2023.01.18 【情報通信総合特集】市場/技術トレンド 量子技術

富士通と理化学研究所が共同で開発中の量子コンピューター=埼玉県和光市の理研RQC-富士通連携センター

社会実装へ官民の動き活発化 交通から創薬まで用途拡大

 「量子力学」という特殊な物理法則を計算や通信などに応用する量子技術の社会実装に向けた官民の取り組みが熱を帯びてきた。量子は岸田文雄首相の看板政策「新しい資本主義」で、重点投資する科学技術分野の一つと位置付け、諸外国に負けないよう技術開発や実証環境の整備に取り組む姿勢を鮮明に打ち出した。こうした動きに呼応するかのように大手電機・IT各社も、新産業の創出に向けた開発を加速し始めた。

 日立製作所は昨年12月に東京都国分寺市の「協創の森」で研究開発・知財戦略説明会を開き、技術開発の最前線を報道陣に公開した。一つが、量子コンピューターを半導体上に疑似的に再現する「CMOSアニーリング」の応用例。交通量の多い交差点に車がスムーズに流れるよう、疑似量子コンピューターで道路の信号機を制御する試みだ。

 CMOSアニーリングは、多数の組み合わせの中から最適な選択肢を導き出す「組み合わせ最適化問題」を効率よく解けることが特徴で、医薬品の開発をはじめ幅広い用途への応用が期待されている。

 既に日立はこの疑似量子コンピューターをさまざまな実業務に応用し、ノウハウを蓄積。金融業界では、保険会社の基幹業務に適用された。社会実装を促すため、計算性能からアプリまで一括提供するクラウドサービスの提供も始めた。

日立製作所は「CMOSアニーリング」による信号機制御のデモンストレーションを披露した=東京都国分寺市

 富士通は理化学研究所と連携し、超低温に冷却して電気抵抗をゼロにした超伝導状態の回路を利用した量子コンピューターを2023年度に整備する計画。進化の目安「量子ビット」の数が64量子ビットに達する国内企業初の汎用(はんよう)型で、企業に公開する計画だ。

 同社は、量子の振る舞いをコンピューターで再現した量子シミュレーターとスーパーコンピューターを組み合わせて高精度な計算を実現する技術も開発しており、商用化を目指している。

 東芝グループは、商業化に入りつつある次世代暗号技術「量子暗号通信」の商用化に向けた取り組みを世界各地で進めるとともに、量子コンピューターの研究の中で生まれた独自技術を実ビジネスにつなげる取り組みに力を入れている。

 例えば、東芝デジタルソリューションズがバイオベンチャーのRevorf(東京都中央区)と共同で、「組み合わせ最適化問題」を疑似量子計算機で高速に解く量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」を用いたタンパク質の制御予測技術を開発し、計算科学を利用して薬をつくる創薬手法「計算創薬」への適用性を検証。治療が困難とされていた疾患に対する有効な医薬品開発の可能性を広げた。

 こうした民間の動きを後押しする政府の動きも活発化。量子技術の実用化に向けた実行計画づくりが動き出している。内閣府の有識者会議「量子技術イノベーション会議」の下に設けた「量子技術の実用化推進ワーキンググループ(WG)」を昨年10月に立ち上げたもので、3月までに計画案をまとめる予定だ。

 既に政府は昨年4月の統合イノベーション戦略推進会議で、量子技術による社会変革の方向性を示す「量子未来社会ビジョン」を策定。2030年までに国内の量子技術利用者を1000万人にまで増やし、量子技術による生産額を50兆円規模にする目標を掲示。企業価値が10億ドルを上回る未上場企業「ユニコーン」を創出する方針も盛り込んだ。

 量子コンピューターは、幅広い用途に使われる「ゲート型」と、組み合わせ最適化問題に適した「アニーリング型」に大別される。

 WGでの議論はビジョンをベースに進め、産業界の技術開発や事業化を促して両タイプの応用分野を広げる可能性について探索。さらに量子コンピューター上でアプリケーションを動かすためのソフトの産業を育てるという課題も重視。アプリを提供する企業の育成にも目を向けていく。

 セキュリティーやセンシングなどの多様な分野で量子技術を活用した産業の育成を促すことも狙っている。

 自国の産業競争力や経済安全保障を左右する量子技術を巡る覇権争いは、米テック企業を中国勢が猛追するという構図で繰り広げられてきた。そのフェーズが社会実装の段階に向かう中、米中のはざまで出遅れた日本が巻き返す好機が訪れようとしている。