2020.11.02 【NHK技研90周年に寄せて】元NHK技研・基礎研研究員 福島邦彦氏 周辺にも広く目を向け新たな発想
1958年にNHKに入局し、大阪放送局を経て、NHK技研に移り、テレビの画質評価(ノイズの見え方など)や立体(3D)テレビ、テレビ信号の帯域圧縮(画像の高能率符号化)などの研究に取り組んだ。
65年にNHK技研から独立して新設されたNHK放送科学基礎研究所(基礎研)の視聴科学研究室に転勤し、主に脳の情報処理の研究を行った。放送で送信する視覚・聴覚情報の最終的な受け手の人間の脳の仕組みを、生理学・心理学・工学(モデル)の3分野の研究者が三位一体になって研究を進めた。私は神経回路モデルを担当した。
81年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、米国の神経学者デイヴィッド・ヒューベルとトルステン・ウィーセルの両博士が50年代後半に提唱した仮説、単純型・複雑型・超複雑型細胞が階層的に結合して視覚情報を処理するという「Hubel-Wiesel」仮説に魅せられた私はその仮説をヒントに、入力パターンの曲率を抽出する能力を持つ階層型の人工神経回路(ニューラルネットワーク)を作り、シミュレーションを行った。しかし、当時はコンピュータなど研究機器の性能が貧弱で、ほぼ手作業で大変だった。
同時期に米国の心理学者フランク・ローゼンブラット氏が入力層、中間層、出力層の3層構造になっているパーセプトロンを発表していたが、多層回路を効率的に学習させる手法がなかった。そこで、私は細胞同士を競争させることで学習が進むと考え、75年に神経回路モデル「コグニトロン」を考案した。
しかし、入力パターンが変形したり、位置ずれしたりするとうまく認識できない弱点があった。
そこで前述の曲率を抽出する多層の神経回路にコグニトロン型の学習機能を取り入れて、多層神経回路モデル「ネオコグニトロン」を79年に開発。これがここ数年で急速に普及したAI(人工知能)の中核技術となるディープラーニング(深層学習)の基礎となっている。この功績が認められ、私は今年世界的な学術賞の米フランクリン協会「バウワー賞」の受賞が決まった。
しかし授賞式は、コロナウイルス騒ぎのため来年までお預けである。
今考えれば、研究員だった当時のボスの樋渡涓二さんは研究のことをよく分かっている方で、「研究する上で、NHKのことは忘れろ。学界に寄与できる成果を出せれば、結果的にNHKに大きく貢献することになる。短期的なことは考えるな」と言われた言葉が印象に残っている。そのおかげで自由に研究ができて、今の私がいると言っても過言ではない。
今でもネオコグニトロンをさらに発展させ、改良を加え、少量のデータで学習できるAIを実現する研究を続けている。
最後に、自分の研究に直接関係しない周辺領域の論文にも目を通したおかげで、ネオコグニトロンの発想につながる大きなヒントを得た。「自分の目指す研究分野だけを見据えるのではなく、その周辺にも広く目を向けることが新しい発想を生むための大きなヒントになる」と後輩に伝えたい。