2023.08.31 【ソリューションプロバイダー特集】市場動向 AI
「AI戦略会議」後の記者会見に臨む村井首相補佐官(左)ら=東京都千代田区
生成AI利用を後押し
IT各社が体制づくりを加速
利用者の指示に基づいて文章や画像などを自動生成する「生成AI(人工知能)」が、デジタルトランスフォーメーション(DX)と相まって社会全体に巨大な影響を与えそうだ。個人や組織の業務を進化させることにとどまらず、生成AIを活用した新しいビジネスモデルが幅広い業種を一変させる可能性も秘めているからだ。一方、活用時の情報漏えいや権利侵害などのリスクが懸念され、DXを支援するIT各社は適正なAI利用を後押しする体制づくりを急いでいる。
◆「成長市場に熱視線」
生成AIの市場規模は、2027年に1200億ドル(約17兆円)規模に達する-。経済産業省は8月上旬、有識者による検討会での議論を踏まえてまとめた報告書「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方」を公表。この中で、同市場の成長性を示すボストンコンサルティンググループ(BCG)の分析結果に注目した。
1200億ドルは23年の世界のノートパソコン市場とほぼ同じ規模。経産省はBCGの分析に触れた上で、「DXに取り組んできた企業にとっては、生成AIの利用を通じてさらに高度なDXを実現することができる」と強調した。
生成AI市場が拡大するという期待感が膨らむ中、社内外で生成AIの有効活用を推進する新組織を5月に立ち上げたのが日立製作所。AIやセキュリティー、知的財産などに精通した多様な専門家が集結する「Generative AIセンター」だ。AIのリスクをコントロールしながら、先端的な活用事例を実践できるよう支援するコンサルティングサービスの提供にも乗り出した。
同組織は、日立の各事業部やグループ会社とも連携。グローバルロジックなど米国に拠点を構えるIT子会社ともスクラムを組む。さらに日立独自の生成AIの開発に取り組むとともに、米マイクロソフトなどほかのサービスに組み合わせて業務に生かす計画だ。
NECも生成AIをビジネス変革につなげようと、専門家組織を7月に新設。日本語能力にたけた生成AIの基盤となる「大規模言語モデル(LLM)」を開発し、8月から一部顧客を対象にLLMを用いたサービスの試験提供を始めた。今後3年間で約500億円の売り上げを目指す。
開発したLLMは企業が独自に持つデータを学習させることで、個別の業務に対応してカスタマイズできる。金融や交通・物流、流通、製造など多岐にわたる業種での活用が可能になるという。
富士通子会社でDXを支援するRidgelinez(リッジラインズ)も、生成AIを企業の競争力向上や業務変革につなげたい企業のニーズに応えて攻勢をかけている。5月にコンサルティングサービスを用意。6月には、AIのガバナンス(統治)体制の構築を支援するサービスの提供を始めた。
AIの開発や活用に関わるルールとガイドラインの策定を手始めに、AIを管理するプロセスの整備や同技術に潜むリスクの可視化もサポート。AIのリスクがコントロールされている状態を最初の目標に据えて必要な体制を整えた上で、それを起点にガバナンスの高度化を目指す。AIの進化に伴い変化するリスクに即応できるよう、アジャイル(俊敏な)型で体制づくりを後押ししたい考えだ。
◆「世界各国の規制動向」
グローバル企業にとっては、生成AIを巡る世界各国の規制動向も無視できなくなっている。PwCジャパングループが「生成AIを巡る日米欧中の規制動向最前線」をテーマに開いたセミナーによると、グローバル展開する日本企業が対応すべきAI関連の法令やガイドラインの数は20年以降に約3倍に増加し、84件に達した。
生成AIの国際的なルール作りに向けて5月のG7首脳会議(広島サミット)で、閣僚級の議論の枠組み「広島AIプロセス」を年内に創設することが合意された。ただ首脳宣言を見ると、「信頼できるAI」という共通目標を達成するためのアプローチや政策手段が、G7諸国間で異なる可能性も指摘されている。
PwCコンサルティングでトラストコンサルティングサイバーセキュリティ&プライバシーのディレクターを務める上杉謙二氏は、広島AIプロセスに言及した上で、特に日本と米国、欧州連合(EU)、中国の規制動向を整理して紹介。法律で厳格に規制するEUと中国を「ハードロー型」、罰則のないガイドラインなどで対応を進める日本と米国を「ソフトロー型」と位置付けた。
上杉氏は「日本企業はどの規制レベルに対応すれば良いかを考える必要がある。低いレベルに合わせると、法令対応コストがかさみかねない」と指摘。企業の責任者に対して、AI規制に関する海外動向を注視する課題を投げ掛けた。中でもAIサービスの提供企業では「法令のモニタリングを強化し、システム的な対応やガバナンス的な対応が必要になる」と強調した。
また、PwCジャパングループがまとめた「2023年AI予測調査日本版」に目を向けると、AIの活用で日本は米国に大きく離されている状況だ。
日本での調査はウェブアンケートを通じて、売上高500億円以上で「AIを導入済み」または「導入検討中」という企業の部長職以上331人を対象に3月に実施。比較対象となる米国の調査は、1014人の企業幹部に対して同時期に行った。
それによると、22年の調査では日米のAI活用度に差がほとんど見られなかったが、今回の調査で乖離(かいり)が浮き彫りになった。AIの業務への導入状況を見ると、米国の導入企業の比率が22年の55%から上昇し、23年は72%に到達。日本は、22年とほぼ同じ50%にとどまった。
同社は、投資した費用からどの程度の利益や効果が得られたのかを示す指標「ROI」にも注目。過去1年でどれだけの企業がAI投資に対してROIを得られたかを分野別で確認し、日米で比較した。米国は「顧客体験の創出」や「製品とサービスの革新」をはじめ全ての分野で、5割以上の企業が十分なROIを得ていた。対照的に日本は総じて3割以下と大きく水をあけられていた。こうした実態も、日本でのAI活用が停滞している要因の一つだという。
AI新時代への取り組み活発化
◆「政府の議論も活発化」
日本政府は8月上旬、生成AIの国際的な議論を推進するため、「AI国際戦略推進チーム」を立ち上げた。広島AIプロセスを前進させることが狙いで、チーム長に村井英樹首相補佐官が就任した。
AIに関する政策の方向性について有識者と議論する「AI戦略会議」(座長=松尾豊東京大学教授)の第4回会合では、広島AIプロセスの今後の進め方を議題として取り上げたほか、AI開発力の強化についても意見を交わした。
広島AIプロセスを巡っては、オンラインで開く閣僚級会合で中間報告をまとめ、今秋のG7首脳テレビ会議に報告する予定。さらにG7以外の国や産業界なども含めたステークホルダー(利害関係者)から幅広く意見を聴取し、年末までにオンラインの閣僚級会合を再度開くことを視野に入れている。
日本は、23年のG7議長国を務めている。議長国として中間報告の「日本提案」を作成してG7メンバーに示す予定で、今回の会合に中間報告に向けた日本の案を提示。案には、生成AIのリスク対応で各主体が果たすべき責務を記述した行動指針のほか、偽情報の拡散や知的財産権を侵害する懸念を踏まえた対応の方向性なども盛り込んだ。
会合後に開いた記者会見で村井首相補佐官は、AI広島プロセスの前進に向けて「引き続き国際的な議論を主導したい」と強調。AI開発力の強化に向けては、民間による計算資源の整備を支援するほか、学習に使う高品質なデータの拡充などを後押しする方針も示した。
生成AIは今後、IT以外の多彩な業種での応用が見込まれるだけに、開発の遅れは国の競争力低下に直結しかねない。こうした危機感を強める経済産業省は7月、開発支援策について検討する有識者委員会を立ち上げた。
LLMに代表される基盤モデルの開発では、スーパーコンピューターなどの計算資源を駆使し、膨大なデータを学習させる必要がある。そこで経産省は支援スキームを通じて、基盤モデルの開発企業に計算資源の利用サービスを提供することを狙う。
世界の規制動向を注視しながら、リスク対応も含めたAIの社会実装力をいかに高めていくか。高度なAIの恩恵を瞬時に受けられる「AI新時代」を見据えた取り組みの本気度が、日本の官民に試されようとしている。