2022.08.30 【ソリューションプロバイダー特集】 Web3.0官民の挑戦が熱を帯びる、メタバース活用の動きが活発化
浦和レッズのクラブ設立30周年を記念してオープンしたバーチャル空間
新しいインターネットの潮流「Web3.0(ウェブ・スリー)」--。社会やビジネスを一変させる可能性を秘める新潮流を巡る政府の動きが活発化してきた。総務省はWeb3.0時代の課題を利用者目線で整理する有識者の研究会を発足。経済産業省も新時代にふさわしい事業環境について探るため、省内横断組織を立ち上げた。企業や自治体もWeb3.0の経済効果に熱い視線を注いでおり、官民の挑戦が熱を帯びそうだ。
■政府の議論が始動
Web3.0の基盤となるのが、取引履歴を1本の鎖のようにつなげて記録する「ブロックチェーン(分散型台帳)」と呼ぶ技術だ。ブロックチェーン上では例えば、デジタルで制作した作品を唯一無二と証明できる暗号資産の一種「NFT(非代替性トークン)」で管理する。
NFTがあればリアルに限りなく近いデジタル経済圏が実現し、仮想の街で購入した土地にアートの店を構えて商売できるようになる。仮想空間内での商取引を巡るルールや法律の整備が進めば、SNS(交流サイト)の次世代版として大化けする可能性もある。
政府は6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太の方針)で、Web3.0の推進に向けた環境整備の検討を進める方針を明示。この中でブロックチェーン技術を基盤とするNFTのほか、新たな組織運営形態「DAO(分散型自律組織)」にも注目。これに呼応する形で、関係省庁が矢継ぎ早に議論に乗り出した。
総務省が発足した有識者会議が「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会」だ。ネット上の仮想空間「メタバース」をイベントや産業分野などに応用する展開に注目が集まる一方、なりすましの温床になる可能性もあり、利用者が不安なくサービスを使えるよう課題を整理したい考えだ。
同会議は、総務省情報通信政策研究所長の研究会として開くもので、初会合が今月上旬に開かれた。2023年1月に中間取りまとめを行い、来夏をめどに報告書をまとめる。
研究会では、多くの利用者がメタバースを活用する時代を想定。「利用者が不利益なくメタバースを使えるようにするためには、どのような点に留意すべきか」といった視点から議論する。例えば、個人情報を含むデータの管理や身体への影響について検討する。
さらに同省は、メタバースの利用拡大が社会や経済に与える影響にも目を向ける。例えば、高速通信規格5Gやデータセンターなどのデジタルインフラの変化に注目する。
経済産業政策を所管する経産省も大臣官房に「Web3.0政策推進室」を設置し、検討を始めた。資金調達や税制などに携わる事業環境担当課室と、コンテンツやスポーツなどの業種担当課室が連携し、Web3.0関連の事業環境整備に向けた課題を整理。さらに多面的な議論を深めるため、投資家や法曹、エンジニアからも情報を収集。海外の事業環境にも目を向ける。
Web3.0について、経産省は「可能性とリスクの両面から見極めたい」(大臣官房Web3.0政策推進室)との考えを示す。検討の成果は年内にもまとめる予定。事業環境の整備に向けては、暗号資産の取引で生じた利益の税務上の扱いが焦点の一つとなりそうだ。
世界に目を向けると、米国の一部州でDAOの法人化を認める法案が成立したほか、英国が暗号資産分野の成長に向けた取り組みの大枠を発表した。Web3.0を巡る環境整備の遅れが、海外へのIT人材などの流出を招くという懸念が指摘されており、日本政府としての対応が待ったなしの状況となっていた。
■進むメタバースの用途開拓
既に、メタバースの用途を開拓する動きが活発化。アバターを介して他者と交流する機会を提供するほか、仮想空間上での商品購入など試験的なサービスも広がる方向にある。
応用先の一つがスポーツ業界で、バーチャル空間を駆使してサッカー業界に新風を吹き込む挑戦が今夏に動き出した。
メタバース内に設けたサッカーファンが集う場で、J1リーグ所属のプロサッカークラブ「浦和レッズ」を運営する浦和レッドダイヤモンズ(さいたま市緑区)と凸版印刷が仕掛けた。
開設したのは「REDS 030th VIRTUAL FAN WORLD by TOPPAN」と銘打った交流空間。浦和レッズのクラブ設立30周年を記念してオープンした。
メタバース内で交流する機能を提供する国内最大級のプラットフォーム(基盤)として知られる「cluster(クラスター)」を活用。参加者がパソコンやスマートフォンを操作し、3次元(3D)のアバター(分身)を介してメタバース内に入ると、時間や場所の制約なく浦和レッズの魅力や歴史を堪能できる。
具体的には、浦和レッズの過去の大会で獲得したトロフィーや歴代のユニフォームなどを3Dで空間内に再現。さらに現役選手が3Dアバターとなって登場することも売りで、選手やチームを身近に感じることができる。普段は入場できない試合中のコートに入って写真を撮影することも可能だ。
場所や時間といった制約に縛られることなく交流の幅を広げられるメタバースを、地域活性化につなげる可能性を探る動きも浮上。実在の街と連動する「都市型メタバース」の進化にも目が離せなくなっている。
埼玉県戸田市と伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は地域企業の販路拡大を支援する一環で、6月にバーチャル展示会を開催。来場者は、自宅や職場からネット上のアバターを通じて参加した。3D空間内の各ブースを巡り、パネルや動画を見て出展者の製品やサービスなどの情報を収集できるようにした。
三菱総合研究所は、メタバースについて「集客の場」「ビジネス利用」「暗号資産」という観点から注目。三つの期待が相乗的に作用し、注目度が急速に高まったと分析している。例えば、多くの人を引き付け長時間滞留させることができる場としての期待感が高まったという。
一方で総合コンサルティング最大手のアクセンチュアは、昨年12月から今年1月まで、日本を含む35カ国の23業種に従事する4650人の企業経営層やIT担当幹部を対象に調査を行い、「テクノロジービジョン 2022」を発表した。それによると、71%が「メタバースは自社にポジティブなインパクトをもたらす」と回答。42%が「メタバースは画期的もしくは革新的なものになる」と答えた。
メタバース内で開いた記者会見で、同社テクノロジーコンサルティング本部の担当者は、メタバースを仮想と現実や技術同士などを結び付ける「連続体」と定義した上で、「メタバース連続体が人々の生活や企業の活動を取り囲んで変革をもたらす」と強調した。
グローバルな覇権争いが激化
■90兆円の有望市場
総務省が公表した22年の情報通信白書によると、技術やサービスの進化によってメタバースの世界市場は、30年に21年比約17倍の6788億ドル(約90兆円)まで拡大する見通しだ。
既に、メタバース市場の成長性をにらんだグローバルな覇権争いが激化している。SNS最大手の米フェイスブックは昨年10月に社名を「メタ」と変え、メタバース事業に1兆円以上を投資すると表明。米マイクロソフトなどのIT大手も本腰を入れて参戦した。
日本勢も手をこまねいているわけではない。存在感を発揮する一社がNTTドコモで、バーチャル空間でアバター経由の交流が楽しめるようにするサービスなど、現実世界と仮想世界を融合して新しい体験を作り出す技術「XR(クロスリアリティー)」分野の展開に注力。7月からは、多彩な街遊びを実現するAR(拡張現実)サービス「XR City」の提供を全国七つのエリアから始めた。10月にはXR事業の拡大に向けた新会社を設立する予定だ。また、20年に東京都の渋谷駅周辺の街を忠実に再現したバーチャル空間「バーチャル渋谷」を開設したKDDIも、メタバース事業の可能性を追求している。
世界で約2200億円のファンドを運営しベンチャーに投資する米シリコンバレーのペガサス・テック・ベンチャーズの共同代表パートナー兼CEO(最高経営責任者)を務めるアニス・ウッザマン氏は「メタバースに関する特許件数が最も多いのが米国だ。2番目は日本で、大企業が製品と技術の両面で頑張っている」と評価。「メタバース市場で日本は、グローバルにリードするチャンスがある」との見方も示す。
官民挙げてWeb3.0時代を経済成長に結び付ける取り組みがいよいよ本格化しようとしている。