2023.01.11 【電子部品総合特集】ハイテクフォーカス 京セラ 非接触インテリジェントミリ波センシングシステムの開発

24時間365日、人々の健康を見守るための非接触センシングシステム実現に向けて

 ライフスタイルや価値観が多様化していく社会において、人々の「ウェルネス(Wellness)」を向上させることが必要であるとされている。米国の公衆衛生医であるハルバート・ダンにより提唱されたウェルネスという言葉には健康(Health)も包含され、肉体的な健康、社会的・精神的な充実などをも含む、広範な言葉として用いられている。

 ヘルスケアを含むウェルネス産業の市場は2022年現在、全世界で3兆ドルを超える巨大産業になっているが、その中で人々の活動や生体活動に関するさまざまなデータを計測・分析するセンシング(sensing)とモニタリング(monitoring)は必須の構成要素であり、それ自体に大きな市場が見込まれる。

 人々のウェルネス向上のためのセンシング、モニタリングとして重要なことは、人々に不要な負荷を掛けず、常時継続的に必要な生体情報を計測・分析することであり、ウエアラブル端末と並んで、固定センサーによる非接触のセンシングもより重要度を増すことになる。より高度な分析を行い、ウェルネスに関する多様なサービスを実現するためには、高精度であることも重要となる。

 京セラ先進技術研究所では、60ギガヘルツのミリ波帯域電磁波を用いた非接触の振動センシングシステムの研究開発を行っている。本システムは、あらゆる振動をマイクロメートル単位まで計測することができる。人の心拍センシングに用いた場合、心拍に伴う胸部の振動(心音)の波形を正確に検知することができ、心拍間隔、すなわち、心電図のR-R間隔(RRI)に相当する数値を正確に計測可能である。

 本システムは、呼吸数の計測、人体のモーション検知としても使用でき、例えば住宅でもさまざまなアプリケーションが想定される(図1)。

 そのほか、自動車の車室内センシングにおいて、欧州新車アセスメントプログラム(Euro NCAP)でも2025年以降に本格導入される子どもの置き去り検知や、運転者の健康状態を高度に見守るためのドライバーモニタリングシステム(DMS)などへの活用が期待される。

京セラの非接触インテリジェント ミリ波センシングシステムの技術概要

 京セラのミリ波センサー部の写真と仕様概要を図2に示す。当社のミリ波センサーは、60ギガヘルツ帯域のミリ波(送信信号はFCM=Fast Chirp Modulation方式)を採用している。振動検知能力については、振動体の振動振幅や大きさにもよるが、おおむね5メートル程度の距離にある振動体は検知可能、また、5マイクロメートル以上の振動を検知可能である。

 ミリ波センサー部には、京セラが持つ高周波材料技術、基板加工技術が使用されている。特に基板における銅箔(はく)界面接合部の平坦化などの技術が生かされ、低ノイズなミリ波アンテナおよび高周波回路を実現した。ミリ波による微細な振動のセンシングにおいては、アンテナおよび回路の低ノイズ化が極めて重要である。

 本システムでは、それぞれのアプリケーションに応じて、エッジ端末や、クラウドシステムに実装可能なソフトウエアモジュールの開発を進めており(図3)、今年から随時、デモキットの展開を図っていく。

 本システムにおいてはまず基本的なレーダー処理、すなわち、I/F信号(ミリ波送受信信号のミキシング後の中間周波数信号)に対する、2次元FFT(高速フーリエ変換、Fast Fourier Transform)により測距・測速度の基本処理、CFAR処理(ConstantFalseAlarmRate)によるノイズの除去、到来方向推定による測角を行う。

 心拍・呼吸のセンシングについてはその後段で、心拍・呼吸など特定の特徴を持つ振動の抽出をより高度な統計的信号処理および機械学習で実施する。

 その上で、RRIの統計的処理を行い、心理指標や自律神経に関する指標(心拍変動スペクトルなど)を算出することにより、最終的なウェルネスなどのアプリケーションの目的を達するための情報を提供する。

 図4に、本システムで集録された心音波形(左)と、それから算出されたRRI変化のデータ例(右)を示す。人の第一心音、第二心音を正確に振動波形として集録可能であり(図4左)、第一心音の間隔を正確に計測していくことで、リファレンスとなる心電計と同等なRRIデータが算出されていることが分かる(図4右)

 人の心拍に伴う胸部振動を正確に計測する例について説明をしたが、京セラミリ波センシングシステムは、人の心拍・呼吸、その他活動に伴う振動計測を可能とするのみならず、さまざまな分野、建物振動計測による健全性のモニタリングや老朽化度合いの判定などに用いることができる。今後、京セラ先進技術研究所は、広いアプリケーションで本システムを活用するため、研究開発を進める予定である。〈筆者=京セラ〉