2025.01.16 【計測器総合特集】アンリツ NTN試験ソリューション 6Gに向けて発展する非地上系ネットワーク

デジタルデバイド解消めざす

 スマートフォンやIoT機器など、多様な用途で使用されるセルラー端末は、基地局との無線通信を通じて通話やデータ通信を実現している。地上ネットワーク(TN:Terrestrial Networks)において、基地局の通信範囲は半径数キロメートル程度で、基地局はコアネットワークと有線で接続される。そのため、海上や空中にネットワークを広げることが物理的に困難である。また、地上でも採算性の観点から通信エリア化が難しい場合があり、世界人口の約4%(約3.5億人)は無線ブロードバンドサービスが無い地域に居住している。さらに、災害などによりコアネットワークが断線した場合は復旧に時間がかかるという難点がある。

 セルラー通信の標準規格化を主導する3GPP(3rd Generation Partnership Project)は、次世代通信であるBeyond5G/6Gにおいて、通信エリアを地球全域に拡大することを目標の一つとしている。中でも、宇宙にある人工衛星などを起点として広大な通信エリアを構築する非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Networks)の研究が盛んで、非居住地域におけるIoT機器の活用や、人口密度が低い地域におけるデジタルデバイド(情報格差)の解消、災害時の緊急通信手段の確立が目指されている(図1)。

■NTNに使用される宇宙・空中プラットフォーム

 NTNにおいて、サービスの方向性を左右する重要な要素の一つに、宇宙・空中プラットフォームの種類がある。その高度と通信エリアには正の相関関係があり、高度が高いほど通信エリアは広くなる。一方で、高度は伝搬損失や伝搬遅延とも正の相関関係があるため、高度が高いほどアンテナなどの通信設備は大型化し、通信のリアルタイム性が損なわれる。そのため、さまざまな宇宙・空中プラットフォームを組み合わせたネットワーク構築が検討されている(図2、表1)。

 人工衛星は地球周回軌道により、静止軌道(GEO:Geostationary Earth Orbit)衛星や低軌道(LEO:Low Earth Orbit)衛星などに分類される。GEO衛星は地上から見ると常に上空に存在するため、比較的通信の確立が容易だが、高度が高いため衛星が大型化し、衛星やその打ち上げコストは高くなる。

 一方、LEOの高度はGEOの20分の1から200分の1のため衛星が小型化し、衛星やその打ち上げコストが低減される。しかし、LEO衛星が見通し範囲に存在する時間は10分程度と短いことから、高速で移動する衛星を補足・追従し、さらに次々に通信対象の衛星を切り替えるなど複雑な通信制御が必要になる(図3)。

 成層圏を飛空する航空機や気球であるHAPS(High Altitude Platform Station)は1990年代から検討が始まった比較的新しい空中プラットフォームであり、実証実験や法令整備など実用化に向けた準備段階にある。HAPSは地上に対してほぼ移動せず、その高度はLEOの10分の1から100分の1で地上基地局と同程度の伝搬遅延のため、TNの地上基地局と同様のサービスが期待されている。

人工衛星で進むNTNの実用化

■衛星通信の進化

 人工衛星の通信利用の歴史は古く、1963年に日本初のTV衛星中継が行われ、82年に衛星通信による電話サービスが開始された。当時はGEO衛星が使われていたが、指向性を瞬時に変えることができるフェーズドアレイアンテナの小型高性能化により、LEO衛星の活用が増加している。

 現在では地上に設置したアンテナ(大きさはB3程度、重量は数キログラム)を端末と接続し、最大220メガbps以上を提供するサービスが、Wi-FiルーターやTNのバックホール回線として利用者を増やしている。

 また、外付けアンテナを使用しない、衛星とスマホやIoT機器との直接通信の実現を目指し、TNで使用されているセルラー端末を用いた実証実験が進行中である。

■NTN通信規格の標準化と普及の加速

 3GPPはNTN通信規格の標準化を進めており、NTNの普及が一層加速する見通しだ。22年に3GPP Release-17において5G NRやNB-IoTをベースとして、人工衛星を用いたNTN通信の基本仕様が策定された。

 3GPP準拠のNTNでは、端末が基地局から取得した衛星位置情報と、人工衛星を活用した測位システム(GNSS)などで取得した自身の位置情報を基に、伝搬遅延などを補正することで通信エリアを拡大している。

 衛星通信は伝搬損失が大きく、安定した通信のために単位周波数当たりの電力を高くする必要があるが、端末の送信総電力は法令の規定を上回ることはできない。そのため、特に伝搬損失が大きいGEO衛星を用いる場合は、180キロヘルツの狭帯域で運用可能なNB-IoT NTNが適している。

 また、周波数帯域幅と通信速度は比例関係にあるため、大容量データ通信の実現には、比較的伝搬損失の小さいLEO衛星を用いて、広帯域を使用可能なNR NTNの採用が求められる。

 衛星通信事業者のSkyloは、世界で初めて3GPP準拠のNB-IoT NTNによる直接通信サービスを開始した。24年に発売された一部のハイエンドスマホはNB-IoT NTN通信機能を搭載しており、アンリツの測定ソリューションがその開発と評価に使用されている。

NTN通信品質向上の取り組み

■NTN端末評価の概要と課題

 NTN端末もTN端末と同様に、3GPPが規定する機能や性能を満たす必要がある。3GPPは試験仕様と合否判定基準を定義しており、測定器には、伝搬遅延の模擬や衛星位置情報の通知など、従来のTN端末評価には無い機能が求められる。

 通信事業者は、通信チップセットや端末ベンダーに対して実際の使用状況を想定した評価を求めており、NTNの大きな伝搬損失を考慮した、3GPPよりも厳しい条件での端末受信性能評価が行われる。さらに、NTNの利用効率やユーザーエクスペリエンス改善のためにNTNとTNのスムーズな切り替えも評価対象となる(図4)。これらを定量的に評価するためには、実際に運用されているネットワークではなく、安定してさまざまな試験条件を実現できる測定器や測定システムが必要になり、通信技術の進化に伴い複雑化する試験条件を、効率的に実現し評価することが課題となっている。

■アンリツのNTNソリューションとその貢献

 アンリツは2Gから5G向けに、RF試験、プロトコル試験、RFコンフォーマンス試験、プロトコルコンフォーマンス試験のソリューションを長年にわたり提供しており、端末の品質向上と豊かなネットワーク社会の実現に貢献している。これらのソリューションは3GPP準拠のNTNにも対応しており、NTN機能を実装する通信チップセットや端末の開発・検証に用いられている。

図5 NB-IoT NTN RF試験に対応するMT8821C

 例えば、ラジオコミュニケーションアナライザMT8821C(図5)は、端末のRF性能評価に特化した直感的で分かりやすいGUIを備え、多様なRF性能評価を容易に実現。信号受信ダイナミックレンジが広く、無線接続でも安定して通信を維持する特長があるため、サードパーティーベンダーとの協業で提供する、アンテナを含めた総合的な端末送受信性能評価であるOTA試験においても、高い安定性により評価効率が向上するため好評を得ている。

 シグナリングテスタMD8430Aは疑似基地局として動作し、NTNとTNが混在する接続環境を模擬して、端末が接続するネットワークの変更などの複雑なプロトコル試験を実現する。さらに5G NRに対応するラジオコミュニケーションテストステーションMT8000Aに対してNR NTNのRF/プロトコル試験対応ソフトウエアを開発中である。

図6 NTNプロトコルコンフォーマンス試験に対応するME7834NR

 RF/プロトコルコンフォーマンス試験に対応するNew Radio RFコンフォーマンステストシステムME7873NR/5G NR モバイルデバイステストプラットフォームME7834NR(図6)は、複数機器が連動する複雑な3GPP準拠試験と、各試験項目に対するPass/Fail判定の自動化で安定した測定結果を得ることができ、ユーザーの業務効率化に貢献している。

 国内外の通信事業者が独自に定義する受け入れ試験にも対応しており、各通信事業者との密接なコミュニケーションによる対応試験項目の多さや、NTN含め新機能への拡張性の高さから、通信チップセットや端末の開発者のみならず、認証機関にも多数採用されている。

 アンリツは世界中でNTN直接通信サービスを展開している衛星通信事業者Skyloのパートナーとして、受け入れ試験評価手法の構築にも貢献している。NTNはGEO衛星だけでなくLEO衛星やHAPSなどさまざまな宇宙・空中プラットフォームを使用した総合ネットワークへと進化していくが、アンリツはそれらの検証ソリューションを提供することで、6Gに向けて発展する安定したNTNサービスの拡大に貢献していく。

〈筆者=アンリツ〉