2025.09.25 【ハイテクノロジー・コネクター技術特集】電子データの高速通信がより快適な時代へ 日本航空電子工業
【図1】microSD™シリーズ
省スペースで低背かつ堅ろうな製品
背景
昨今、第5世代移動通信システム(5G)や無線通信技術の発展により、われわれの生活やビジネスにおいて、電子データの活用や取り扱いは日常的なものとなっている。さらに、パソコンやスマートフォン、小型カメラモジュールをはじめとした電子機器類の進化に伴い、そのデータ容量は年々増加する傾向である。そのような、高容量かつ多量の電子データは、使用するユーザーの機器の目的や用途、使用環境によって、さまざまな形態のストレージメディア(以下ストレージ)で保管されている。
日本航空電子工業(JAE)は、ストレージの一つである「microSD™ Express」に対応したコネクター「ST51」を開発し、販売を開始した。
高速化されたマイクロSD
2018年にSDA(SD Association)によって規格化された「SD Express」は、従来とは異なる高速インターフェースの導入により、SSD(ソリッドステートドライブ)レベルの外部ストレージとして、通信速度が飛躍的に進化した。通信速度は、従来規格のUHS-Ⅰ、UHS-Ⅱに対して、3~10倍程度速度アップされており、用途はストレージとしての通信速度アップとフレームレートの高い高解像度の映像記録が可能である。これだけのスペックアップがあるなかで、形状やサイズはリリース当初から変更されておらず、端子の個数と位置が規格ごとに変化しているため、それぞれに適合するコネクターを介して通信することでその能力が発揮される(図1)。
開発背景と用途
microSD™ Expressの開発に至った経緯は、microSD™の規格設立時の2005年以前より、Standard SDやminiSDに対応したコネクターの開発、販売を20年以上続けてきている。これまでの開発による膨大な技術ノウハウは、競合他社と差分化された独自の技術力であり、年々変化する市場ニーズや顧客要求を満足することと、最適な技術提供による課題克服、顧客の製品価値を高めることを常時目指している。
また、時代の移り変わりとともに、ストレージを搭載する電子機器類も大きく変化してきている。データバックアップとして標準搭載されていたスマートフォンでは、クラウドシステムの活用で搭載機種が年々減ってきているが、新たな市場としてカメラ関係を中心としたドローン、ドライブレコーダー、ジンバルカメラなどの需要が大きく伸びてきているなか、特に映像系の電子機器は、microSD™ Expressの活用が今後期待できる。
製品特長
数多くある電子機器類とmicroSD™ ExpressおよびmicroSD™(製品特長部のみ以下メモリーカード)を接続するコネクターは、エンドユーザーの取り扱いやすさ、機器の用途、周辺環境などにより、嵌合(かんごう)方式や要求性能が異なる。過去から最も要求が多く、市場および顧客ニーズが高いのは、プッシュ-プッシュ機能を有し、省スペースで低背構造かつ堅ろう性にたけたコネクターである。このたび開発したST51は、当社の保有する接触信頼性技術、材料技術、表面処理技術、製造技術に加え、20年以上蓄積した技術のノウハウを活用し、従来品同等のサイズ感でそれらの要求を満足したコネクターを実現した(図2)(図3)。


特長1 心地よい操作感触の実現
プッシュ-プッシュタイプのコネクターは、ユーザーが指でメモリーカードを奥まで押し込むと奥で嵌合し、再度指で押し込むと取り出し位置まで排出される仕組みで、その動きはコイルスプリングとハートカム機構がその役割を担っている。メモリーカードの排出動力はコイルスプリングの反力のみで、排出時にメモリーカードとコネクター間で発生する摩擦力に優るばね設定が必要である。単に反力を強くしただけでは挿入時の指で押す力が高くなってしまい、ユーザーへ不快感を与えると同時に排出時の飛び出しの原因にもなる。
ST51は コンタクト端子の数が17本と従来品に比べて多く、摩擦力が大きくなってしまうため、コンタクト端子の最適な接触力と接触部構造の設計と、さらには適正なルブリカントの選定、塗布により、両者間で発生する摩擦力を最小限にとどめ、コンタクト端子数の少ないコネクターと同等レベルの操作力を実現した。
また、操作時に所定の位置までメモリーカードを押し込むことでパチッと甲高い音も発するため、五感によるロック-アンロック状態を判断することも可能である。
特長2 シーケンス設定
SD Expressに対応したメモリーカードの端子配列は、1列目と2列目の距離が、UHS-Ⅱの配列より狭くなっており、シーケンスの設定と有効接触長(抜け方向に対する接触距離)の確保を困難とする。シーケンスとは、メモリーカードが抜ける時にあらかじめ定められた端子切り替え順序であり、コネクターはコンタクト位置で同等の切り替えが行われるような設定が必要である。さらに嵌合状態でメモリーカードの抜け方向に対する有効接触長の確保も必要である(図4)。

元々、2列目の差動端子の全長が短いのと、1列目はコンタクト設定によりメモリーカード先端側での接触となるため、後者の距離を確保するには限界があるが、一からのコンタクト設計によりシーケンスの満足と接触距離の確保を実現できた。
特長3 飛び出し防止
メモリーカードはストレージメディアの中でも特に小さく、取り扱いによっては紛失の懸念もある。ユーザーが嵌合状態からロックを解除する際、操作次第によってはメモリーカードをはじいてしまい、その反動でメモリーカードがコネクター外に飛び出してしまうコネクターも世の中には存在する。意図的なはじきや飛び出させるための操作をされても、コネクターから飛び出さないように設計されているのがST51である。このような課題は特定箇所に定量化されたグリースを塗布することで解決することができる。グリースは粘性のあるルブリカントで、ハートカムを形成しているイジェクトバー(可動部品)と本体のハウジングの間に塗布することで、イジェクトバーの排出スピードを低下させることができ、JAEでは従来品からその手法を用いてメモリーカード飛び出し防止に努めている。
グリースは温度依存の影響を受けやすく、冷えると固くなり、温めると軟らかくなる特性がある。JAEが使用しているグリースは温度依存はあるが、-25℃~+85℃(メモリーカードの使用温度範囲)の環境下でも使用可能であるのに加えて、250℃のリフロー加熱後でも劣化することなく所望の特性を維持できている。
グリースは塗布する位置と量が異なると、飛び出し防止機能が損なわれてしまうため、ST51製造ラインの組立自動機工程の一部に塗布と塗布後の画像検査を設け、全数塗布状態の検査と厳重な塗布量管理を行っているため、その機能が損なわれることはない。
特長4 メカニカルロック機構
コネクターが搭載される機器によっては、常時振動や衝撃がコネクターに加わるケースがあり、そのような状況下でも安定した嵌合、接触を求められる。過去は抜け防止のために、コネクターの挿入口に筐体(きょうたい)側でキャップが設けられていたが、最近はキャップレスの機器が徐々に増え始めてきており、コネクターへの要求が一層高まってきている。
メカニカルロックは、嵌合状態時に強いロック力が差動し、メモリーカードの抜去を防止する。また、メモリーカードが排出された位置では弱いロック力となり、抜き取りを阻害することなく、メモリーカードの位置でロック力が変化する機構である。そのメカニズムは、Uの字にプレスで形成された金属のロック部品は、①の箇所を軸にロック先端が反時計回りに回動できる構造であり、嵌合状態からメモリーカードが抜去されていくと、ロックが変位し、ロック先端がシェルに設定しているストッパー片と接触する ②の位置でロック変位が抑制されるため、強いロック力を発生させることができる。排出位置からの抜去は、ロック先端を抑制する片、物体は存在しないため、容易に取り出せる程度のロック力を設定している(図5)。

特にドライブレコーダーのような車載振動や衝撃を受け続ける環境において、その機能を大いに発揮することができる。
特長5 多点ホールドダウン構造
外部からユーザーが操作できるI/Oコネクターは、イレギュラーな取り扱いや想定外の力での操作にて挿入間口から破損するケースや、機器の落下による衝撃などでコネクターの破損や実装基板からはんだ剝離に至ることがある。そういった事象による対策は、実装強度のアップか実装後にフランジ等でねじ固定といった物理的に強度を増す方法が主体となる。ST51は前者の方式で、メモリーカードの挿入口以外のコネクター3辺にホールドダウンを合計12点設定し、堅ろう性の向上を図っている(図6)。

多点ホールドダウン化は、単に堅ろう性アップの目的だけではなく、放熱対策の効果を持ち合わせており、複数のメリットを兼ね備えている。
さらなる高速化に対応、より広い分野に
多点ホールドダウンの機能とメリット
1.堅ろう性
さまざまな機器の使用用途や環境により、コネクターに求められる強度は異なってくる。外部からユーザーが操作できるということは、メモリーカードの誤挿入やあおりなどが想定されるが、市場では想定外な出来事が当然のように発生するケースがあるため、コネクター強度は必要以上にマージンを確保しておくほうがよい。
2.放熱対策
高速通信できるストレージは処理能力の影響で、連続したアクセスを長時間続けると、ストレージから高熱を発する場合がある。高熱状態が続いた場合、サーマルスロットリング(処理機能を落として熱を下げる機能)による通信速度の低下が発生してしまい、ストレージ機能を十分に発揮できなくなるため、放熱対策は必須である。
放熱対策は、電子機器のファン搭載有無で大きく変わってくる。スマートフォンやタブレットなどのファンレスデバイスは、熱源の配置により熱の伝達をデバイス全体で均一になるような配慮が必要となってくる。また、ファンがある場合、空気の流動部分に高熱源部品を搭載するケースが多い。
ST51はファンレスデバイスの搭載を想定して、コネクター自身による放熱効果を高めるため、多点のホールドダウンを介して基板へ放熱できる構造としている。メモリーカードからコネクターへの熱伝導は、両者が接触する表面積に大きく影響されるため、嵌合状態時のメモリーカードとシェルの間に空間ができなければ、効率よくシェルへ熱が伝達され、基板へ放熱される。現行のST51ではサーマルスロットリングが発生することなくメモリーカードにアクセスできるだけの放熱機能を兼ね備えている。
今後の課題
microSD™ ExpressはSD7.10の上位規格がリリースされており、さらなる通信速度の高速化が控えている。その場合、前述で記載した熱の問題は、ほぼ確実に課題化されることは間違いないと考えられる。
現行のST51では放熱能力に限界があることから、JAEは独自のアイデアと技術を合わせた、放熱特化コネクターの開発を進めている。既に原理試作のスタートを切っており、その有効性と実力を確認し、十分に効果を得られていることを確認した(図7)。

まとめ
microSD™ Expressは、さまざまな電子機器類をはじめとした小型の外部ストレージとして、これからの市場での活躍と流通化が期待される。
そのmicroSD™ Expressに準拠したコネクターST51は、市場や顧客要求を満足し、より広い分野でmicroSD™ Expressが発展するためのサポート、技術提供を実施していく。
JAEは、進化し続ける電子機器とストレージメディアの中継役となるコネクターで社会、経済の実現に貢献する。
〈筆者=日本航空電子工業(株)〉
※microSD™はSD Associationの商標です。