2021.05.13 【センサー技術特集】エイブリックの超低消費電流TMRセンサーIC技術

[図1]TMRセンサー素子の動作原理

[図2]各MRセンサー素子のMR比[図2]各MRセンサー素子のMR比

[表1]超低消費電流タイプのTMRセンサーIC内部構成[表1]超低消費電流タイプのTMRセンサーIC内部構成

[図3]超低消費電流タイプのTMRセンサーIC ブロック図[図3]超低消費電流タイプのTMRセンサーIC ブロック図

[図4]TMRセンサーICとリードスイッチ検出状態と機器の駆動時間の関係[図4]TMRセンサーICとリードスイッチ検出状態と機器の駆動時間の関係

[表2]S-5701 B、B  OP=1.0mT品の磁気特性表[表2]S-5701 B、B OP=1.0mT品の磁気特性表

[図5]S-5701 B、B  OP=1.0mT品の磁気感度温度特性[図5]S-5701 B、B OP=1.0mT品の磁気感度温度特性

序 文 

 TMR技術は2007年のハードディスクヘッドでの実用化を皮切りに、強磁性体のヒステリシス特性を用いたデータアクセスの高速化、記憶容量の増大化が可能な不揮発性メモリーの一種であるMRAMや、高磁気感度の特性を生かし微少な磁界の変化を捉えることが必要な心磁計などに応用されている。

 エイブリックは2008年ホールICの量産販売を開始し、2013年には車載用ホールICの量産販売を開始した。現在は携帯電話や家電製品、自動車など幅広い分野で採用されている。そして、エイブリックの磁気センサーの新しい製品ラインアップとして2021年にTMRセンサーIC S-5701 Bシリーズの量産販売を開始した。

 本稿ではTMRセンサー素子の一般的な原理とセンサーICとしての活用事例を紹介し、エイブリックのTMRセンサーIC S-5701 Bシリーズの特徴について紹介する。

1.磁気センサーについて

 磁気センサーとは、一般的に磁界の大きさや変化量を電気信号として変換するものである。

 地球の磁界(地磁気)や磁石に代表されるように、磁界は目に見えないながらも非常に身近な存在である。見えない磁界を電気信号へ変換し、見えるカタチにする磁気センサーは長い期間にわたって研究が行われている。

 古くは電磁誘導の効果を用いたセンサーから始まり、電流磁気効果や磁気抵抗効果、ジョセフソン効果などの物理現象を様々な形でセンサーへ応用し、実用化されている。

 以下に広く一般的に使用されている磁気センサーについて紹介する。

1-1.コイル

 磁気センサーの中で最も古典的でシンプルな方式であり、誘導起電力を観測することで、磁束密度の変化の割合や向きを検出する。単体では限られた性能しか発揮することが出来ないが、複数のコイルを組み合わせたり磁性材料を組み合わせたりすることで、高感度な磁気センサーを実現することが出来る。

1-2.リードスイッチ

 左右から伸びる金属片(リード)が、オーバーラップする位置で隙間を空けてガラス管に封入されたセンサーである。外部から磁場を印加するとリードが磁化され、オーバーラップしているリード同士が吸引し合い接触して、スイッチがオンする。ガラス管の中は、窒素などの不活性ガスが充填されている。無電源で動作可能なため、電源確保の難しい自動車内のスイッチなどでも多く使用されている。

1-3.MRセンサー素子

 MRセンサー素子は磁気抵抗効果(MR効果)を応用した磁気センサー素子である。原理の違いによりいくつかのMRセンサー素子がある。MR効果とは、磁性体に見られる外部磁界を変化させると抵抗値が変化する現象のことである。磁性体の内部をどのように磁化させるかにより、MR効果の特性が異なる。MRセンサー素子にはAMRセンサー素子、GMRセンサー素子、TMRセンサー素子などがある。

1-4.ホール素子

 ホール素子はホール効果(Hall effect)と言われる電流磁気効果を応用したセンサーである。

 ホール素子の磁気感度は磁気抵抗センサー素子に及ばないものの、磁性体を用いない磁気センサーのため、強磁界環境や過酷な環境でも使用可能なことから電流センサーや様々な磁気スイッチなどで使用されている。

1-5.SQUID

 超伝導粒子干渉素子(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device)はジョセフソン効果を応用した極めて微弱な磁界測定を可能にした磁気センサー素子である。他の磁気センサー素子では検出が難しい、人体の心磁界や脳磁界を効果的に検出することが可能である。

2.TMRセンサーICとは 

TMRセンサーICは、TMRセンサー素子と信号処理回路を一体化させたものである。TMRセンサー素子は、トンネル磁気抵抗効果(TMR効果)を応用した磁気センサー素子である。室温でのTMR効果は1995年に東北大学の宮崎照宣氏によって発見された。新しい磁気センサー技術であるこのTMR技術は、従来のホール素子やAMRセンサー素子と比較すると温度変化による影響を受けにくく、磁気感度が非常に高く、抵抗値が高いことが特徴である。

 TMRセンサーICは、このTMRセンサー素子の高い磁気感度と高抵抗を活用することで、高い電力効率と高精度な磁気特性を両立することが出来る。

 TMRセンサーICは電力の限られた民生機器から高精度な制御を要求される産業機器、車載機器に至るまで、幅広い用途での活用が期待されている。

2-1.TMRセンサー素子の動作原理

 TMRセンサー素子の動作原理を理解するために、磁気抵抗効果(MR効果)について説明する。

 MR効果とは、磁界を変化させると抵抗値が変化する現象のことである。MR効果は磁性体(例えば鉄やニッケル、コバルトなど)に見られる現象である。

 MR効果について理解するには電子の電荷によりローレンツ力が働くことと、MR効果は電子のスピンによるものであることを理解しておく必要がある。

 電子が強磁性体(ある一定の磁化を持つ物質)の中を移動するとき、電子のスピンが上下すると、磁化された物質内での散乱確率が高くなったり低くなったりする。これがMR効果を引き起こす原因である。

 電子は、電荷とスピンという二つの重要なパラメーターを持っている。電子はすべて同じマイナスの電荷を持っているが、電子のスピンにはアップスピンとダウンスピンがある。電子のスピンは1922年に実験的に証明され、電子には固有の角運動量と磁気モーメントがあることが確認された。

 電子が導電性物質の中を進むとき、電子は散乱することがある。電子散乱とは、物質内の静電気力によって、電子が正常な軌道から外れる現象のことである。

 ローレンツ力は、導電性物質中の電荷を持った移動粒子(電子)に磁界をかけたときに現れる力で、この力は、電荷を持つすべての粒子に作用し、電子のスピンには依存しない。

 TMRセンサー素子は数ナノメートルレベルの極めて薄い非磁性の絶縁膜を2枚の強磁性体膜でサンドイッチした構造になっている。電子はこの絶縁膜を透過して(トンネルして)、磁性膜からもう一方の磁性膜へ移動することができる。これはTMR効果と呼ばれ、量子力学に基づく現象である。

 図1に示すようにそれぞれの磁性体の磁化の向きが平行の時は2枚の磁性体間の抵抗値が小さくなり、反平行の時は抵抗値が大きくなる。

 実用的なMR比(磁場の状態によって抵抗値が変化する割合)はすでに100%を超えており、1000%を超える研究事例も報告されている。図2には他のMRセンサー素子とのMR比の比較を記載した。

2-2.TMRセンサーICの構成

 TMRセンサーICは、ICに内蔵したTMRセンサー素子に電流を流して出力される電位差をIC内部の回路で増幅し、信号処理することにより、磁束密度に応じた信号を出力する。

超低消費電力タイプのTMRセンサーICの内部構成は、表1の要素から構成されており、図3に表したように接続されている。

2-3.TMRセンサーICの種類

 TMRセンサーICは、用途に応じて様々な種類がある。ここではTMRセンサーICの代表的な種類を説明する。

 TMRセンサーICには、磁束密度に比例した出力信号が得られるリニア出力タイプ(アナログ出力タイプ、デジタル出力タイプ)やON/OFF信号が得られるスイッチタイプ(デジタル出力タイプ)のほか、磁石の回転角に応じた出力信号が得られる回転角センサータイプ、導線に流れる電流量に応じた出力信号が得られる電流センサータイプなどがある。

 スイッチタイプのTMRセンサーICは磁界の有無を検知するものである。磁界にはN極とS極があり、検知方式には「片極検知」、「両極検知」、「交番検知」3種類の検知方式がある。「片極検知」はN極またはS極のどちらか一方の磁界のみを検知して、磁束密度に応じてON/OFF動作し〝H〟または〝L〟を出力する、「両極検知」はN極とS極の両方の磁界を検知して、磁束密度に応じてON/OFF動作し〝H〟または〝L〟を出力する。「交番検知」はN極とS極の両方の磁界を交互に検知して、磁束密度と磁界の極性に応じてON/OFF動作し〝H〟または〝L〟を出力する。

 利用するアプリケーションの種類によって、適切な検知方式を選択する。エイブリックでは現在両極検知方式のTMRセンサーICを量産中である。

3.エイブリックのTMRセンサーIC 

 エイブリックが販売開始した超低消費電流両極検知型TMRセンサーIC S-5701 Bシリーズは、超低消費電流でありながら、高い磁気感度精度を実現している。

 最適な電源制御アルゴリズムによりTMRセンサー素子の低消費電力特性を最大限に生かし、電源電圧3.3V動作時の平均消費電流をわずか160nAに抑えることを実現した。

 これはCR2025などのリチウムコイン電池の自己放電量に迫る低消費電流で、多くのバッテリー駆動機器のバッテリー交換作業の頻度を低減することができる。また、防犯装置などで広く使われてきたリードスイッチは近接する磁石の有無によって消費する電流が一定ではなく、図4で示すように使用環境によってバッテリーの駆動時間が一定にならない問題があった。S-5701 Bシリーズは磁石の有無によらないナノアンペアレベルの消費電流により、図4に示すように一定のバッテリーの駆動時間を実現した。これにより防犯装置など機器の安定した長時間駆動が可能となり、安心、安全な社会の実現に貢献することができる。

 さらに優れた温度特性と高感度なTMRセンサー素子の特性を生かして、高磁気感度な動作点(BOP)が1.0mTの製品を用意した。表2に示すようにS-5701 BシリーズのBOP=1.0mT品はおよそ±0.5mTの磁気精度を実現しており、かつ図5に示すように温度による磁気特性の変化も最小限に抑えられている。また感磁部が1mm以下と小面積かつ小さな磁束密度で動作させられるため、安定動作を実現するために必要な磁石を小型化することができる。そのためセキュリティーセンサーなどのデザイン自由度の向上に大きく貢献する。合わせてBOP=3.0mT品も用意しているが、こちらは外部の磁気環境による誤検出のリスクを低減するニーズに応えた製品となっている。このように使用環境や最終製品のニーズに合わせた製品の選択が可能である。

4.今後の展望

 販売開始したS-5701 Bシリーズは超低消費電流、高い磁気感度といった特徴によりIoT分野、セキュリティー分野、計測機器などにおいて、省電力化や省資源化のみならず電池や磁石などの部品の小型化によるデザイン性の向上に貢献することが期待されている。今後は、TMRセンサー素子の優れた温度特性、高磁気感度で高抵抗な特性を生かし、高精度かつ高速、低消費電力な回転角センサーなどの展開も検討していく。スモール・スマート・シンプルな社会の実現に向けてエイブリックは価値ある製品の提供を進めていく。

<エイブリック(株)>