2024.04.25 グローバルで活躍できる技術者を養成する大学を日本に 西和彦氏インタビュー

新大学では「本物の技術者」を育成したいと語る西和彦氏

 アスキー創業者で、MSXの開発者として知られる西和彦氏らが中心となって、グローバルで活躍できる技術者の養成を目的とした「日本先端工科大学(仮称)」の開学準備が進んでいる。創立者の西氏に大学創立の狙いなどを語って頂いた。

―大学創立を思い立った理由は何ですか。
西 答えはとてもシンプルです。「本物の技術者」を育成したいということです。わが国には世界で活躍でき、未来を切り開くことができる技術者が圧倒的に不足しています。それを何とかしたい。私は1970年代~80年代にかけて日本メーカーが立ち上げたパソコン事業のほとんどに関わりましたが、そのころ、日本はたしかにIT先進国でした。日本には米インテルとマイクロプロセッサを開発した嶋正利博士など素晴らしい技術者がいました。そこで、私は嶋博士を招き、グローバルな半導体開発会社を設立しました。


―でも、うまくいかなかった。
西 残念ながらそうでした。日本では必要な技術を持つ人を十分に集められませんでした。日米での技術者層の厚みの決定的な差に暗たんたる思いでした。


―そこで教育の領域へ向かったわけですね。
西 今世紀に入り、経営の一線から退いたので、これまでの自分の経験を若い世代に伝えなければと思い、教育という領域に踏み出しました。


―どのような大学を作ろうとされていますか。
西 教育でいろいろ経験してわかってきたことは、既存の教育システムが最適とはいえないのではないかということです。


―たしかに日本の教育システムには硬直化した部分もありますね。
西 例えば、日本で有数の大学卒業の技術者だからといって、技術者としての資質に優れ、夢中になって課題に取組める人は多くはありません。反面、トップではない大学出身でもセンスや意欲が抜群の人はいます。つまり、大学のレベルと本物の技術者としての資質は必ずしも比例していないわけです。


―つまり、新大学では、センスを持った技術者のタマゴを育てたいと。
西 そうですね。純粋な技術者の養成に絞った大学にしたいですね。


―新大学はどのような教育を実践するのでしょうか。
西 入学から研究課程に至るまでの機能を一から見直します。入試の筆記試験は参考程度にし、時間をかけて面接を行い技術者の可能性を選抜します。


―授業に何か特長はありますか。
西 ほぼ全科目を「反転授業」で実施します。授業を受けてから復習する従来のものを反転した独自の形式です。つまり、予習して授業に臨んでもらい、授業は演習やアクティブラーニング、グループディスカッションに集中してもらいます。もちろん、グローバルな技術者の養成ですから、英語での授業、ディベートやプレゼンテーションを通して、英語、日本語を中心としたコミュニケーション能力も育成します。とにかく主体的に学んでもらうことが狙いです。


―このような主体的に学べる環境の整備には経済的な負担も大きくなりますね。
西 私大なので学費はそれなりですし、環境整備の負担は大きくなります。そこで、ビル・ゲイツ氏や企業の協力を得て、奨学金制度を充実させることを検討中です。卒業後に支援企業に入社することでの奨学金返済免除制度も作ります。


―充実した環境になりますね。
西 大切なのは、学生の意欲を引き出し、産業界で通用する才能を伸ばす文化だと思います。私が学生時代から関わった創業期のマイクロソフトには、独創性を存分に発揮できる自由な空気がありました。あの魅力的な空気を現在の学生にも味わってほしいのです。


―独創性を存分に発揮できる文化を大学に作るのは簡単ではないですね。
西 その第一歩は教える側の姿勢にあります。教授陣はその専門分野で一流であるだけでなく、独創性を尊重し、産業界にも通じた人材を揃えます。教員と熱意のある学生の交流がその文化を育むはずです。


―大学の専門課程から大学院へと続く研究活動はどのようなものになるのしょうか。
西 実業との関連を重視し、3~4年生の専門課程では「IoTメディア」「医工学」「表面・超原子先端材料工学」「移動体工学」「地球・月学」の五つのコース用意しました。どれも日本に強みがあり、発展が見込める分野です。卒業研究は修士課程も同様ですが、最終的に社会的課題を解決し、人々を幸福にに導くための具体的テーマとします。ですから学術論文至上主義はとりませんが、学術論文をおろそかにするということではなく、研究と平行して論理的に論文を書く能力も養成します。また、大学院と共に研究の柱となる組織が「インパクトリサーチセンター」で、独自設定テーマの研究を企業などと連携し、推進します。例えば、表面・超電子工学研究所、生命科学センターなど複数が発足予定です。


―博士課程はどうなりますか。
西 新大学の大学院は、修士の学生が進学するというより、いったん社会に出た技術者が取り組みたいテーマを持って帰ってくることを想定しています。


―西さんは、新大学設立に大きな力を注いでいらっしゃいますが、グローバルで活躍できる技術者を養成することだけが目的なのでしょうか。
西 私には苦境にあったとき救ってくれた恩人が二人います。一人は当時の財界の重鎮であった日本興業銀行の中山泰平氏で、「国のため、人のため、世のため、君は何ができるのか」と繰り返し問われました。もう一人、平成を代表する実業家だった大川功氏。大川さんからは「日本の実業に役立つ、生きた情報教育を行う超一流の大学をつくれるのはお前だけだ」と激励(げきれい)されました。お二人の言葉が今の私を突き動かしてます。