2022.09.01 【コネクター技術特集】日本航空電子工業の車載高速伝送コネクター・ハーネス開発の取り組み

【図1】差動同軸電線マッピング

 日本航空電子工業(以下、航空電子)が車載用途に特化した高速伝送用コネクターとして初めて量産化した製品は、2001年リリースのアンテナ向け同軸コネクターMX25シリーズである。適用周波数は6G㎐以下、VSWRは1.5以下というスペックであり、製品用途は車載ETCのアンテナが受信したデータの伝送であった。その後、航空電子はGVIF※1の差動信号をカーナビゲーションとモニターの間で高速伝送(1Gbps)するMX30コネクター・ハーネスを開発し、2004年にリリースした。その実績がきっかけとなり、USB、HDMIをはじめとし、さまざまな高速伝送に対応したコネクター・ハーネスの開発を行ってきた。

1.映像伝送への取り組み

 自動車における映像信号の伝送は、インフォテインメントヘッドユニットで再生されたコンテンツを別体モニターへデジタル出力する用途と、車載カメラの映像を別体モニターまたは映像処理ECUにデジタル伝送する用途が主となる。最近では運転席のメーターパネルに大型のスクリーンを配置し、高精度なデジタル映像を映し出すといった用途も増えてきている。これらの映像伝送にはSerDesという高速シリアルインターフェースICが使われている。SerDes ICを使ったデジタル信号の伝送は、差動伝送(デファレンシャル伝送)と同軸伝送(シングルエンド伝送)に大別され、伝送路を構築する回路・コネクター・電線はそれぞれ差動専用設計か同軸専用設計として使い分ける必要がある。

 システムに差動伝送を使うか同軸伝送を使うか見極めるためには、SerDes ICの消費電力・ノイズ特性・スキュー特性※2、基板の回路柔軟性・ノイズ対策、コネクターのシールド性能、電線のシールド性能・屈曲性能・重量などシステム全体のバランスを考慮する必要がある。図1は現時点での差動伝送と同軸伝送の対応領域の目安※3を示したものである。差動伝送においてはUTP・STP・STQ・SPPといった電線構造によって対応可能領域が変化し、それぞれにシールド性能・屈曲性能・コストなどで優劣が存在する。

 2020年を過ぎた頃から、自動車で扱う映像の解像度やフレームレートの市場要求が徐々に上がってきており、信号の高速化による伝送距離とノイズの問題が顕著化してくる。航空電子ではより高速な領域においてはノイズ耐性が強いとされる差動伝送を主軸に製品ラインアップを構えてきた経緯があるが、近年は同軸用のSerDes ICの性能が向上してきた背景もあり、システム全体のバランスを考慮し同軸伝送に対応する製品開発も行っている(図2)。

【図2】

2.車載ネットワークへの取り組み

 自動運転、ADAS(先進運転支援システム)の性能が上がるにつれ、自動車に搭載される電子デバイス(車載カメラ、LiDar、ミリ波センサー、加速度センサー、GPSセンサーなど)の数は増える傾向にある。これら搭載機器のデータを効率よく制御するためには、車載ネットワークの高速化が必要である。また、搭載機器が増え車載ネットワークが複雑化すると、車体全体に配線されるワイヤハーネスの総重量が増え燃費や電費の悪化につながることから車載ネットワーク構造の簡素化も求められている。

 このような背景の中、車載ネットワークには過去来から使われているCAN、LIN、FlexRayなどの通信プロトコルに加え、より大容量データに対応することができるイーサネット通信の採用が進んでいる。イーサネットはLANで使われる通信規格であり、複数の機器を効率よく制御していくことが可能である。

 車載専用のイーサネット規格としては現在、100Mbpsに対応する100BASE-T1(IEEE 802.3bw)、1Gbpsに対応する1000BASE-T1(IEEE 802.3bp)、2.5Gbps/5Gbps/10Gbpsの領域に対応するMulti Gigabit Ethernet(IEEE 802.3ch)が制定されており、航空電子ではお客さまからの要求仕様を盛り込みながら、規格団体が定めた伝送規格を満足する製品開発を行っている(図2)。

3.ノイズへの取り組み

 高速伝送を用いる車載システムにおいてEMC(電磁両立性)対策は無視できない。EMC問題はIC、回路、筐体(きょうたい)、コネクター、電線、ハーネス経路などさまざまな要因が重なって発生するため、システムに問題が発生してしまった場合は伝送路全体を見渡し原因を追究する必要がある。また、主原因をつぶし込めない場合は、副因に対策を講じるなど解決プロセスが重要となる。航空電子ではコネクター設計段階での電磁界解析の結果と、自社で保有する電波暗室におけるEMC評価結果(図3)の整合をとりながら製品開発を進めている。

【図3】電波暗室での評価風景

 通信用電線のノイズ遮蔽(しゃへい)性能を評価する試験方法としては、IEC国際規格のIEC62153-4シリーズが制定されている。その中にある銅パイプ法(三重同軸法)による遮蔽減衰量(Screening Attenuation)と結合減衰量(Coupling Attenuation)は、車載イーサネットにおいて電線・コネクター・ハーネスといった構成部位ごとのノイズ性能を評価する試験方法として引用されており、測定対象物の実力を定量的に確認できることから、世界的に高周波コネクター採用時の重要ポイントになっている。航空電子では、銅パイプ法(三重同軸法)による評価についても電磁界解析(図4)と実測(図5)の両側面から技術構築をしており、製品開発にフィードバックしている。

【図4】AS解析結果
【図5】銅パイプ法測定風景

4.MX74シリーズ製品リリース

 航空電子は車載イーサネット規格である100BASE-T1(IEEE 802.3bw)に適合するコネクターとして、MX74シリーズを2022年6月より販売開始している。同時にコネクターをハーネス加工するためのカスタマーツールの販売体制も整えており、手順書通りにハーネス作業を行うことで、誰でも規格に適合したハーネスを生産できるようにした。

 MX74シリーズは、車載の厳しい環境においても伝送品質を満足する性能を有している。100BASE-T1(IEEE 802.3bw)で規定される伝送規格は初期特性のみであるが、MX74シリーズは自動車環境下を想定した厳しい環境試験後(高温試験、耐湿試験、熱衝撃試験、振動試験、水浸漬〈しんし〉など)においても伝送規格を満足する(図6)。

【図6】MX74挿入損失

 また、MX74シリーズはライトアングル遮蔽タイプ、ストレート遮蔽タイプ、ライトアングルフルSMTタイプをラインアップしている。それぞれ2極タイプにおいては誤嵌合(かんごう)防止のための嵌合キーをAタイプとBタイプの2種類準備しており、お客さまの用途に合わせた使い分けを可能としている(図7)。

【図7】MX74バリエーション

5.これからの展望

 現在、SerDes ICはより高速な領域(5Gbps~10Gbps)の実用に対応するべく次世代品の開発が盛んに行われている。また車載イーサネットもMulti Gigabit Ethernetの実用化が間近に迫っている。航空電子ではそれら時代のトレンドにあったコネクター・ハーネスの開発を行っており、品質と技術面でお客さまの要望にお応えしていく。

※1 GVIFはSONY社が車載用の映像伝送用に開発したデジタルインターフェースICである。
※2 差動伝送のペア間における、伝搬遅延時間の差。
※3 伝送路を構成する部品性能によって対応領域は変化するため一つの目安として考える。

〈日本航空電子工業(株)〉