2022.11.16 【高専制度創設60周年特集】先輩から後輩へ 15歳で先輩とのレベル差を許容 東京工業大学 益一哉学長に聞く
東京工業大学の益一哉学長は、1975年に神戸市立工業高等専門学校電気工学科を卒業し、東京工業大学に編入した。学問と研究を追求し学長となった今、改めて高専時代を振り返り、「15歳にして社会と接点のある5年以上も差がある先輩と接して、レベルの違いを許容できたことが、その後に生かされている」と話す。
-高専に進んだきっかけを教えてください。
益学長 もともと建築と目に見えない電気に興味があったが、小中学生のころは勉強が全くできなかった。それが中学のインフルエンザの学級閉鎖があった際に、何を思ったか自宅で数学の勉強をしてみたら問題が解けるようになり、面白さを感じるようになった。
ほかの人と同じことが嫌いというあまのじゃくな性格もあったが、進学雑誌の中で5年間で大学レベルの勉強ができる高専の存在を知って進学を決めた。
高度経済成長期で、何か面白いことができそうな予感もあった。
-高専時代を振り返って思い出深いエピソードなどありますか。
益学長 15歳で入学すると20歳の5年生がいる。5年生とは大人と子どもくらいの力の差があり、技術面でも大きな差を見せつけられた記憶がある。5年生は社会とつながるレベルで、普通の高校では見えない、社会の接点や上のレベルがあることを15歳で許容できる良さがある。
最近、高専生が起業する例もあるが、先輩を見て「こんな風に自分もなれるだろうか」と目標を高く設定できることも要因としてある。私自身も常に上があることを感じながら、研究を続けられた。また、高専は全国で57校しかない。いろいろな地域から人が集まるため、学生にも多様性があることもよい刺激になったと思う。
-高専の良さはどのようなところだと思いますか。
益学長 高専は研究機関ではなく教育機関になるが、先生と学生の距離が近いことは大きな特徴だ。明らかに大学の先生と生徒の距離よりも近い。高専の先生は高い技術力を持っていることが多く、先生の持っている能力を使って学生を伸ばすことができる。
私は学術的なことを深掘りしたくなり大学に進学したが、技術で深掘りしたい人はベンチャーを興したり、起業したりすることもある。その意味でも先生と学生の距離の近さを生かしてほしい。
-高専の現状をどうみていますか。
〝学び続ける〟気持ちを
益学長 高専制度は1962年に日本の産業を支えるために作られたが、時代が変わった今、本当にやるべきことは新しい産業づくりだろう。
現在は、社会全体で技術を使ってデジタルトランスフォーメーション(DX)などに取り組んでおり、環境配慮の取り組みでも新技術が入っていかないといけない。地球と人の共生など、新しい社会の変革の中にあってそれを支えているのは技術で、それを担うのが高専になる。
-高専の在り方が変わってきたということでしょうか。
益学長 設立当初は高度経済に貢献する技術者を生み出すことだったが、今は15歳の学生に「何かできるかも」という気持ちを促し、人材育成の場になっている。大学にも高専卒業生が多く入るようになり、先般、高専出身の現役東工大生で「蔵前KOSEN工業会」をつくった。多様な人材交流もできつつある。
-高専生や関係者にメッセージをお願いします。
益学長 高専生に限らず、今勉強していることは間違いなく役に立つと言いたい。高専生は、科学技術は進化し続けることを体感していると思う。「学び続ける」という気持ちを持ち続けてほしい。また、日本社会全体の話になるが、高専だから、大卒だから、博士だからと、ステレオタイプ的に人を見るのをやめることも重要だと思っている。