2021.01.08 【音に魅せられて】Technics(パナソニック)〈4〉新しい技術で新しい提案

 パナソニックの高級オーディオブランド「Tecnics(テクニクス)」は2014年(平成26年)に復活し新たな歴史を刻んでいる。これまでテクニクスの歴史と復活劇の裏側について3回にわたりアプライアンス社テクニクス事業推進室の井谷哲也CTO(最高技術責任者)/チーフエンジニアとともに見てきた。今回は最終回となり、テクニクスの音作りと今後について井谷CTOに聞いた。
(聞き手は電波新聞社メディア事業本部 水品唯)

■プロジェクト発足から1年

 ―2013年(平成25年)に次世代Hi-Fiオーディオプロジェクトが発足してからわずか1年でテクニクスブランド復活にこぎつけましたが、非常に短時間だったのですね。

 井谷 その前から基礎的な開発は継続してきていましたが、その意味では短期間で製品化をしたことになりますね。プロジェクトでは具体的に2ライン構成にしていくことや、具体的な企画開発を進めましたね。いずれにしましても、脈々と続けてきたアンプの開発がここに結実することは、技術者らの大きなモチベーションになりました。

■ハイレゾ中心のデジタルで勝負

 ―復活に当たってのコンセプトなどはどのようにしたのでしょうか。

 井谷 当時はハイレゾリューション(ハイレゾ)がブームになりつつあるころでした。それまでは圧縮オーディオが中心で利便性が重視されていましたが、ハイレゾは利便性もあり音質も良いことが特徴です。前に述べたフルデジタルアンプも完成し、ハイレゾとの親和性がいいので、そこで勝負しようと考えました。ネットワーク関連の開発などもしてきていましたので、ネットワークプレヤーなどの展開も視野に入れていました。

 ―スピーカはテクニクス終息後には開発していなかったのですよね?

 井谷 確かにスピーカをどうするかが課題でしたが、スピーカのベテランエンジニアが残っており、昔のつながりを使いながら開発したというのが実情です。もちろん、スピーカの研究開発部署も社内に残っていましたので活用しました。

 スピーカの生産は、キャビネットは生産できませんがスピーカユニットは車載用スピーカの生産を行っていますので、そのラインを使っています。

■少数精鋭

 ―現在の体制はどのようになっていますか。

 井谷 テクニクス事業推進室は、復活した翌年に立ち上がりました。室長の小川理子を中心に、私が先行開発を担当し、設計から製造までの担当、事業企画担当など、小川を含め計6人で対応しています。小川は、テクニクスを単にHi-Fiオーディオだけに終わらせてはいけない、ほかの製品開発にも貢献しようという思いを強く持っています。例えば、主力のテレビ「ビエラ」には「Tuned by Technics」として音響技術やアンプ技術を応用していますし、そのほかにも仕込みをしています。

 そのため、開発の人員も流動的です。発足当初は専任の五十数人体制で進めていましたが、開発した技術を他部門のいろいろなところに応用することも考えていますので、現在は兼任も含めて五十数人体制で進めています。具体的には、数年先を見据えて先行開発するメンバーが数人いるほか、商品設計チームでは、電気回路、音響(スピーカ)、外装やメカニズム(ターンテーブルなど)、ソフトウエアなど、それぞれ約10人ずつで開発を進めています。

 今はいろいろな技術者がいますし、オーディオ好きも多くいます。復活当初はベテラン中心だったですね。当時若手だったエンジニアも40代に育ち、最近は新入社員にもテクニクスをやりたいという人が多くなり配属もされ、徐々に世代交代も進んでいます。若い人は音楽好きが多く、楽器をやっていたりする人もいます。ただ音楽はスマートフォンで聴いている人が多いです(笑)。

■先行メーカーにないポジション 

 ―テクニクスの音作りはどこにこだわっていますか。

 井谷 音はすごく難しい議論になると思います。室長の小川はピアニストでもありミュージシャンですから、「音楽が生まれる瞬間のエネルギーや情熱を伝える」と言っています。私たちはそうした音が具体的にどういうものかを手探りでやっていました。その中でダイレクト・ドライブ方式ターンテーブルの「SL-1000R」を開発した際に、やりたかったことがクリアになってきましたね。徹底的な回転精度の追求と不要振動排除により得られたわれわれ独自の音が、いろいろな人に評価されたことでテクニクスが目指すべき音の方向性が見えたような気がしています。

 一般的にアナログターンテーブルは音色で特色をつけるケースが多いのですが、ある評論家からは音色を主張しないのが良いところだと言われました。一昨年発売したスーパーオーディオCDプレヤー「SL-G700」も、昨年開発したインテグレーテッドアンプ「SU-R1000」も同じ方向性の音に仕上がっています。最近は専門店の方や評論家の方と話していても、それぞれ細かいところで議論はあるものの、「先行のオーディオメーカーにはない、良いポジションを見つけましたね」と言われたこともありました。言葉で表すのは難しいですが、人によってはさわやかな音、またある人は音の広がりが良いとも言われます。

SL-G700

■こだわるところは技術

 ―音は聴く人、聴く場所、オーディオシステム、コンテンツ、全てにおいて変化しますから、正解はないのかもしれませんが、メーカーによって音の特徴を出すところもあると思います。

 井谷 メーカーやブランドで音の違いはあるとは思っていますが、テクニクスは特定の音色を意図的につけて差別化するという考えではないです。例えば、スピーカに関していえば、立体的な音場を作りたいと思っています。「SB-R1」などを見ても分かると思いますが、大きいバッフル板だと音源が大きくなるので、音の放射は小さい方がよいと考えてこの形になっています。ターンテーブルもピックアップで振動を拾いますから、他の振動をいかに減らすかを追求しているわけです。

 アンプにしてもS/Nや歪みの低減もありますが、左右のクロストークを減らすことが重要だったりします。SU-R1000は画期的な提案をしており、カートリッジの周波数特性とクロストークの特性を計測し、デジタル処理で周波数特性を整え、クロストークを減少させています。レコード再生においてクロストークがなくなれば音場が明確になりますから、こうした新技術を前面に提案を進めています。

■テクニクスらしさ

 ―この部分にもテクノロジーにこだわるテクニクスのDNAを感じますね。

 井谷 そうですね。私は常々エンジニアたちに「テクニクスらしいですか」と問うています。新しい技術で新しい提案をするのが諸先輩が築いたテクニクスのDNAですから、これからも引き継いでいきたいと思っています。

 アンプがデジタルということが特徴ですから、デジタルアンプを嫌う人もいますが、そうしたところをケアしながら元となる音質を上げながらデジタルでしかできないことに取り組んでいきたいですね。

SU-R1000

 ―アナログターンテーブルとともに真空管アンプなども、はやっていますが。

 井谷 真空管アンプはテクニクスに求められていないと思っていますので、自分たちの得意な世界でとがっていきたいですよね。オーディオは趣味の世界ですから、特定のところでとがっていることが良いと思っています。

■かつてのマニアが戻る場所も

 ―メーカーとしては開発費などが限られる中でコストを意識した開発と製品化が重要になりますが、どのように考えていますか。

 井谷 リファレンスクラスは私たちの最上位、最先端の技術を盛り込み開発していますが、基本は常にコストを意識し技術者、工場、調達などのメンバーが知恵を絞り、最適なコストで良い製品を出せるように取り組んでいます。そしてリファレンスで開発した最先端の技術を下のクラスであるグランド、プレミアムの各シリーズに落としていっています。特にグランドクラスは昔オーディオをやっていた人が再入門するカテゴリが必要だと考えて作りました。かつてのオーディオマニアが戻る場所になり、そしてより長く使ってもらい、様々なシステムと組み合わせて使ってもらえるようにしたいと思っています。

 ―パナソニックでもオーディオを展開していますし、技術陣も入り組んでいますが、パナソニックとテクニクスの線引きなどはどうしていきますか?

 井谷 状況に応じて柔軟に変えてきているため、一概に線引きの基準をつけられませんが、やはりテクニクスという名がつくものは、音にこだわる人からも受け入れられるものにしていきたいですし、デザインもそれにふさわしいものにしていきたいですね。

■区切りの年

 ―今後のテクニクスの方向性はいかがですか。

 井谷 実は2020年(令和2年)は区切りの年になります。アンプは第一世代でJENOエンジンを搭載し様々な機器に搭載してきました。このエンジンには自信がありますが、システムとして改善の余地があると思い、そのうえで新たなアーキテクチャで開発したのがSU-R1000です。さらにコンパクトステレオシステム「SC-C70MK2」はテクニクス復活以来、初のMK2とつくモデルになります。ネットワークと音響をグレードアップしました。

 全体では6年たってほぼ一巡したと思っていますので、ラインアップの穴を埋めながら、初期に発売した製品群のモデルチェンジのフェーズにも来ていると感じています。同時にテクニクスで培った技術をパナソニックのほかの製品にも入れていきたいですね。(おわり)

【井谷哲也氏プロフィル】パナソニック アプライアンス社テクニクス事業推進室CTO(最高技術責任者)/チーフエンジニア

 いたに・てつや 1958年1月20日生まれ。京都市出身。岡山大学工学部電気工学科卒。1980年、松下電器産業(現パナソニック)入社。81年、ステレオ事業部CDプレーヤ開発プロジェクト配属マイコン担当。82年、CDプレヤー1号機「SL-P10」発売。85年、ポータブルCDプレヤー1号機「SL-XP7」発売。86年、MLP(レーザーディスク)プロジェクト異動 映像信号処理担当。90年、世界初のデジタルTBC搭載「LX-1000」発売。95年、光ディスク事業部DVDプレーヤプロジェクト異動 映像信号処理担当。98年、世界初のプログレッシブDVDプレヤー「DVD-H1000」発売。2004年、HDMI搭載DVDプレヤー「DVD-S97」。05年、BDプレーヤプロジェクト異動 再生系映像信号処理担当/PHL Reference Chroma Processor/3Dプロジェクト。10年、ホームAVBU(NWBG)発足 オーディオ・ビデオ先行開発担当。13年、高級オーディオプロジェクト発足プロジェクトリーダー。14年、Technics復活。15年から現職。