キーオピニオンリーダー(大きな影響力を持つ医師など)の方々に協力をお願いし、共同研究を行い、その成果を学会で発表するなどの地道な取り組みを続けました。

 こうした積み重ねを経て、医療機関様の信頼を得たことが、現在の導入数の増加にもつながっているのだと思います。

創業時の苦労を話す岡さん

家族の“体験”がユビーに引かれた理由

 では岡さん自身は、どういったところに引かれ、ユビーへの参画を決めたのだろう。

 私は大学生になる直前に、父をがんで亡くしています。その直後に看病で疲れた母が、くも膜下出血で倒れて、今は元気ですが、一時はあやうく死にかけるところでした。

 父はずっとおなかが痛いと言っていましたし、母も血圧がずっと高いと言っていました。ですから、適切なタイミングでしかるべき病院に行っていれば、父親はもっと長生きしたかもしれないし、母親もあんなに辛い思いをせずに済んだかもしれません。

 そういう思いをずっと抱いていましたから、知り合いからユビーのことを教えてもらったときに、素晴らしいと思いました。父も母もこの会社のサービスを使っていたら、今ごろピンピンしていたかもしれないと。一気に引かれました。

 私自身も骨折や手術を経験し、病院にはとてもお世話になっており、何かしら医療に貢献できればという思いを抱いてきました。そのため、新卒からずっと医療に関係する会社を渡り歩き、広報の仕事を続けてきました。それでユビーに興味を持ちました。

 いくつか医療系のベンチャーを見てきた中でも、ユビーは事業内容だけでなく、ビジネス、クリエーティブ、テクノロジー、メディカル、それぞれの分野でたけた人材がそろっていて、この会社なら医療サービスでどんどん成長していけると確信しました。それで参画することを決めたのです。

「性善説」と「合理性」重視が働きやすさにつながる

 岡さんは、ユビーには「性善説」と「合理性」を重視する社風があり、そのことが働きやすさにつながっていると話す。

 当社では、性善説と合理性を大切にしており、何でもスムーズかつ自由に行えることが魅力だと感じています。

 例えば、働き方については裁量労働およびフルフレックスで、働く場所についても制約がありません。

 医師メンバーは週に1度現場で診察を行っていますし、エンジニアも場所や時間を自由に選択する働き方が主流です。

 そんな医師とエンジニアで作った会社なので、コロナ禍以前からこうした働き方をベースとしており、誰もが最もパフォーマンスを発揮できる環境を自分で見つけられます。

 特別な福利厚生の仕組みがあるわけではないのですが、こうした合理性と性善説を大事にする社風が、働きやすさにつながっていると感じています。

「性善説と合理性を重視する社風が、働きやすさにつながっている」と岡さん

“新しい医療モデル”を日本だけでなく、世界へ

 今後、ユビーではどのような展望を抱いているのだろう。

 私たちは今後、ユビーが起点となり、新しい医療の在り方や医療モデルを構築していければと考えており、その実現に向け注力しているところです。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、生活者の皆さんと医療機関との距離や、医療体制の在り方が大きく変わりつつあると思います。新しい医療モデルを構築するのであれば、まさに今しかないと考えています。

 例えば、何か気になる症状があるのであれば、いきなり病院に行くのではなく、症状に関連する病名と適切な受診先を知った上で動く。病院に行けば、お医者さんが電子カルテの記入に気を取られるのではなく、対面でしっかりと向き合って診察してくれる。さらに製薬会社さんとも情報の連携が取れ、スムーズな治療や的確な治療の案内ができる。

 そうした新しい医療モデルを、まずは日本で浸透させた後、世界へどんどん輸出していければと思います。実際に私たちは2020年にシンガポールに進出しており、今後はその拠点をさらに増やしていく予定です。

 こうした活動により、私たちがミッションに掲げる「テクノロジーによって世界中の人々を適切な医療に案内する」ことが実現できればと考えています。

 最後にユビーが今必要としているものを聞くと、岡さんからは「仲間」という答えが返ってきた。

 私たちは、社員だけではなく、協業先の方々も、私たちのサービスを使ってくれるお医者さんや生活者も含め、ステークホルダー全てを「仲間」と呼んでいます。

 この「仲間」をどんどん増やし、私たちが目指す世界に向け、歩みを加速していきたいと思います。

(取材・写真:庄司健一)
社名
Ubie(ユビー)株式会社
URL
https://ubie.life
代表者
共同代表取締役 阿部 吉倫・久保 恒太
本社所在地
東京都中央区日本橋室町1-5-3 福島ビル6階
設立
2017年5月
資本金
20.5億円(資本準備金込み、2022年1月現在)
従業員数
180名(2022年1月現在)
事業内容
症状から適切な医療へと案内する「ユビーAI受診相談」の開発・提供。医療現場の業務効率化を図る「ユビーAI問診」の開発・提供など。