2023.02.02 【二次電池技術特集】NIMS、ソフトバンク、オハラ 高エネルギー密度なリチウム空気電池の劣化反応機構を解明

【図1】(a)リチウム空気電池の構成図。(b)充放電反応後の負極の断面SEM像(保護膜なしの場合)。100μmの厚みだった金属リチウム負極が50μm程度の厚みまで減少しており、金属リチウム負極が著しく劣化している。(c)固体電解質を保護膜として導入した場合のリチウム空気電池の構成図。(d)充放電反応後の負極の断面SEM像(保護膜ありの場合)。初期の100μmの厚みをほぼ維持しており、劣化が大幅に抑制されている。スケールバー:20μm

軽量保護膜の利用により
サイクル寿命の大幅向上に成功

概 要

 1.物質・材料研究機構(NIMS)は、ソフトバンク、オハラと共同で、各種先端分析技術を駆使することで、高エネルギー密度なリチウム空気電池の劣化反応機構の詳細を解析し、負極の金属リチウム電極の劣化がサイクル寿命の主要因であることを明らかにした。金属リチウム負極の劣化を抑制するため、軽量な保護膜を導入することで、高い重量エネルギー密度を維持しながらサイクル寿命を大幅に向上させることにも成功した。リチウム空気電池の実用化に向け、大きな一歩となる。

 2.リチウム空気電池は、理論重量エネルギー密度が現行のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」であり、軽くて容量が大きいことから、ドローンや電気自動車、家庭用蓄電システムなど幅広い分野への応用が期待されている。

 NIMSは、科学技術振興機構(JST)が高容量蓄電池の研究開発加速を目的に発足したプロジェクトである先端的低炭素化技術開発ALCA特別重点技術領域「次世代蓄電池」(ALCA-SPRING)の支援の下、基礎研究を進めてきた。

 2018年にソフトバンクと共同で「NIMS-SoftBank 先端技術開発センター」を設立し、携帯電話基地局やIoT、HAPS(High Altitude Platform Station)などに向けて実用化を目指した研究を行ってきた。

 同センターは21年に現行のリチウムイオン電池の重量エネルギー密度を大きく上回る500Wh/kg級リチウム空気電池を開発したが、そのサイクル寿命は10回以下であり、実用化に向けてはサイクル寿命の向上が課題となっていた。

 3.研究チームは、これまで確立してきたさまざまな先端分析手法を用い、負極の金属リチウム電極の劣化が過電圧の増大を引き起こしていることを突き止めた。これまで、酸素正極反応の高い過電圧が、サイクル寿命が低くなる原因として考えられてきたが、研究結果は従来の定説を覆す重要な発見と言える。

 さらに、金属リチウム負極の劣化を抑制するために、軽量性と柔軟性を兼ね備えた厚み6μmの固体電解質膜を開発し、負極の保護膜としてリチウム空気電池に搭載。その結果、高い重量エネルギー密度を維持しながらサイクル寿命を大幅に向上することに成功した。

 4.今後は、サイクル寿命のさらなる向上を実現し、早期実用化につなげる。

背 景

 NIMSはJSTの支援の下、リチウム空気電池の研究開発を進めてきた。18年にソフトバンクと共同で、NIMS-SoftBank 先端技術開発センターを設立し、携帯電話基地局やIoT、HAPSなどに向けたリチウム空気電池の実用化を目指した開発研究を行ってきた。

 これまで研究チームは、同センターの研究により、現行のリチウムイオン電池の重量エネルギー密度(200Wh/kg程度)を大きく上回る500Wh/kg級リチウム空気電池を開発、室温での充放電反応を実現してきた。しかしサイクル寿命は10回以下で、向上が課題となっていた。

研究内容と成果 

 リチウム空気電池は、多孔性カーボン膜(正極)、セパレーター、金属リチウム箔(はく)(負極)を積層(図1a)。放電反応では、負極で金属リチウムが電解液に溶出し、正極で酸素と反応して、過酸化リチウムが析出する。また、充電反応は、放電反応とは逆に、正極の過酸化リチウムが分解し酸素を放出、負極では金属リチウムを析出する。

 今回、研究チームは、同センターで開発した高エネルギー密度なリチウム空気電池に対して、これまで確立してきたリチウム空気電池内部の複雑な化学反応を解析するための先端分析手法を適用することで、電池劣化反応機構の解明を試みた。

 充放電反応後の負極断面の走査型電子顕微鏡(SEM)の観察結果をみると、初期は100μmだった金属リチウム負極の厚みが、50μm程度まで減少しており(図1b)、金属リチウム負極が著しく劣化していることが分かる。

 反応の詳細を明らかにするため、電池セル内部のガス分析測定を実施。その結果、正極における副反応(溶媒の分解反応など)に伴って発生した水や二酸化炭素が負極側で反応している可能性が示唆された。

 研究チームは、これらの副反応生成物が、金属リチウムの負極の劣化原因ではないかと考えた。正極からの水や二酸化炭素といった副反応生成物のクロスオーバーを抑制するために、厚み90μmの固体電解質を保護膜として正極と負極の間に導入したリチウム空気電池を作製し(図1c)、充放電反応試験を実施した。保護膜を導入したリチウム空気電池における、充放電反応後の負極の断面SEMの観察の結果、金属リチウムの負極の厚みは、初期の100μmをほぼ維持し、劣化が大幅に抑制されていることが明らかとなった(図1d)。

 一方で、クロスオーバーを抑制するために保護膜として導入した厚み90μmの固体電解質は非常に重い材料であるため、リチウム空気電池の高い重量エネルギー密度を損なってしまう。

 そこで、研究チームは、軽量性と柔軟性を兼ね備えた厚み6μmの固体電解質(図2)を開発し、負極の保護膜としてリチウム空気電池に搭載。作製したリチウム空気電池の重量エネルギー密度は400Wh/kgを超え、従来のリチウムイオン電池の2倍以上の重量エネルギー密度を有していることが分かった。また、20サイクル以上の安定した充放電反応が進行することを確認した。

【図2】厚み6μmの固体電解質膜。スケールバー:1cm

今後の展開

 研究では、正極で生じた副反応生成物のクロスオーバーが、金属リチウム負極の劣化の主要因であることを明らかにした。従来、酸素正極反応における高い過電圧が、リチウム空気電池の低いサイクル寿命の原因として考えられてきたが、この結果は従来の定説を覆す重要な発見であり、学術的に非常に価値の高い成果。

 今後は、今回開発した軽量保護膜を搭載したリチウム空気電池に、現在開発中の新規材料群を搭載することで、サイクル寿命のさらなる向上を実現し、リチウム空気電池の早期実用化を目指す。
 〈資料提供:NIMS、JST、ソフトバンク、オハラ〉