2022.09.06 ゼロエミッションの高速旅客船 動力源は水素 水中翼技術に優位性 アルマテックが国内へ導入目指す

100人乗りのゼストのイメージ

 離島などを結ぶ高速旅客船にも脱炭素化の波が近づいている。候補の一つが、水素を動力源とし、二酸化炭素(CO₂)を排出しないゼロエミッション船。開発の最終段階に入っているスイスのエンジニアリング企業が国内での導入に向けPRを強め、兵庫県などで国内初の商用航路の実現を目指している。

 開発を進めるのは、スイスの船舶工学などのエンジニアリング会社「アルマテック」。2009年、スイス・ローザンヌにあるスイス連邦工科大学ローザンヌ校の産学連携施設に設立された。同校を卒業したエンジニアたちが中心となり、宇宙工学や海上用のシステム開発を手掛けてきた。世界最速記録を更新した高速ヨットなどにも関わり、中でも、船体の下部に取り付ける「水中翼」で優れた技術を有しているという。

 この技術を生かし、18年から水素を動力源とするゼロエミッション高速旅客船の開発を進め、「ゼロエミッション・スピード・シャトル」の頭文字を合わせて旅客船「ZESST(ゼスト)」と命名。23年末には小型の6人乗りを1号船として完成させ、スイス最大のレマン湖に浮かべて航行の実演をする予定だ。

 ゼストは、水素を使う燃料電池とバッテリーを搭載。プロペラが付いた水中翼で海面すれすれに船体を浮かせて、「水の抵抗をほとんど受けることなく推進力を持つことができる」(アルマテック)のが特徴だ。波や騒音もほとんど出さず、従来のディーゼル船に比べてエネルギー消費を85%削減。最高時速50キロメートルで航行できる。いったん水素の供給を受けて航続できる距離は100キロメートルほどで、長すぎる航路には適さない。都市部の湾岸などでの航行が適するという。

 世界市場で最も需要が高く、主力となる100人乗りのタイプは全長25×幅8メートル。新素材の植物性繊維などを活用し、軽くて強固な船体を建造する。

 欧州では、スイスとフランスにまたがるレマン湖を渡って通勤する住民らがおり、そのための公共交通機関として導入が検討されているほか、フランス南部のホテルで富裕層向けの送迎に活用することなども検討されているという。

 小型の6人乗り(全長10メートル)も合わせ、28年までに世界で計50~60台の普及を目指しており、実現すれば合計5万6000トンのCO₂を削減できる見込みだ。

 21年秋から国内でPR活動を続けるアルマテックの三崎由美子ビジネス開発マネージャーは「物流用の大型船舶などに比べて市場が小さい旅客船は、脱炭素化の動きが立ち遅れている」と指摘する。同社は21年から、商船三井などが立ち上げた、船舶のEV化などを手掛けるe5ラボ(東京都千代田区)と提携。国内市場参入のため業界へのプロモーションなどを始めた。

 今回、兵庫県や神戸市などが共催する、SDGsの社会課題の解決に向けた技術やサービスを持つ企業を募集するプログラムに、同社も選ばれた。参加する地元企業や投資会社などと連携できる。三崎ビジネス開発マネージャーは「航路事業などについて、スムーズに地元と相談できる大きなメリットがある」と話す。

 兵庫県などの商用航路でゼストの導入を実現し、「世界市場でのモデルケース」を示すことも目指している。同社は年内に日本法人を立ち上げる準備を進めており、神戸市などを拠点の候補としている。