2021.06.21 【この一冊】「 三体Ⅲ 死神永生」劉慈欣 著 大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功 訳(早川書房)

「三体Ⅲ 死神永生」上巻

「三体Ⅲ 死神永生」下巻「三体Ⅲ 死神永生」下巻

 異星文明・三体世界の太陽系侵略と地球文明の攻防を、壮大なスケールで描く世界的ベストセラー「三体」シリーズ、三部作の完結編。待望の邦訳が出た。(待ちきれず、中国語の原著を取り寄せて読んだファンも近くにいる。評者には無理ですが)

 前作では、あの「フェルミのパラドックス」、つまり、地球外文明が存在する可能性は非常に高く、数も多いと考えられるのに、人類以外の知的生命体との接触がないという矛盾について、作者なりの仮説が圧倒的な説得力で展開され、多くの読み手を驚嘆させた。

 今作は、さらにスケールアップ。侵略艦隊のもとへ人類の「スパイ」を送り込む計画を皮切りに、文字通り時空を超えて物語が進み、飛び跳ね、最後は宇宙の秘密に迫る。訳者あとがきにあるように、「大風呂敷」と緻密な「物語空間」の展開は、まさに「SFの魔法」と呼ぶにふさわしい。

 未読の方のため筋の紹介は避けるが、いまの社会への批評として読める内容(差別、戦争、生命倫理など)が随所にあり、ディストピア小説の要素もある。しかし、どこか希望も感じられる。終盤、やや駆け足とも思えるものの、伏線も回収され、「そう着地するのか」と呆然とさせられる。

 著者の劉慈欣氏は大学卒業後、発電所でエンジニアとしてコンピューター管理などを担当しながら、SF小説を執筆。そんな経歴もあるだけに、スケールの大きさだけではなく、様々な場面で出てくるテクノロジー・機器類の描写の細かさ、リアリティーにもうならされる。

 氏は、中国の投資ファンドにも招へいされ、助言活動をしている。最近、SFの発想をビジネスに生かす取り組みが世界で拡大。SFの描く未来を設定し、逆算でビジネスを考える「SFプロトタイピング」手法を導入する企業が、日本でも増えている。氏の活動は、そんな潮流に棹をさすともいえそうだ。

 文明批評、テクノロジーのヒント…。さまざまな読み方もできそうな今作。睡眠不足は必至で、文革に始まる第一部から再読したくなる。映像化も予定されているというが、作品世界にどこまで迫れるだろう。

 早川書房刊、上巻430ページ、下巻445ページ。各2090円(税込み)。